西国港町にて
「くそう、もうやだ。帰りたいよ、葵~」
人生に悲鳴を上げる人が若干一名。
「大体な! 何が『この湖は年中穏やかなので船酔いは起こりにくいですし、景色も綺麗でしょう』だ!」
一息。
「湖は荒れるし!」
その文句は言うべき奴が他にいる。
「船酔いは起きるし!」
それは体質の問題だ。
「景色なんて見れなかったし!」
そりゃそうだ、ずっと船室で寝てたら見えんだろ。
「ロクなことないじゃないか!」
それは激しく同意しよう。
だがな、面倒事をおこすな。
タイミングが悪い。
「おい、坊主。機嫌が悪いのは分かったが嬢ちゃんに当たるのはいけねえな」
今の俺の状況を考えろよ!
周りからの視線も集まる。
「悪かったな、しょ……浅葱」
柚木は慌てて呼びなおす。
幸い誰も聞いてなかったようだ。
「いいのよ、別に」
俺の謝罪を受け入れる言葉と同時に視線が散る。
それにしても、自分の声に鳥肌立つわ……。
『仕方ないじゃろ』
『それはそうなんだがな』
納得もできないし諦めもつかない。
『大体、なんで俺だけ女装なんだよ』
『他の奴らが似合わんからじゃろ?』
『明なら似合うかもしれないだろ!』
『ふむ、あの竜人の小僧はダメじゃな』
『なんで?』
身長高いボーイッシュな女で通せば行けなくもないはずだ。
『竜人族のおなごはな、露出の多い服装が伝統的にあるんじゃよ』
『別に着なければいいんじゃないのか?』
『竜人は日光を浴びることでエネルギーを得る、関係はないが鬼族は月光じゃな』
『明はいいのか?』
『男はな。食べ物からしか取ることができないんじゃ』
『普通だろ?』
しばしの沈黙。
『昔は食料も乏しかったんじゃ。特に竜人が住む火山地域や鬼族の住む地下世界にはな』
『おなごは次世代の命を紡ぐ架け橋、種族存続の要じゃ』
『生存率を上げるためには食べ物以外から力を得る必要があったと?』
『そういうことじゃ。じゃから、今でも太陽を大切にし、浴びることが大事だとされておるんじゃよ』
まあ、つまり簡単に言うと。
『俺以外は無理ということか……』
『そういうことじゃな』
もう、ため息もつきた……。
「何してるの早く行くわよ!」
「わかった、今行くわ」
返事をして心はどんよりとする。
屈辱だ。
この仕打、何か罰ゲームに近いものを感じる。
「学園まではどれくらいかかるの?」
「馬車に乗って3日くらいですね」
地図から目を離した明が答える。
「3日も馬車とかだるいな……」
「じゃあ、柚木は歩いて行きなさいよ」
「横暴だ!」
「柚木さん頑張ってください」
「千花ちゃんに決定事項にされたぞ、おい!」
また、周囲の視線が集まる。
ああ、さっきの人たち来たぞ。
さり気なく、気配を消して離れたところから明が観ている。
要領いいな。
こっちを見て手をひらひらさせている。
自分の目、耳、鼻、そして、再び目をさした。
その後、今度は東をさしてそこから指を上に向けると何処かへ行ってしまった。
『なんだと思う?』
『何がじゃ?』
『明のやつが自分の目とか耳とか鼻をさしてどこか行ったんだが』
後半はわかる。
『恐らく、昼までには戻るということなんだろうが……』
『目は信じやすい、それ故に、耳を使え。耳は邪魔されやすい、それ故に、鼻を使え。鼻は誤魔化されやすい、それ故に、目を使え。常に疑うことこそ真実への道筋を開くものなり』
『なんだそれ?』
『……』
渚は黙した。
『いや、俺はそれを知っている……』
『そうじゃな』
『……記憶、まどろっこしいな……ってか、わけがわからん』
失った記憶は俺に何をさせたいんだ?
『……逆じゃよ』
渚の言葉は何故か俺の心へ届かなかった。
「…………! ……s…! ………ぎ! 浅葱!」
「おわ!?」
焦って、地が出た。
しかし、声は変わっている状態だ。
危なかったぞ。
「何ぼーっとしてるのよ?」
「……ちょっとね」
「まあ、いいわ。あんた、明知らない?」
「行くところがあるらしいから、昔の旅でお世話になった人とかじゃない?」
「なるほどね……まあ、いいわ。先に行きましょう。明なら追いつけるでしょうし」
「昼には戻ってくるらしいよ」
「そう……それじゃあ、仕方ないわね。食べあるきよ!」
ああ、そうなると思ってたよ。
大方、明がいたとしてもこの結果は変わらなかっただろう。
……学園には、申し訳ないな……。
「しょ……いえ、浅葱さん、ここの店は大丈夫なのでしょうか?」
「ん?」
「王都では、みさ……崎見さん仕様の素材が別途あったと聞いてます」
あいつ、どんだけ食ってんだよ。
「まさか!?」
「莫大な需要による危機です。この前の島のように、店が多くあるわけではありません」
「でも、港街だから、少しは……」
「いえ、ここは元々、人の少ない街のようです」
千花が地図を広げたのでそれを覗きこむ。
「王都の5分の1?」
「正確には4分の1、なのですが、これでは駄目です」
「何故? 4分の1なら、この街は大きい方のはずです」
「観光都市ですらないんです。宿も確認しましたがこの街にはわずか3件」
「それじゃあ、ホントに?」
「ええ、この街。一時的な恐慌が……」
「まずいよね?」
「ええ、ですので、早くみさ……崎見さんを!」
急ぐ俺達。
でもな、千花、初めに、街が大変なことになるから美咲を止めろって言ってくれれば……よかったのではないか?
まじめに、阿呆な話をする二人でした。