暇、来たる
……退屈だ。
ゴブリンを狩ってから、3日。
なぜこんなに時間がかかっているのか?
理由は
「おい後衛!しっかりしろ!」
「前衛のお前に言われたくない!」
「なんだと!俺の言うことが聞けないのか?」
喧嘩である。
強敵と遭遇した場合のフォーメーションを確認しながらやっているのだが、思うようにいかないようだ。
「何であんなにうまくいかないんだ?」
俺たちは木々の上から5人を見下ろしている。
「兵士に志願する人たちには何かしら目的があるのよ。王族や姫様を守りたい、強くなって名を上げたい、同期には負けたくない。そういった、気持ちばかりが先行しているからチームワークがうまくいっていないのよ」
「そこは、指導兵がいさめるというのが大切なんですが、指導兵が言っても聞きそうにないですね」
「ですが、実際、ゴブリンは易しいです。新米とはいえ、さすがにゴブリン程度は倒せるという自負が、今の余裕を生んでいるんですよ。死ぬかもしれない敵の前にいたら、きっとこんな喧嘩はできません」
女子二人は辛口である。
「まぁ、確かにそうだな」
「ですが、この班はしばらくすると崩壊しますよ」
「どうしてわかる?」
「あっちの人は貴族です。話し方からですが……」
「身分の話が出てきたら終わりか」
「そうですね。敵の前で味方を巻き込んで自滅するよりはマシですけど」
お前も辛口か。
ただ、
三人の言うことも一理……
「たかが平民風情が!」
あ、終わったな。
「君どこへ行こうというんだ!」
走り去っていく兵士に声をかける指導兵。
振り向きもせずに走り去っていった。
「僕が行くよ」
明が消える。
また、気づかれないように、兵士たちを眺める。
「あいつは脱落だな。もっと強いやつを用意しとけよ。僕にふさわしいのをな!」
チームんでいたやつは貴族に従っている。
虫唾が走る。
「だめですよ」
千花の声に足に込めた力を抜く。
「すまん」
「いえ、私もなかなか苛立っているようです」
殺気で、風がないのに葉が揺れる。
「2人とも落ち着きなさいよ。私が行ってくるわ」
「どこへ?」
「指導兵との打ち合わせよ」
気配が薄れる。
「冬樹よりも気配が薄いな」
「そんなわけないでしょ。冬樹さんは魔術で姿を消しているのは本来の強さじゃないわよ」
「え?」
「あの人は知っている人でも見分けられないほどに気配を薄くしたり、相手にずっといたかのように思わせることができる相当な気の使い手よ」
マジかよ……。
「例えばね……そこ!」
ダガーが木に刺さ……らない。
「さすがにばれちゃったかな」
現れたのは冬樹……はい!?
「なんで?」
「密書の配達してこの町に来たら、君たちの話を聞いてやってきてみたんだよ」
あぁ?……そうですか?
「いや、暇だったし。まぁ、頑張って」
また、消えた。
「何がしたかったんだ?」
「わかりません。ですが、私もまだまだですね。近くに来るまで気がつきませんでした」
近くにいたのに気づかなかったぞ……。
じゃなくて、
「早く行かないと動くんじゃないのか?」
「そうね。行ってくるわ」
木から下りると堂々と彼らの前を通っていく。
「指導兵のほうは驚いてないようだな?」
「そうですね。気づきやすいように調整はしていたみたいなのですけど」
しばらく話して、美咲がダガーを振る。
遠くで遠吠え。
……天月か?
その気配に驚いて動き出した魔物たちがいっせいに動き出すのを感じる。
なんとも、天羽は便利だ。
「何でしょうか?今のは……?」
「……さぁ?」
俺からいう必要はないので、笑ってごまかす。
って言うか、何する気だよ?
天羽でさらに探索をする。
「……は?」
遠くに数十体の魔物の気配。
それも
「……ゴブリンじゃない」
「中級クラスです。きっと大丈夫でしょう。私は他の班のフォローに行ってきます。こことは違って統制が取れてそうなので、大丈夫だとは思いますが」
「わかってる」
聖布を取り出すと走っていってしまった。
「あれ?千花ちゃんは?」
「フォローに行った」
「そう。私も行ってくるわ。後はよろしく。魔物が襲ってくると思うけど、指導兵は動かないから」
「俺が全部やれと?」
「そういうこと」
「わかったよ。っていうかあんまり目立つことするなよ?」
「大丈夫よ。誰も気づかないわ」
まぁ、いいけど。
「じゃ、気をつけろよ」
「あんたのほうが気をつけなさいよ」
気配が遠ざかる。
到達するまでは暇である。
あいつの顔を一発殴りたい。
数分後
「指導兵はどこへ行った?」
「知らないよ」
「指導兵がいないんじゃ、危険だよ。砦に戻ろう」
指導兵がいなくなって混乱する3人。
何やってんだか。
前日から見ていたチーム。
前衛が1人。
楯を持ってるのが2人。
後衛で弓を引いていた奴と指導兵はいない。
後衛は回復を担っていたが、今はいない。
不測の事態に備えての指導兵がいないという不測の事態。
そして、パニックで近づく魔物の気配に気づかない3人は、声を上げて魔物たちを集めている。
危なそうな奴は風で切り捨てている。
っていうか
「俺も殺すことに慣れてきたな」
そして、目を戻す。
その後、ようやく1人の悲鳴とともにあいつらは自分たちの状況を把握する。
俺が強いの殺してなかったら死んでるな。
弱いとはいえ魔物は魔物、不意をつかれれば当然の結果だろう。
「俺を守れよ!」
「死ねというんですか!」
「俺は貴族だ!当然のことだろ!」
こんなときも不毛な争いを続けている。
俺が試験官だったら、落としているな。
ってか、
そう言えば、これは実は試験だったっけか。
頑張らないと出世できないんだろ?
必死でやれよ。
と、
思いながら見つめる。
いつでも抜けるように渚を構えて……。
ここで、魔物が動き出す。
「うわ!こっちから来た!」
剣を振り回す。
きらびやかな装飾とは裏腹に見るに耐えない振り方で振る。
慌てすぎだ。
それは当然魔物たちに伝わる。
そして、そいつへめがけて襲い掛かる。
さすがに寝覚めが悪いと思ったのか、2人が守りに入る。
こちらは、実戦経験が多少なりともあるのだろう。
とりあえず、斬っていくというものだが、何とか持ちこたえている。
3日目にして、ようやく2人は連携が取れそうだ。
しかし、多勢に無勢だな。
後71体。
内訳はゴブリンが54体、ビッグイーグルが15体、サンドワームが1体。
さっきまで、軽くこれの倍はいた。
っていうか、入隊試験をもっと考えるべきだと思うんだがな。
「貫き 燃え上がれ 火魔術『炎槍』」
1人が魔術を放ちゴブリンを3体まとめて貫く。
そこに向かって急降下してくるビッグイーグルをもう1人が弾く。
ようやく貴族のお坊ちゃまが立ち上がる。
「我が剣に雷を!」
生成魔術、主に付加として使われるやつだ。
紫電の方が便利だけどな、常時雷を纏っているからな。
しかし、すぐに地響きに足をとられて固まる。
1人が突き飛ばすとサンドワームの口が通過する。
かすったらしく突き飛ばした方が足に怪我を負う。
どうする?
起き上がった坊ちゃんが血を見て慌てている。
「お、おい……!手当てを 水魔術『微癒』!」
美咲のを見慣れているためだろうか?
……うん、しょぼい。
まぁ、あの坊ちゃんが他人を気にするというところまで成長したのは収穫だな。
そろそろか?
隣を見やると、指導兵が今にも飛び出しそうな様子で我慢している。
「行かないのか?」
「いえ、まだです。私の教え子は、大丈夫です。例え、三日でも私の大事な教え子であり、後輩なんです」
まぁ、いい。
危なかったら、俺が止める。
数分して……
ゴブリンは、もういない。
サンドワームも後一撃で倒せるだろう。
後は体力の問題だといいたいところだが……
あの3人の魔力はすでに底をついている。
そして、手持ちの武器は剣が3本。
支給された鎧はあちこちにがたが来ている。
ビッグイーグルは、魔術で削った結果、後4体。
それ以上増えないように、こっちへ向かってくる魔物はすべて風で斬っている。
「仕方ありません。私が……」
「さっき、あんたが言ったことは守れているのか?」
「それは……」
「大丈夫だ。それに、俺にだって仲間はいるさ」
ガサッ!
後ろの枝が揺れる。
「すいません。遅くなりました」
「いや、いいタイミング。明、首尾は?」
「上々です」
ビッグイーグルが攻撃してくるタイミングを見計らって、反撃する。
向こうは動きが速い上に、3人は疲労困憊である。
坊ちゃんが振り下ろした剣が偶然当たって、1羽がその命を散らす。
しかし、その攻撃で隙のできた坊ちゃんにビッグイーグルが飛んでくる。
2人は動くことができない。
俺と明はいざというときのために構える。
黒い獰猛な嘴が坊ちゃんを捕らえる刹那に、飛来した矢がその魔物を捕らえる。
さすが、明。
いい仕事してるな。
その矢を放ったのは先ほど、走り去っていったやつである。
「癒せ 広がれ 風に散れ 風魔術『広癒』」
さっきの坊ちゃんとは専門が違うことがうかがい知れる。
3人の傷がふさがり、呼吸も落ち着いてきているようだ。
大丈夫そうだな。
俺たちは退散することにした。
「じゃ、これで」
「ありがとうございました。おかげで、誰も落とさずにすみそうです」
「それはよかったですね」
離れてから
「結局ここに3日戦ってないから暇だったな」
「まぁ、そう言わず。今日の適正試験は一番問題だった班があれだったので大丈夫でしょう。それから、明日からの予定はまた、3日間のサバイバルの監督です」
「……暇だな」
「少し体を動かしますか?」
「お!いいな」
しばらくして、
適正試験終了の鐘がなる。
どこの指導兵もこれから採点結果を出す。
もちろん、新規兵たちには秘密でだ。
適性に問題があれば、この訓練後、除隊されるらしい。
っていうか……戻って、入学の準備したら10日ぎりぎりだな。
学園という近い未来を思いながら
……構える。
俺たちの暇な仕事はまだ半分を過ぎたところである。