――2――
彼は斬った。
襲い狂う巨大な犬に真っ向から対峙し、敵の突進の勢いを利用して、横からなぎ払うように剣を滑らせる。
叫び声を上げることもできずにそれは倒れる。
今度は側面から一頭が襲い掛かる。
顔は正面を向けたまま、体をスッと後ろに引いて軸をずらし、敵の牙を避けてから鈍重な剣を振り下ろす。首が弾け飛んで、それはただの血肉の塊と化す。
どれくらい殺めたのだろうか。元はといえば人間が原因になったこの闘争。牙を剥く相手に容赦をかけるのはおかしなことだが、なんともやり切れない思いが彼にはあった。自分は、この動物何十頭分の命の価値があるのだろうか? これらを手にかけてまで自分は生きる意味があるのだろうか?
彼は、時おりそんな思いに駆られていた。小さな頃から魔獣と戦う術を教え込まれ、訓練に明け暮れた毎日。何故、そうまでして彼らと戦わなければならないのだろうか?
彼はそう考えるたびに、心の底がきりきりと痛んだ。
だが、今日は違った。今の彼はそんなことはどうでもよかった。ただ、好きな人を守りたい。たったそれだけの、とてもちっぽけな理由。それで彼には十分だった。
彼はその時知った。自分は何もできないのだと。長く続くこの闘争を終わらせることも、このかわいそうな魔獣たちを助けることも、生まれ住んだこの村を守ることも。自分は何もできないのだと。
ただ、一つだけできること。
それは、心より愛した人を、たった一人だけ守るということだ。
辛い毎日に一点の明かりを灯してくれた彼女。彼女のためなら、たくさんの魔獣を手にかけることも、自分の命すらも惜しくはなかった。
彼はその時、初めて自分の長年つちかった力を嬉しく思った。たった一人でも守ることができるのが、彼の短い人生のすべてを肯定してくれるのだから。
心地よい眠気のようなものがおそってきた。腹部の痛みも今や感じず、顔を横にすると、どこまでも続く白い雪原が広がっていた。太陽の光を反射して、それは金色に輝いているようだった。
(……ここは、天国か)
彼はそう考え、すぐにそれを嘲り笑った。
自分が天国にいけるはずがないではないか。自分の犯し続けた罪は大きい。それは自分でも自覚している。自覚していながら自分はそれを止めなかった。止められなかった。これで、地獄に堕ちるには十分だ、と。
ならばまだ自分は生きているのか。神はまだ自分を連れて行ってくれないのか。これが罰なのか。ならばこんな罰も悪くはない。白く光り輝く海原に、一人永遠に浮かび彷徨い続けるというのも、悪くはない。これが罰だというのなら、自分は甘んじて受けてやろう。
海……か。
彼の頭には恋人の姿が鮮明に浮かんだ。長い髪を振り乱して砂浜を駆ける彼女。楽しそうに笑う自分。真っ赤な夕日が海岸沿いを照らし、その赤いカーテンに包まれた二人は熱く愛撫し合う。
そしてそんな幻が消えていくと同時に、彼の命の灯火も、また消えようとしていた……。