――3――
刹那、暖かい液体が頬を伝った。
しかし、既に彼には、首を動かす力も残っていず、それは無常に零れ落ちる。
しかしまた一滴。いくらでもいくらでも流れ落ちるその液体は、彼の頬に一筋の川をつくった。
力を振り絞った彼は身体を仰向けに回転させ、空を見上げる。
――泣いている。青い空が、透き通る、深い青空が、涙を流している……?
「……どうして、戻ってきた?」
もう二度と開くことが無いと思われた彼の口から、言葉が搾り出される。涙で目を真っ赤にはらした彼女は何も答えず、ただ、ただ、涙を流し続ける。
「逃げろと、言ったのに……」
虚空を仰いだ彼の瞳はゆっくりと彼女を捉え、しばし見つめ合った二人は、すべてを理解した。
もはや、二人の間に言葉は要らない。涙の先に見える彼女の微笑みは、あきらめに支配されていた彼の心を、勇気と希望の力で満たしていった。
大地が震えている。
そしてその揺れは、刻一刻と大きくなっていく。それはまるで、この星の鼓動のようでもあった。
彼女はおもむろに彼を抱き起こすと、自分の肩に彼の腕をまわした。彼女の白いコートにべっとりと付着した血のりが、彼の怪我の酷さを物語っている。
そして、彼の頬にキスをした彼女は、ゆっくりと歩き始めた。
彼はもう何も言わなかった。ただ、そんな彼の目からも大粒の涙が零れ落ちた。
しかし、彼女はもう泣いていなかった。ざくざくと雪を掻き分けながら、しっかりとした足取りで歩き続ける。
彼も、痛みで意識が飛びそうになるのを堪え、今やほとんど力の入らない足で懸命に雪を踏みつける。少しでも彼女の負担を軽くしてやるために。
地の底から這って出でくような重低音が響く。奴らの雄叫びだ。仲間を大勢殺めた人間を、彼らは許す気はないらしい。
「……ごめんな」
彼は天を仰ぎ見るように言った。
「ううん。私、今も怖いけど、あなたが『先に逃げろ』って言ったときの方が、もっと怖かったから」
彼女は固い決意を示した凛とした目を残し、彼に微笑みかけた。
真っ直ぐと前だけを見据え、後ろは決して振り向かない。それは彼女の生き様そのものであり、彼が彼女に惹かれた一因でもあった。
「……。なぁ」
「ん?」
「今度また、一緒に海を見に行こう。遠く、ずっと向こうの水平線に沈む夕日を……見に行こう」
彼らの向かう先には沈みかけた太陽。
山際にまさに入り込もうとしている太陽と、周りに広がる一面の銀世界が、彼らの望む海の景色に似ていた。
後ろから覆い被さろうとする波に揉まれながらも彼らは進む。
安楽の地を求めながら、どこまでも、どこまでも歩き続けるのだ……。
こんにちは。作者の遠藤です。
実は今回の作品『雪原の鮮血』は、去年の冬にふと「雪の上に滴る鮮血ほど、敵を導く道しるべに適しているものはあるだろうか」という一文が思い浮かび、小一時間で書き上げたものでした。
それに多少の修正を加え、今回の投稿とさせて頂きましたが、いかがだったでしょうか?
短編ということで、世界観の説明や戦闘シーンなども一気に詰め込んでしまい、分かりづらかったところもあると思います。
ただ少しでも、読んでいただいた皆さんの心に残るものがあったとしたら、この上なく幸せです。
宣伝になりますが、感想&批評を主な目的としたサイトを立ち上げましたので、よろしければお気軽に遊びにいらして下さい。
URL【http://lombardia.gozaru.jp/index.html】
それでは、次回作もよろしくお願いします。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
( ^ω^)ノ~~~