教皇
「これは全部茶番だったのか!?」
柚木が叫んでる。
宿屋のベッドに座っているのは、女の子。
教皇であろうが……校長にしか見えない。
「校長ですか?」
「はい? そうですよ」
「うちの校長はこんなまともなやつじゃないと思います」
「……不明……辛辣」
辛口の百枝に辛辣とか言われた!?
首を傾げる目の前の教皇。
やがて、納得したかのように手を打つ。
「いつも、美鈴が……姉がお世話になっております」
「……? ああ、校長の名前か」
って、おい、姉!?
うわ、自覚無さすぎだろ。
「私は伊鈴といいます」
ん?
ってことは
「……双子?」
「双子か?」
「双子ですね」
それにしても、似てるけど中身の違いがすごい。
なんて言うか……
「まとも」
思わず口に出してしまった。
「まったくだ」
柚木から同意を得る。
教皇が口を開く。
内容は
「ここにゼリーってあります?」
おお、前言撤回。
よく似ている。
「あ、手紙」
と、いうと、明が懐から取り出して渡す。
パラっと開いて教皇の顔色が変わっていく。
「姉だからって、ゼリーを馬鹿にするのは許さない! 汎用性のきかないプリンなんかにゼリーが劣るはずがないのよ!」
手紙運ばせておいて内容がそれかよ!
使えねえ、うちの校長全く使えねえ!
そして、姉妹喧嘩に俺たちを巻き込むな!
その思考と同時に千花に頼み事をする。
しばらく、『天月』の風の結界に閉じ込める。
いや、もう、隣の部屋から苦情きたし……。
あれ?
苦情言いにきた人、どっかで見たことあるような気がするんだが……?
……記憶に残ってないから気のせいか。
しばらく、閉じ込めて怒りの火が落ち着きを見せ始めた頃、油を注ぎこむ奴が現れた。
「ゼリーとプリンどっちでも良くないか?」
おい!
柚木余計なこと言うんじゃねえ!!!
この言葉を口に出す前に、結界が内側から破壊される。
あ、やばい。
「柚木……生きろ」
「ちょっ!! ヤバい、うわああああああああ! もしかして、今日が俺の命日か!?」
それにしても、よく皆こいつを教皇に選んだな。
いつか滅ぶぞこの国、原因はゼリーの海に沈んでだな……。
悲鳴が漏れるととうるさいので、再び結界をはる。
「いいぞ、好きなだけ叫ぶといい」
ドアのところに立っている俺の前で捕まる。
何にかは言わずもがなだ。
皆からは見えない方向なので解説してやる。
「(叫ぶといい、じゃなくてまず助けろよ!) 死ぬ前に葵の姿が見たかった!」
「(おい! 何適当なこと言ってやがる!) 返事はまだしてなかったからな」
「お前ら、俺の部屋のクローゼットの奥の壁の左下隅にある……(うわあああああああ! 余計なこと言うなもう黙っておけ! いや、黙っていてください! ってかなんで知ってるんだよ!)」
「動くな、読み辛いだろ……(読んでねえじゃねえかよ! グフッ!)」
ゼリーバカの攻撃が炸裂した。
命にかかわるか……?
「ただいま戻りました」
絶妙な間で千花が戻ってくる手にはもちろん秘策。
それを前にした教皇……否、狂皇は柚木への攻撃の手を緩めた(止めたわけではない)。
救出に成功する。
手の届かなくなったことに気づいた教皇は袖口から金属光沢を放つものを出した。
まあ、予想してはいたが銀のスプーンだ。
「むっ!? この味は……まさか! 亜魔都雨のスペシャルデラックスチョコバナナカスタードクリームパフェ味か!!」
一息で噛まずによく言えたな。
そして、どんな味のゼリーだよ、もっと他にあるだろう……よく知らないけど。
普通にその店行って食べてこい!
「そういえば、スペシャルデラックスチョコバナナカスタードクリームパフェって崎見が持ってた本になかったかしら?」
題名は確か……
「東国食い倒れ紀行……食べに行くこともできないわね。ん……お菓子ネスブックにものってたような」
「世界一高いパフェ……他のより少し値段が高いのよ! 天井までしかないくせに! ラーメン5杯のほうがよっぽどお腹いっぱいになる!」
美咲の体験談が入る。
十分です、想像しただけでお腹いっぱいです。
そして、美咲に言いたい多分高いのは値段じゃない……多分というより確実だ、と。
っていうか、ほとんど誘拐みたいな感じだよな。
ゼリーを食べる少女を眺める。
こんな状況を見たら普通の人なら誰かに知らせるだろうな……誰に?
『ヤバいよな?』
『主も抜けておるな』
『知ってたならとっと言えよ!』
「お客さんはいらっしゃいますか?」
「客そんなのいるわけ無いだろ」
柚木は無視だ。
俺が言ったのは窓際に立っている明だ。
「おや、これは気を抜きすぎていたようですね……10人のご訪問でございます」
チラッと外を見る明。
「皆、顔隠しなさい! 顔がバレたら指名手配よ!」
意味するところを察し、適切な判断を下す美咲。
「扉の前に3人」
気配を読む千花。
「一体どうなってるんだ!?」
訳のわかっていない柚木。
「……抹殺」
「駄目だからね」
物騒な方向へ走ろうとする百枝に釘を刺す。
「ゼリーがまだ残ってるんじゃああああ!」
悲痛な悲鳴を合図にドアが吹き飛ぶ。
「『天羽』!」
飛んできた扉をそのまま弾き返す。
さて、逃げるか……。
「魔弓流『千翔雀』」
宿の中で!?
扉の周りの壁がまとめて吹き飛ぶ。
聞こえる悲鳴は恐らく女将さんだ。
心のなかで謝る。
幻術が使えれば逃げるの楽なのに……。
っていうか何故ここが、いや、俺達の風が追えるなら、教皇のも追えるか……。
「逃走……」
「させん! 魔弓流『千翔雀』!」
「『矢酔』」
こちらへ向かってきていた矢が落ちていく。
「どれくらい行ける?」
「困難」
無理そうだ。
「『鳴牙突』 『死和守』 『鎖吊木』」
矢が散り、魔法が弾け、鎖で縛る。
百枝ってすごいな……。
「『氷泉の具現化』」
氷で縛る。
と、同時に百枝が俺に触れる。
『帰去浪偽』
俺達は転移した。