ラナブの街
「おお、ここが帝国か……」
「地下水が豊富なためできた大きな街ですが、首都ラムールはこれをはるかに凌駕します」
「ここが希ちゃんと悠ちゃんの住んでた国ですか……」
「一言で言うと暑いな」
ここラナブの街は、交易で生計を立てているらしい。
物を売り買いする者たちの……群れというべき数。
王都に入ったときも驚いたがそれ以上の数である。
「頭にかぶってる……いや、巻いてるのか? あれは何だ?」
「ターバンという帯状の布ですね」
「熱くないのか?」
「そうですね……」
と言って、近くの露店と交渉を始めた。
しばらくして、持っていたのはターバンと思しき布。
それを俺に巻く。
「おお、日の光をさえぎるせいか、思ったより涼しい」
「こういったことが旅の醍醐味ですからね」
「もう、俺は旅なんてしない……」
幽霊もびっくりの青白さである。
「なんか死に掛けにしか見えないわね」
「柚木さん大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……もう駄目だから」
ただでさえ船酔いでボロボロな体にここの気温は応えたらしい。
「葵……」
バタッ!
おい、どうすんだこれ?
「これ以上の船旅は無理そうですね。しばらく宿を借りて……「必要ないわ」」
「うお、麻奈花さん!? ……じゃないな」
「本人よ」
ってことは転移魔術か……え゛。
「犯罪者?」
「そんなことしてないわよ。許可は取ってあるわ」
「それよりあの子は誰ですか?」
俺たちの知らないピンク色の髪の美少年の出で立ちだ。
『主、あれは女ぞ』
「え、女の子なの!?」
思わず声を上げてしまった。
「そうなの?」
と、皆が声をあげる中、鋭い殺気。
しゃがむと頭の上を何かが通過。
そのまま背中への蹴りの気配に渚を背に回す。
鞘で受け止め、振り向く。
そこには先ほどの少女(?)
「百枝ちゃん、それ以上は……」
いい終わらないうちにガタガタと震えだす。
逆に哀れだ。
「あー、なんというかご愁傷様」
「私も寒気がしてきました……」
「で、この子誰? ああ、聞くまでも無かったわね。どこの子連れてきたの?」
「まるで私が犯罪者みたいな言い方ね」
「え、違うのか?」
「そうだと思ってました」
俺に追従する千花の言葉が止めとなって崩れ落ちる。
そして、
「フフフ、ハハハッ! いいわ、もう遠慮なんてしない」
「ナニソレコワイ」
「アハハハハハハハハハハハハッ」
やばい、生命の危機を感じる。
「百枝だったか? ここは共同戦線といこうじゃないか」
「同意」
「さしあたっては、逃げるぞ」
「了承」
「私も参加させてください」
ここに対麻奈花生命防衛戦線は結成された。
そして……
俺たちは地下室に監禁されている。
何故だ!
ってか、船に乗れないじゃないか!
「転移魔術ってずるくないか」
「肯定」
「あの魔術って人前で使っていいのでしょうか?……それ以前にあんなに簡単に使えるものだったのでしょうか?」
しばらくの沈黙の後。
「あれ、でも、あそこの術式を削って……」
千花が壊れた。
というより、やはり2人とも変なところで似ている気がする。
「ぐふふふふ」
不気味な笑い声とカツンカツンという靴の音。
「みなさんお着替えの時間ですよ」
無意味だとわかっているが部屋の隅へ、できるだけ麻奈花から離れた場所へと下がる。
「手をワキワキさせながら近づいてくるとか怖すぎる……」
「同意」
「翔さん犠牲になってください」
おっと、ここで千花の裏切りだと!?
「だが、断る! 女が女らしい服しても違和感がないが男がしたら違和感あるだろ!」
「翔さんは似合うから大丈夫です! 違和感なんてまったく少しもありません」
しれっと、俺の男の部分を否定されてへこむ。
「天然」
「ああ、まったくだ」
「今です!」
千花が獣化と風魔術『加速』の同時併用で俺を突き飛ばそうとするが、かわす。
そのまま麻奈花に突っ込み捕獲される。
「1人目の犠牲者が出たか……」
「無惨」
手早く着せ替えられていく。
俺、ここにいたらまずい気がするんだが……。
目は閉じておく。
そして、数十秒後。
「うぐっ、えぐっ。服返してください……」
踊り子の服といえばいいのだろうか、なんと言えばいいのだろうか。
百枝の方を見る。
俺の言いたいことがわかったのか、一言。
「恥女」
「おう……的確すぎるからやめといてあげるんだ」
これ以上の刺激はまずい、千花が獣人なのに鬼になる。
やばい、寒気してきた。
百枝が部屋の鏡に映る自分の姿を見て千花を見る。
「豊ky……」
あわてて百枝の口をふさぐ。
危ねえ、何、思いっきり危ないことしてるんだ。
火に油注いでどうする!
時すでに遅し。
「アハハハハハハハハハハハハッ!」
さっきの麻奈花と同じ台詞だ。
これは、かなりまずくないか?
危険を感じ頭を下げる。
後ろの壁に鎌の斬撃の跡が刻まれる。
汗が俺たちの頬を伝う。
百枝がドアを開けようとする……
ガチャガチャ
「……施錠」
「ちょっと、おい! これは死ぬ!」
「死にたくなかったら、フフフッ、わかるわよね?」
反射で断りそうになったが後ろに迫る鬼を見て……。
肉体的死か精神的死か……。
そう、選ぶ余地なんて無かった。
三段フリルの真紅のドレスに髪をゴテッとした派手な飾りで結っている。
手に持っているのは黒いこれまたフリルの傘。
そうだ、落ち着け。
これは俺じゃない。
俺じゃない。
「俺じゃない!」
「あ、翔? まったく気づかなかったわ」
空気を読まない美咲である。
「あんたの姿ばら撒くわよ」
「すいませんでした!」
もうつっこまない。
「それ以上、雑な言葉使ってると大変なことになるわよ」
「……そんなこと言わないでくださいな」
美咲が吹き出すが無視だ、無視!
こっちは命がかかってる!
くそう、腹抱えて笑いやがって。
「そんな風に笑うなんて、動物みたいですわよ?」
麻奈花のほうを見る。
どうやら、内容は問題ではないらしい。
「言ったわね!」
「何のことかしら?」
「……不毛」
不機嫌そうなのが声から窺える百枝。
「それはね……ワンピースよ」
ババーン!
何故か、麻奈花から後光が差している。
百枝の服も俺と同じような赤色で、ピンクの髪が薄く映る。
髪は店で売ってた飴のように(これを後で言ったらなぜか千花に説教された)結んでいる。
「いや、知ってるか……わよ」
一睨み食らう。
ここでノック音。
誰も(麻奈花を除く)が安堵のため息をつく。
「声を変えなさい」
という無慈悲な俺への指示の直後にドアが開く。
「飯できたぞ……くそ、明はめやがったな!」
目の前には悦楽のひと時を邪魔された麻奈花がいる。
こちらからは見えないが麻奈花はきっとひどい表情なのだろう。
「落ち着いてください、これは終了じゃなくて休憩です」
おい!
お前!
「……余計」
「やべえ、何いっても殺気を感じるぞ」
船酔いから立ち直ったはずの柚木ももはや瀕死寸前である。
「そうね、続きは後にするわ」
ああ、神は死んだ。
『ここにおるじゃろ!』
『じゃあ、もし仮に恐らくないっていうかほとんどありえないだろうけど神ならこの状況どうにかしてくれ』
『……何か言ったかのう?』
『おい、聞こえないふりするなよ!』
念話だから直接届いてるはずである。
「で、気になってたんだが……そこの翔によく似た美少女は誰だ?」
「お初にお目にかかります、浅葱と申します」
『天羽』でちゃんと声も変えてみた。
「それはどうも。てっきり、翔の変装かと思ったんだがな」
「馬鹿! 気づきなさいよ! というより気づいてるんでしょ!」
こんな時でも麻奈花の指示に従ってしまう自分の弱さが恨めしい。
「お? おお!? おおおおおお!」
訳のわからない歓声をあげ復活する柚木。
ってか、騙されたのかよ!
「気付かなかったぞ!」
「おい!」
一発殴っておく。
「誰かに言おうものなら、葵に浮気したと言いつけるから」
「お、おう……誰にもいわない、約束しよう。いや、むしろ約束してくれ。言わないから葵に変なこと言うなと」
利害は一致した。
と、ここで麻奈花が口を開く。
「この服用意してあるから向こうの学園に入る前に着ること、いいわね?」
「この服、ちゃんと意味があったのか!?」
「百枝ちゃんと千花ちゃんは髪の色を少し変えましょうか」
麻奈花が指を鳴らすと百枝は服と同じ赤色に、千花は青にそして服から布が出る。
うん、この黒いフリルは見覚えがある。
「え? あれ?」
服が変わってることに驚いたようだ。
「そうよ、千花ちゃんが捨ててしまった服よ」
前言撤回、千花のトラウマの服は惜しくも救出されたようだ。
「美咲はこれね」
完全なる男物のシャツとジャケットとズボンだ。
「交換したらだめなのか?」
「いやよ、そんなフリフリしたもの私、着たくないわ」
それはこっちの台詞だ!
「二人はこの世に存在しないはずの人間。存在していないっていうのは戸籍が判明していないことよ」
「それと、どう関係が有るんだ?」
「私たちが存在しないってわかっても性別を誤認させていればしばらくは追及をかわせるってことよ」
「なるほど」
「なあ、麻奈花さんだっけか?」
「何?」
「転移魔術使えるってことは、空魔術が使えるってことで、あんなに使えるもんじゃないはずだ」
創世魔術は世界に干渉するがゆえに命を削るんだったな……
「簡単よ、別のプロセスを取ればいいのよ」
「?」
柚木の頭に疑問符が浮かんでいるに違いない、俺もだが。
「術者から空魔術っていうのが、一般的なものよね?」
近くにあった紙に人と術式が書かれる。
「そうだな」
「私の場合はこう」
間にもう一人、人間が書き足される。
「生け贄?」
おいおい、麻奈花何やってんだよ。
「言って見ればそうね。自分の魔力を使って一時的に自分を形成する」
「でも、それだと……」
柚木が何を言いたいのか理解する。
魔力の消費量が多すぎるのだ。
「自分を形成する為の魔力の消費量は大きいわ。身体を構成する肉体と精神も作るのだから」
「いや、肉体を作るのは確かにいけるはず、治療系はそれに近いはずだからな」
「そうね、精神は作ろうとするのは禁忌。それこそ、国が動くわね……教会もね」
教会が動くのか……。
美咲の言うような事になれば、すぐに捕まるだろう。
世界の8割が信仰しているのだから。
「だけどね」
麻奈花が取り出したのは人形。
「これに私の精神をコピーしたわ。つまり……」
「肉体を人形で代用し、精神は本人のだから禁忌ではない、ということです」
説明の締めをとられてうなだれる麻奈花。
「ご飯が冷めてしまいますよ」
その言葉で一番初めに飛び出していったやつが誰かは言うまでもないだろう。
ドレスで漢字の名前は違和感があるな……




