南の策略1
俺の知らないところで全ては動き始めていた。
しかし、ほとんど誰もが知らなかったのだ、気が付かなかったのも仕方のないことだったのかもしれない。
暗く沈んだ夜の帳を打ち払うかのごとく地平線が赤く染まる。
炎が溢れている、こういう表現が一番正しいのかもしれない。
そんな思いを胸に抱くのは、今から5日後。
今はまだ平穏な一日を送っている。
流れる雲を見上げながら、狙撃を食らう。
とっさに後ろに体を投げ出し、その矢を避ける。
こちらの弓の名手も、千花と同じバトル中毒者と呼ぶべき人種だろう。
いや、もう、本当にものすごく迷惑である。
辺り構わず、矢を放つから人のいないところへと誘導しなければならない。
模擬戦の際に身のこなしが只者じゃないと言われ、それからずっと狙われ続けている。
……はた迷惑な!
『ああ、不運だ』
『……自分のせいじゃろ、手加減すればいいものを熱くなりすぎるからじゃよ』
『否定はできないんだけどさ……ずっと、俺達の近くにいた奴らって只者じゃなかったんだなって思わされるよ』
『それと、主の失敗とは全く無関係じゃがな』
『わかってる! ……それにしても鬱陶しい』
『素直に食らえばいいんじゃよ』
『ずっと避け続けてるせいで、威力が上がってるのにお前も気がついているだろ?』
『精度も上がっておるしの、一般人なら避けられず、死ぬじゃろうな』
『まずいんだよ、九十九さんの特訓のおかげというべきかせいというべきか反射で避けてしまうんだよ』
『厄介じゃの……』
『っていうか、向こうの体力どうなってるんだよ! 俺はずっと避けているだけだからいいとして、向こうは狙って放つ動作に精神的にも肉体的にも疲労がたまるはずだよな?』
『それが、最強の称号を背負おうとするものたる証なのじゃろ?』
『俺には厄介事だから、称号とかどうでもいい……誰か助けてくれ』
まあ、そんなこと言ってもどうしようもないんだが。
『っていうか、お前も便利になったよな。空間に収納できるとか』
『元々の能力じゃ、便利などという安っぽい言葉で語るな!』
『お、おう、まあ別になんでもいいんだが。おかげで、あいつにもバレてないしな』
『破邪退魔……か。俺は人間だから、死なないかもしれないが、お前はどうなんだ?』
『ワシに祓われるような落ち度があるとでも?』
『いや、そうだろうなと思ったよ』
目の前の本棚を矢が貫通してくる。
「え!?」
キンッ!
硬質の音をたてる。
「間一髪といったところでしょうか?」
「千花……助かる」
「いえいえ……それにしても戯れが過ぎますよ。私の友に手を出すのであれば、ただではすみませんよ」
何か、千花がカッコイイ……。
「神鎌の……すまぬ、非礼をわびよう」
「いや、まあ、うん、気を付けてね」
『なかなかのたぶらかしっぷりじゃの』
『男たぶらかして何が楽しいってんだよ』
『相手が男だと気が付いた時の絶望しきった顔じゃよ』
『……外道だな、お前。神様、神様言ってるが実はホントに邪神か?』
『心外な! そんな邪な物ワシが持っているわけなかろう!』
『面倒だからどうでもいいけどな』
ま、これで攻撃はやむだろうが……
しばらく歩いて後ろを振り返る。
振り返るたびに奴がいるのがよくわかる。
「あの、弓が見えてますよ」
……何、助言してるんだ俺?
早急におかえり願いたい。
ホントやばいだろ、捕まらねえのか?
『捕まってもお金で解決じゃろうて』
『だから、犯罪者がいなくならないわけか……』
『まあ、論理が飛躍しとるかもしれんがな』
『何でもいい、あいつ鬱陶しい』
風が吹き抜けていく。
雲のない空が夕方の日に染まる。
常に一定量の風の吹く聖地オーデムの風車時計が現在の時刻を指し示すらしいが、ここから聖地は遠いので見ることは叶わない。
運命はこの正確な時のように進むはずもない、この空のように澄み渡り続けるわけではない。
動き始めた歪み……
それがいつ来るのか、そもそも来るということすら、俺は知らなかった。