砦にて
「やっと着いたか!」
目の前には、町。
王都ほどではないが、それなりに大きい。
「まずは、この町の南に向かう!」
「は!」
門を通り抜ける。
「なんで、南に向かうんだ?」
「それはですね。この向こうのクラトバール山を越えた先は国境です」
「その防衛ラインって奴か?」
「そういうことです」
なるほどな。
で、
「詳しいな?」
「観光名所ですよ?最近はきな臭い話もあって、客足も少なくなっているようですが」
明の話を聞きながら、門をくぐっていく。
日も沈み始め、あたりは暗くなってきている。
「もっと早く出ていれば、ここでしばらく観光できたのにな」
「そうも行きません。あのミスカル峠はこの町からの食料などの大事な売買ルートです。兵は緊急事態を除き、日が昇る前までか、日が沈んだ後、正午の前後30分以内に通らないといけないのです」
「だから、あの峠を抜けた先で人が待っていたのか?」
「その通りです。そのため、山賊がなかなか捕らえることができないというのが難点だそうです」
兵が通る時間のときだけ、そこから離れていれば捕まることはないからな。
今日の昼を思い返す。
じゃあなんで、あんなところに?
そう言えば、涼も妙だとか言ってたな。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
町の南門が見える。
「大きい砦ですね」
「千花はここ初めてか?」
「はい。家の敷地から出たことはほとんどなかったので」
あれ?
「俺が初めて王都に来たときは南門だったよな?」
「そうよ。私たちは南門から入ってきたけど、実際は南東。ミスカル峠は東西に広がるセレイアス山脈っていうところにあるんだけど、その端からよ」
「なるほどな」
確か、俺が倒れたときの景色は確か山道だったはず。
その後、運ばれたからどこかはわからないが。
「あんたが倒れていたのは、そこら辺よ」
「なんでそんなところに?」
「あんたが知らないのに私が知ってるわけないでしょ」
ごもっとも。
「全体止まれぇ!!」
皆が動きを止める。
「ちょ!これどうやって止めるんだ!」
昼は飛び降りただけなので、馬の制御が出来ない。
ので、
殺気で黙らせた。
「おぅ、止まった、止まった」
「馬鹿なの!あんたは!怯えてるじゃないの」
「終わりがよければ万事解決だ」
「はぁ」
美咲よ。
ため息をつくと幸せが逃げていくぞ。
「……明日からしっかり働いてもらうから、ゆっくり休んでおくように!……では、各自解散!」
皆が馬を休ませに行く。
「明日は山の中だから、馬は連れて行けないんだよな?」
「そうですね。あくまでも移動手段ですね」
俺と明にも部屋があてがわれる。
美咲と千花は数少ない女性隊員に拉致されていった。
上着はかけておく。
体を拭きながら、暗くなった空で星が瞬きを見せている。
さて、
「俺たちも寝るか?」
「そうですね。日が暮れてしまっては僕たちの行けるような店は開いてませんからね」
「明日、夜明け前に起きれるか?」
「余裕ですね。こんなに早く寝るんですから」
「じゃ」
「はい」
梓の怒鳴り声が遠くで聞こえる。
酒場巡りでもしようとした隊員が捕まったのだろう。
目を閉じる。
昼に体を動かしたのと初めての乗馬の疲労も手伝ってか、すぐに眠りに落ちた。
薄っすらと目を開けると、暗い部屋が目に映る。
ベッドからおり、上から昨夜にかけておいた上着を着る。
「早いですね?」
明も目覚めたらしい。
「行くか?」
「ええ」
外に出る。
寒い。
「温かくならないのか?」
「例年より暖かくなるのは遅いようです。まぁ、日中は暖かくなりそうですが」
「今寒いことには変わりないし、『紅蓮』」
渚の周辺が温まる。
便利だ。
『そんなことにわしを使うな!』
『起きてたのか?珍しい』
『否定はせんがな……そうではない!そんなことに高貴なるわしを使うなといっておるんじゃ!』
『はいはい』
適当に話を切る。
「炎ですか……。学園でも見せていましたがあの二週間で手に入れた力ですよね?」
「そうだな。美咲はコントロールだろうけど、何してたんだろうな?」
「訓練は個別にやっていましたから何とも言えませんね」
「だよな……ちなみにお前は?」
「僕ですか。僕は円月輪の扱える枚数と速度ですね」
「そんなわけないだろ。円月輪はもっていってなかった。枚数と速度は修行のいわば副作用ってところか?」
「……さすがですね」
と言って明が構える。
「教えてくれないってか?」
「やったらわかりますよ」
「それもそうだな」
いきなり円月輪が飛んでくる。
「先制攻撃です」
「うぉ!それは先制攻撃じゃなくて不意打ちだ!」
飛んでかわす。
10個同時とか恐ろしっ!
かわせないのは、弾く。
「『地砕』!『天破』!」
土煙を立てて姿を隠し、弧を描いて戻っていくのを弾き飛ばす。
その直後に背後に気配を感じて、しゃがみこむ。
「マジかよ!軌道操るとか、避けようがないだろ!っていうか、良く俺の場所がわかったな」
「そんなこと言いながら今、避けましたよね?それに今のように、まだ修練の余地はありますから」
筋力を上げたところで、2週間でここまでは速くならない。
それと、俺の姿が見えないのに場所がわかるということは
「ってことは、修行内容は、気の制御能力と『天羽』みたいな感知能力か?」
「ご明察ですっ!」
明に戻ってきていた円月輪が再び投擲される。
それを走りながらやっているからこっちは狙いにくい。
なら、突っ込んで近いところから捕らえる。
「『界衣』」
水の羽衣などとは違って、純粋に魔力を固めたもの。
「魔力を鎧にですか……なら『闘衣』」
「お前もか……行くぜ」
「はい」
刀と拳がぶつかる。
そこへ、円月輪が飛んでくる。
弾けるはずなのに
嫌な予感を感じ、飛び退る。
かすった部分が斬れる。
「あの偏屈爺!厄介なもの作りやがって!」
「どうやら、本当みたいですね。これは魔力を斬ることができるそうです」
「目の前で見せられたらわかる」
ん?
……何かが引っかかる。
何かはわからないまま。
円月輪を弾く、弾く、弾く、そして、振り下ろした渚を弾かれる。
この一連の動作を繰り返す。
「くっ」
「そう簡単にはいきませんか」
向こうも攻めあぐねているらしい。
「気や魔力を使わないと決着つかないな」
「ですね。だいぶ使ってはいますが」
「それもそうだな。で、どうするやめとくか?」
「そうですね。ほかの人に僕の技盗まれるのも嫌ですし」
いつの間にかギャラリーが増えている。
「じゃあ、演舞でいくか?」
「ですね」
最近はやっていなかったが体が覚えている。
前よりも一打一打が重い。
弾き上げ、跳ね上げ、ぶつけ、振り下ろす。
飛び退り、突っ込み、かわし、潜り抜ける。
一瞬が永遠であり、永遠が一瞬であるかのような
刹那と久遠が絡み合い。
それはどちらからともなく終わる。
「お疲れ」
「うん、お疲れ様」
「これで少なくともなめられることはなくなったと思うんだが?」
「そうだと思いたいですね」
「……そうだ。やっている最中に気付いたんだが」
「なんです?」
「魔力が斬れるっていったよな?」
「そうですね」
「何で、『天破』を斬らなかった?」
「ばれてましたか……斬らなかったんじゃなくて、斬れなかったんですよ」
「部屋で聞こうか、ここじゃ目がありすぎるし、後であの二人に言うのも面倒だろ?」
「ですね」
汗は全くかいていなかったので、水分を軽く取り、千花たちを待ち受ける。
「お、夜明けか」
「明るいですね」
さっきまでの薄暗い中で慣れていた目が少し痛い。
コン、コン、コン。
「どうぞ」
明は椅子の用意をしている。
「入るわよ。で、話って何?」
「まぁ、座れば?」
「お茶入れるんで少し待っててください」
「お邪魔します」
2人が席に着く。
「今回の依頼は多分楽勝だと思う。で、ここで認識のすり合わせをしておきたい」
「どうゆうこと?」
「今回の依頼以降も戦うことはあるでしょう。そのときのための作戦会議って感じですね」
そういいながら、お茶を置いていく。
「何を話し合うのですか?」
「あの2週間の話だ。言いたくないことだったら別にいいぞ」
「わかりました。誰から行きます?」
「言い出したのは俺だからな。まずは俺だ。使えるのは風と雷と水。俺は訓練で水がほぼ使えるようになったが、火はまだ安定していない。気を抜くと爆発する。それから、暖炉にもなる」
『何を!わしはそのためのものじゃないぞよ!』
渚から抗議の念話が来るが無視する。
「僕は円月輪と気です。気は肉体強化や軽い治療、気配察知と物体運用に使えます。この円月輪は魔力を斬れるんですが、それを使うと気を消費しますし、それを念じている間しか効果がありません。ですから、突発時には使えない可能性があります」
なるほど、だからあの時は『天破』で弾けたのか。
「物体運用って言うのは、小さいものなら動かせるって解釈でいいの?」
「そうですね……人は無理ですが円月輪10枚分と同じ重さを斜めに進ませるくらいならいけます」
「へぇ~、便利だな」
「次は私ね。私はまぁ、ダガーの正確さと接近戦の護身術を学んだわ。言っても大したことはできないからダガー投げに頼るけどね。回復術は知っての通りだから、変わりはないわ」
正確に投げれたら問題ないだろう。
なんか寒気がしてきた。
で、
「今日は何本?」
「54本よ」
あぁ、そうですか。
「それから、簡単な食べ物、サンドイッチくらいなら作れるようになったわよ」
沈黙
「マジか?」
「本当なんですか?」
「頑張りましたね」
沸きあがる喜び。
「私、馬鹿にされているわよね?」
「そんなことないぞ。だって、お前のサンドイッチは中の具にドレッシングがかかっていたが……」
「そのドレッシングで溶けていましたからね」
沈黙
「最後は私ですね」
千花さすが、空気読める子。
「私は鎌と聖布の方はご存知の通りです。魔術は神器無しで最高で中級が2発だったのですが、4発になりました」
「単純に計算するとたいしたことない気がするが、2倍だな」
「期間から考えてもかなり凄いと思いますよ」
「千花ちゃん頑張ったね。後でみんなで祝おうね」
「あわわわわ」
心なしか青ざめてる。
「昨日の夜、女子部屋で何かあったんだろうか?」
「余計な好奇心は身を滅ぼすと推測しますが」
「だな」
カーン カーン カーン
「ご飯だわ!」
「これがご飯の合図なのか」
そんな話聞いてないが。
「そこに紙があるでしょ」
部屋のドアを指差し、隅の方に張ってあるのを見つけた。
「なになに、鐘の音が2回で戦闘準備、3回で食事、5回で緊急招集か。なるほどな」
朝はまだ暗かったし、
俺たちは部屋に入って直ぐに寝たから気付かなかったようだ。
「じゃあいきましょう」
廊下にも人は居たが数は少ないようだ。
食堂へ向かう。
離れた席を取る。
しばらくして、総隊長が出てくる。
「俺の部隊はここまでが引率だ。飯を食った後、王都へ引き返し第2、第3、第4部隊との演習を行う。これから、第8、第9、第10部隊の指令を第1部隊隊長とこの砦の指揮官に任せる。油断はするな。くれぐれも注意しろ」
「「は!」」
なんかかっこいい。
返事をしたうちの一人が立ち上がる。
あれ?
女の人?
「本砦の指揮官の蛍でしゅ」
あ……
沈黙
「蛍様、萌える!」
女性軍から黄色い声が上がる。
横に座っている千花を見ると怯えている。
なるほど。
これがトラウマの正体か。
「蛍ちゃん!最高!」
男性軍からも声が上がる。
「ちょっとあんた達が私たちの蛍様を語らないでよね!」
「何を!やるのか!」
「いいわよ!」
蛍があわてて仲裁に……
「喧嘩はやめてくだしゃい!……うぅ」
噛んだ。
大丈夫なのだろうか?
ここってかなり重要な拠点だよな?
いろいろ不安だ。
ため息とともに
「おまえらくれぐれも気を抜くなよ。砦と3部隊の新規兵は、指導兵と5人1チームになって、8時に集合だ!以上!」
なんか涼がかっこいい。
蛍がぺこぺこ頭を下げている。
じゃあ、俺も飯を……あれ?
「何で飯がないんだ?」
皿の上が空。
必然的に美咲に視線が集まる。
「な、何よ。私が食べたという証拠でも?」
「いや……頬にご飯粒が」
「引っかからないわよ。食べたものの中に……」
「中に?」
「ご飯はなかったわ」
「ほう?」
「……謀ったわね?」
「何の話だ?自爆だろ?」
っていうかご飯どうするんだよ?
「えっとご飯ってお代わりもらえるのでしょうか?」
「無理じゃないのか?配給だろうし、もともと俺たちの分はなかったはずだから余裕はないだろうしな」
「お腹すきましたね」
街にでも行ってくるか?
「時間的にはまだ余裕だが……諦めるしかないよな」
「ですね。説明もあるでしょうし」
と、涼がこっちへ歩いてくる。
「食べ終わったみたいだな。お前らには別に話があるからこっちへ来い」
違うんだ、俺たちは食べていない、なんて言えるわけもなくついていく。
「お前たちには森で討伐してもらいたいやつらが居る」
「ゴブリン?」
「それの上位種だ」
上位種?
「上位種って何だ?」
美咲に聞く。
「魔力を浴びて魔獣に変わる物には見られないんだけど、先天的に魔物であった場合はその受けた魔力量に応じて、強さが変わるの」
「先天的ってのは生まれたときからってことだよな?」
「そうよ。見た目はほとんど変わらないけど、保有している魔力が桁違いなの」
「なるほど。で、そいつを倒せばいいのか?」
涼に向き直る
「あぁ」
「場所は?」
「クラトバール山の4合地点だ」
「登るのか……いつ?」
「悪いが今から行ってもらう」
「わかった。でもなんでだ?」
「ゴブリンは弱いが数が多いから、新しく来たやつの訓練をかねて毎年討伐を行っている」
「今年は計算違いのやつが出たと?」
「あぁ、確認されただけでも10体はくだらねぇ」
「で、ベテランチームはフォローに入るということよね?」
「そういうこった」
「5分後に裏門の小さい扉の前でいいわよね?」
「あぁ、助かる。鍵はこれだ」
裏口か?
「どういうことですか?」
「ばれたら、ここの士気にかかわってくるの」
「……そうですね!」
「わからん」
「強いのが出てくるかもしれないという恐怖心は実戦経験のない人には無理です。だからこそ、こういう訓練をしているんですよ」
「その訓練で心が折れたら元も子もないということか」
「そういうことです」
「じゃあ、私たちは行くわ」
「あぁ、頼む」
俺は渚を腰にさす。
明は篭手をつける。
「薬とかダガーとか買っておけばよかったな」
「小物程度なら今から買いに行けばいいんじゃないですか?」
「そうだな。移動しながらでも食えるものが欲しいしな」
小物入れをもつ。
「行くか」
「はい」
俺たちは裏口へ向かう……
で、
裏口ってどこだ?