騒がしき馬鹿ども 上
春の日差しが暖かく起きるのはかなりの労力を要する。
ましてや、ふかふかのベッドなど起きることができようはずも無い。
というわけで、俺は寝ていたのだが。
明に起こされた……殺気で。
「少し時間も早めなので、体を動かしませんか?」
「それだけのために殺気とか怖いぞ」
「すいません。それでどうします?」
「行く」
明に誘われて、部屋を出る。
それにしてもこの屋敷はやっぱり広かった。
砦の客用の2人部屋をはるかに上回る大きさである。
まあ、砦の機能面と客室の必要度で考えれば当然のことだが。
昨日までの依頼で、『紅蓮』はほぼ完全に使えるようになった。
『次はどうするんじゃ?』
『属性的には土と木と氷か?後は光と闇と空と時もあったな』
『速度という点では光じゃな』
『ところで、防御に向くやつあるか?』
『断然、空じゃな』
『それってすぐにできるか?』
『無理じゃな……記憶が戻らんと時間がかかりすぎるでな』
やはり記憶か……。
森での1回だけ、それ以降は何も起きていない。
『じゃから、防御ではじめるならまずは土じゃ。最も空中ではあまり使えんのじゃがな』
土が近くないと使えないってか?
「試してみないとわからないな」
「どうかしましたか?」
「なんでもない」
扉を開け、外に出る。
開いた扉に驚いたのか、近くにいた鳥たちが飛び去る。
体を伸ばして、息を吸う。
「いい朝だな」
「ですね」
その言葉と同時に後ろに飛ぶ。
前の仕返し……
そう
「『天破』!」
先制攻撃である。
明はこの攻撃に対して、思いもよらぬ行動に出た。
地面を……そう、地面を気で殴ったのである。
「『地砕』!」
「なっ!」
壁となった地面が天破で砕ける。
「……まさか自分の技で返されるとは思っていなかったぞ」
「伊達に毎日戦ってませんよ」
「まったく、ずるい。そっちの技術は俺のに反映しにくいってのにな」
「すいませんねッ!」
今度は円月輪が飛んでくる。
「なあ、ふと思ったんだが、探知系に幻って効くのか?……月夜と琴音さんの以外で」
かわしながら聞く。
「そうですね。直接意識に作用すれば行けますけど、前にも言ったようにあれと同じような魔術は……」
「一瞬の不意をつくもの……か」
「そういうことです」
また円月輪が追加される。
当然のごとく見切ってかわす。
ここまではただの予定調和。
なんら変わらない準備運動。
しかし、
加速する。
視界に入っていた円月輪の速度があがる。
さっきまでの遅めの速度に慣れていた目が、一瞬捕らえきれなくなる。
が、
俺だって別に遊んでいたわけではない。
目が見えなくとも気配でかわす。
そして、
「『砂塵』」
砂が俺を覆い、斬撃から守ってくれる。
『72点』
渚の評価が聞こえる。
何を基準にしているかわからない。
「その刀すごいですね」
今度は明が話しかけてくる。
「何がだ?」
「魔剣とかは大抵1つの属性しか使えないのですが、もうすでに5つ目です」
「風、雷、水、火、土、確かにな。ま、この刀が自称神と呼ぶくらいだからな。それぐらい当然だろ」
『自称ではないと言っておるじゃろ』
『今気づいたが病院じゃないな……鍛冶屋行くか?』
「人格を持っているのは眉唾物ですが、それを信じるとしてもです」
「なんか不思議なことか?」
「神器ですら、人格は持っていません。当然、その刀がとんでもないものであると言うことは明白です」
「なるほど。俺にはわからんが、偶然の産物とかじゃないのか?」
こう話をしている間も攻防は続いている。
「わかりませんが、あまり派手にやるとその刀は狙われるかもしれません」
「確かにな。業物程度くらいだと思ってくれていると助かるんだけどな」
「もうすでにいろいろとやってますからね」
……なら。
「これでどうだ」
雷を放つ。
が、切り裂かれる。
「魔術は使えなかったのでは?」
「魔術じゃないな。俺が個人で使える技だ」
「異能……でしたね」
「詳しくは話してなかったっけな」
自然と戦う速度が収まっていく。
まだ、時間があるので、話しておく。
「なるほど、現象をそのままですか」
「渚が無いとかなり疲れるけどな」
「翔さんが自分で使えるなら、刀とは関係ないんじゃないですか?」
…………
……
…
あ。
「そういうことになるな。当然気づいていたさ。いたとも」
「そういうことにしておきましょう」
あれ?
もしかして、もしかしなくとも千花と月夜と美咲と明の中で1番フォローしてくれるのは明か?
月夜と美咲は論外だ。
あいつらはフォローするどころかけなしにくるだろう。
これは間違いない。
10回やったら10回ともけなすだろう。
千花はもっと駄目だ。
天然であいつらの上を行くだろう。
気づかず、傷口をえぐってくるだろう……しかも、的確に。
「ありがとう」
「どういたしまして?」
不思議そうな表情を浮かべた明とともに屋敷に戻る。
それと、同時に時計台が7時を告げる。
朝食を終える。
1人足りない。
8時過ぎになって、扉の開く音がする。
「顔が見えないと思ってたら、そうか仕事か。すっかり忘れていた」
納得する。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ、希様」
玄関から声が聞こえる。
「お疲れ様」
部屋に入ってきた希に適当に声をかけておく。
「姉ちゃんお帰り」
と、言って抱きついている。
そこから目を離し明に話しかける。
「なあ、明?」
「はい?」
「明日から時間のある日の朝に軽い依頼でも受けないか?」
「いいですね」
そんな俺たちの会話に別の声が参加してくる。
「私も行っていいですか?」
「千花が行くほど、難しい依頼をするつもりも無いけどな」
「第一ランクのせいで受けることもできませんしね」
明に言われて気づく。
知識があるのに使えてない……何のための記憶力だよ。
少し落ち込む。
「どうかしましたか?」
明の声に意識がかえってくる。
「すまん。ボーっとしてた」
「どうしますか?私は依頼なら最初は採集系がいいと思います」
「僕もそう思います」
「どうしてだ?」
2人のそこへ至った理由がわからない。
「別に討伐系でもいいのですが、薬を材料持っていくと作ってくれるんです」
「依頼で取れすぎたのを自分らで使うと言うことか?」
「そうです。いつでも、美咲さんがいるということはありませんからね」
確かにな。
「備える分には困らない」
「そういうことですね」
「今日はさすがに無理そうですが」
「だな」
部屋に戻ろうとしたときに九十九さんに呼び止められる。
「皆さんは収納するものをお持ちですか?」
収納リュックを持っているのは俺だけである。
無論、俺たちのではあるが。
「先程、光さんから新人ギルド員に届けられたのでお配りします」
千花のは、指輪型。
明のは、腰につけるポシェット型。
「四肢を駆使して戦う明のがポシェットなのはわかる。ナックルや円月輪を使うからな」
「まあ、そうですね」
美咲のは、二の腕につけるバンド型。
「機動を駆使して戦う美咲のがバンドなのもわかる。ダガーが収納できるからな」
「たくさん入るわ」
「ほどほどにしろよ」
希と悠には、ブレスレッド型。
「希と悠がおそろいでブレスレッドなのもわかる。魔術で戦うからデザインに凝ったのだろう」
「確かに、私たちが武器を振り回すのはまだ早いですからね」
「でも、剣、振ってるよ」
「だから、調節できるようになってるだろ」
「それ自体も模様に同化してますから、わかりにくいかもしれないですが」
「すごいよ。姉ちゃん」
「本当ね」
「千花のが指輪なのは、麻奈花が麻奈花たるゆえんだろう」
「…………」
「え?それで終わりですか?」
「それ以外に何かあるのか?」
「……悔しいけど無いわね」
「美咲さんまで……」
俺のは、
……服型。
しかも、真っ黒のドレス。
「な、なぜだ……?」
「麻奈花さんの麻奈花さんたるゆえんよ。あきらめなさい」
「浅黄さんですね!」
「俺の黒歴史だ……っていうか。後で麻奈花の刑な」
青ざめていく千花。
「あれ?何だこれ?」
取り出したのは紙。
「これはもしかして……」
前みたいな手紙か?
『正解。呼ばれて出てくる麻奈花です』
「帰れ、今すぐ帰れ、呼んでないから帰れ」
『手紙にそんなこと言っても無駄よ!』
「絶対聞こえてるだろ!」
『この服は特殊な繊維で作ってるから』
「おい、無視するなよ!」
『いろんな服に変わるわよ』
「おお、よかった。早速、まともな服に……」
『ドレスとかドレスとかドレスとかワンピースとかその他諸々』
「おい、男物の服は?」
『そんなものあるわけ無いでしょ!』
「なぜ、こっちが怒られる!?っていうか話通じてるじゃねえか!」
『男物なんて作って誰が喜ぶのよ』
「絶対燃やす。今すぐ燃やす」
『紅蓮』を出そうとしたところを明に羽交い絞めにされる。
狙いがつけられない。
「放せ、あれは燃やす!」
『ローブがあるわよ』
「何?」
『白のローブと真っ白のローブと純白のローブ。かわいくできたんだけどどれがいい?』
「『紅蓮』!」
『ちょっと!?え!?本当に撃つの?冗談よ、冗談』
「次は爆発しそうだ」
『わかったわよ。ドレスとかはオプション。いわば、おまけよ』
「どういうこと?」
『あんたは九十九さんの知名度をなめているわね』
「はあ」
「そんな大したものでは」
『あなたのそのジャケット。九十九さんのだという付加価値がつけば……そうね、聖王貨5枚ね』
「は?」
『普通に暮らす一般家庭なら200年ってところかしら』
「「……ええええええぇぇぇぇぇ!」」
俺と希の驚きの声が響く。
「やっぱりそんなものですね」
「道場の数年分の維持費って所でしょうか?」
「食費3年分ね」
「それってお菓子どれくらい買えるのかな?」
お金の価値を知っているのが2人。
食欲魔人が1人。
お金の価値が大きすぎて想像できてないのが1人。
その他の内訳はこのとおりだ。
「私のは無いのですか?」
『誕生日に贈ったのがあるから』
「そうですか」
見るからに落胆している。
『あるけど、それは外出許可取れたらの話よ』
「……えっと、無理じゃないですか?」
『簡単に言うと神楽姫が王位を継げばね』
「……えっと、不可能じゃないですか?」
『その上で、子供ができたらね』
「……えっと、言外に諦めろと言ってませんか?」
『大丈夫よ……多分』
「多分なんですか?」
『きっと大丈夫よ!』
「安心できません!」
『懸想している子がいるから大丈夫よ』
「だ、誰ですか!?」
いきなりの話展開にあせる月夜。
何故か、千花と美咲の視線が明に向かう。
『当然じゃな』
『どういうことだ?』
『わからんじゃろ』
答えずに消える渚。
『あ、どうでもいいけど時計見たほうがいいわよ』
時間の感覚が狂っていたらしい。
只今の時刻
9:50
「嘘だろ?」
「初日にして遅刻になるのかしら?」
「まずいわよ。副校長厳しいから」
「いっちゃんそれ先言ってください」
「急がないといけませんね」
「間に合うの」
「翔兄、前みたいに飛べないの?」
「無理、捕まる」
「……ってことはあれね」
「そうだな。全員……」
「走れ!!!」
学校へは次です