護衛が終わったのに大変!上
< SIDE 翔 >
後二日。
そう、今日を入れて後二日である。
そんなには経っていないはずなのに、慣れてしまったこの風景。
部屋は豪華、ご飯も美味しく、鍛錬もできる。
「何か、恵まれてるな」
もう、見慣れてしまった天井から、目を離し起き上がる。
ふかふかのベッドももう少しでお別れだ。
この以来が終わったあとの先行きが不安だ。
窓から外をのぞくとまだ暗い。
鍛錬のためとは言え、さすがに早過ぎたか。
外で白く輝くものが舞ったような気がするが、もう一度見ると何も見えなかった。
「気のせいか」
体を拭いてから、着替える。
『渚?な・ぎ・さ~!』
呼んでも返事がないので、寝ているのだろう。
「まぁ、いいか。今、すぐに頼むこともないしな」
渚を手に部屋を出る。
階段を下りて、玄関まで行く。
他の部屋によろうとは思わない……迷うから。
まぁ、こんな時間にっていうのもあるからな。
「早いですね。まだ、日も出ていませんよ」
と、不意に玄関で声をかけられる。
みんなを不用意に起こさないようにと気配を殺していたつもりなんだけどな。
「九十九さんも早いですね?」
「私は仕事がありますから。」
今は空いていなさそうなので、鍛錬は後に頼もう。
「少し体を動かしてきます」
「わかりました。安全のため夜明けまで、鍵はかけさせてもらいます」
「はい」
渚を手に外に出る、日が出ていない今はかなり寒い。
吐く息も白い。
渚を離れた位置におく。
今日は渚という媒体を使わずに、神剣(?)達を使おうと思っている。
最近のことなのにだいぶ、昔のことのように思えるが。
『紫電』を使えたので、大丈夫だろ。
「『天羽』」
ところどころ風で揺らめいているのがわかる。
刀の形に固定する。
「くっ!」
刀になった瞬間、疲れが押し寄せる。
渚がいないときの魔力の消費量がすごいようだ。
消せば、自分のところに魔力は返ってくるのだが、二本以上は難しいだろう。
次に魔術というものが使えない俺は、神剣の能力の一部を使ってそれを再現する。
『ふぁ~。主、何してるのじゃ?』
『訓練だよ。魔術が使えないからと言ってできなくていいってことにはならんだろ』
『なると思うんじゃが……まぁ、いいじゃろ。一つ、忠告じゃ。その力は形をとらないほうがいい』
意味が分からない。
『神剣使って使える力は、この自然そのものじゃから、魔術という型に入れると、格段に能力が落ちる』
ってことは、雷で矢を創る。
刀ほど疲れないが、魔力の消耗を感じる。
次に、雷そのものを放つ。
雷が大地を走り、地面が削れる。
やばい、これはどうやって修復しようか。
だけど、なんかこの威力と疲れの反比例は釈然としないな。
そう、威力は格段に上がったにもかかわらず、先ほど違ってほとんど消耗を感じない。
『他にも、火山に近ければ火や爆の属性は上がるが、水や氷は下がるといったような適性があるから注
意するんじゃな。……まぁ、本来の主の力なら大丈夫というよりもほとんど関係ないんじゃがな』
最後の方が頭に直接聞こえるはずなのに聞き取れなかった、ぼそぼそと聞こえるだけ。
しかし、しばらく雷を打っていて気付いたことがあった。
上から下に落とすのに対し下から上に打ち上げるのには微妙に消耗の度合いが高いこと、魔力をある程度、籠めないて矯正しないと真っ直飛びにくいことの二点だ。
つまり、自然現象に逆らうような使い方は難しいということだ。
室内で風を使うことはできても、屋外ほどの効果や効率は得られないのだろう。
空を見ると夜は明け始め、今、空に雷を放っても確認できないだろう。
さて、食前の運動も終わったので、戻るか。
入り口のドアに手をかける。
鍵はかかっているはずもなく、仕事を完璧にこなす九十九さんに心の中で感謝を言いながら入る。
『そういえば、なんでほかの属性を教えてくれないんだ?』
早く教えてくれたほうが助かるんだが。
『主の体が壊れてもいいのか?』
『は?』
刀と俺の体に何の関係がある?
『主に限らず、人族然り、竜族然り、樹族然り、あらゆる種族然り。この世で生きているものたちは、何かしらのエネルギーを受けている。ヒトが魔力と呼んでいるもののことよ』
『それがどうした?』
『神剣とはその魔力の象徴みたいなもの。今、持っている神剣の中で第一段階に『海渡』は到達していない』
『第一段階ってなんだ?』
『第一段階は具現化。第二段階は合成。第三段階は……今、話す必要もないから置いておくがな』
『なんだよそれは。まぁ、いい。で、到達していないからなんだというんだ?』
話を戻す。
『具現化はその神剣の魔力を完全に扱ってこそ使えるもの。つまり、具現化ができていないってことは主の中にある魔力が神剣に移っているか、神剣からの魔力が主に移ってしまっているか、のどちらかじゃ』
『それで?』
『主の魔力が移っているのなら魔力の枯渇で倒れるだけ。じゃが、神剣からの魔力が移ってきている場合、一本なら問題はないんじゃが二本以上は主に魔力が集まりすぎて、主という存在は死に、魔物と化してしまう』
存在が死ぬ?
『俺の記憶が消えた理由はそれか!』
『違うわい』
ガクッ
即答された……糸口が見つかったかと思ったんだが
っていうか、早く教えろよ。
本当の理由を……
渚は愚痴る俺をしり目に話を続ける。
『魔物になる理由は大量に魔力を浴びるということになっている。じゃが、それは半分正解で半分不正解なんじゃ。容量が大きければ、大量に浴びても問題ないし、容量が少なければ、たとえ少量でも魔物と化す』
『さっぱりだ』
『呑み込みが悪いんじゃな』
『説明がわかりにくいんだ』
反論する。
『簡単に言うと魔物になりたくなかったら、二本以上の第一段階に到達していない魔術を使わないことじゃな』
『な、なに!今までの問答が一言で集約された……だと』
なんか負けた気がする。
『具現化は主様が意思を強くイメージしている時に初めて形に反映される。だから、前後はしちゃうけど、昨日のような戦闘を5回ぐらいする……』
『できるわけないだろ!』
『主。最後まで聞くべきじゃよ。いつもの修練の10倍近くの密度を二週間す……』
『現実的に考えて無理だろ!』
『だから最後まで聞け言っておるじゃろ。いつものを半年で……』
『お前、おちょくってるよな?っていうか聞くまでもないよな』
『冗談じゃよ。でも、現実問題。このままの速度だと厳しいじゃろうな。10倍近くの密度こなして二週間で二本使えるようにしといた方がいい。『海渡』だけならその位でやれば、一日でできる』
確かに、俺は魔術が使えないから、使えた方がいい。
固定魔術は魔術式を展開できるが、魔力を流し込むと式が崩壊するし、詠唱魔術を使おうとすると魔力を集める段階で失敗する。
それが、陽菜さんに教えてもらった時わかったことだ。
『無理かもしれないが、お願いしてみるか』
『それが先決じゃろうな。主、わしは寝るぞ』
声がやむ。
『全くよく寝るなぁ』
返事はない、どうやらもう寝たらしい。
「翔様、どうかされましたか?」
目の前には、九十九さんが立っている。
どうやら、話に熱中しすぎて立ち止まっていたらしい。
「いえ、少し考え事を……」
「座ってなさることをお勧めいたします」
「次からはそうします。ところで、二週間ほど時間もらえますか?」
久しぶりに完全記憶能力という思ったより使いどころのないスキルを発動する。
渚の説明をいじって、さも自分の言葉のようにして説明する。
「二週間でございますか。それは、なんともわたくしには申し上げようもございません」
まぁ、当然だろうな。
「すいません。変なこと聞きました」
「ですが、琴音様にはお伝えしておきましょう。」
「お願いします」
礼を言って、部屋に向かう。
いくら寒いとはいえ、大分魔力を使ったせいか汗をかいていた。
体を拭く。
いろいろありすぎたせいで、思付きもしなかったが…
俺は魔力の色が見えるんじゃなかったのか?
いや、思いつかないはずがない。
前日、俺は麻奈花の魔術を見てたはずだ。
ならば、何故?
いつから、見えていないんだ?
麻奈花にあった後に行った場所は、ラーメン屋と鍛冶屋。
普通に考えて……
『お前がやったのか』
返事はない。
舌打ちをして立ち上がる。
ごはんでも食べに行こう。
ドアを開けたところで、美咲に出くわす。
「どう思う?」
何のことだ?
やはり、美咲といえば……
「昨日と同じくらいと思うが?」
「やっぱりそうよね。昨日と同じくらいにはなるかもしれないわね。明日とかも」
「明日はもっとすごいんじゃないか?最後の日兼誕生日だぞ」
「最後の日?」
「……食べ物の話しているんじゃないのか?」
「私をなんだと思ってるの?」
正直に言わせてもらおう。
「食欲魔人」
「夜道に気をつけなさい」
「なぜに!」
本当のことを言っただけだぞ。
「襲撃のことよ。逃がしたのなら、今日、明日来ないはずがないわ」
「そうだな。それに、俺も気になっていたことが一つ」
「何?もしかしたら、私と考えていることと同じかしら」
「多分な。俺たちはなぜここにいる?」
率直に疑問を呈する。
「そうよね。本当に誕生日のためだけなら、今、私たちがここにいる必要はないものね。それこそ、明日だけいればいいはずの仕事。この時期にいくら信用があるからって一応は部外者なのに、招いたままというのは解せないわ」
「二人ともどうしたんですか?」
千花がやってくる。
「いや、大したことじゃない」
美咲と目くばせする。
千花に知らせる必要もないだろ。
「そうよ。明日、どう盛り上げるかの話よ」
「私も色々あったせいで、プレゼントを買いに行けてないんですよ」
「今日は市場にいてきたらどうだ?あそこならなんかあるだろう」
「そうね。私も見に行ってくるわ」
ぐぅー。
「何で、こっち見るのよ」
「だっておまえだろ?」
「ですよね」
美咲の顔が赤い。
「早く食べに行くわよっ!」
先に行ってしまう。
俺と千花は顔を見合わせて、笑いながら食事に向かった。
九十九さんに扉を開けてもらうと
……千花が暴飲暴食していた。
もうすでになじみとなってしまったこの光景に驚くことはない。
でも、このままでは……
「千花、早く自分のものを確保しないと」
「そうですね」
自分の近くにある椅子に座り、食事を始める。
一応、九十九さんの許可はもらっているが、琴音さんとか月夜を待たなくていいのか?
って言うか、ここ数日、月夜と会うことがないな。
千花がいるから別に話す必要もなかったわけだが……
「翔様、このままでは無くなってしまいます」
突然の九十九さんの声に、はっと気づく。
目の前にはほとんどご飯が残されていない。
くっ!
手を出そうとした瞬間に、食べるものがなくなってしまう。
おのれ!
「『紫電の具現化』」
加速した俺は、食べ物に手を伸ばす。
フハハハッ!俺の勝ちだ。
十数分後、俺は何とか自分の食事を終えることができた。
って言うか、食事とるだけでなんで具現化使う状況になるんだよ!
「じゃあ、私たちは出てくるわ」
「行って来い」
「翔さん、いっちゃんをよろしくお願いします」
やっぱり、避けられんか。
「わかった」
はぁ、第一印象最悪だろ。
二人が出て行った後、今度は本物の九十九さんの案内で向かう。
ノックは俺がする。
コンコンコン
ガチャ
ドアが少しだけ開いて顔がのぞく。
「何よ、変態さん?」
第一声がそれって……やっぱり、予想はしていたがつらい。
「それは誤解だ!っていうかお前の親に文句を言え!それから、お前も同じ事やってんだから人の事いえないだろ!それよりも、俺は変態じゃない!」
矢継ぎ早に反論する。
むかつくなコイツ、耳ふさいでやがる。
だがしかし、
「お嬢様、人の話を聞くときにそのように聞くように教えた覚えはございませんが?」
「げっ!九十九がなぜ?」
およそお嬢様という呼ばれ方には似つかわしくない声が漏れる。
「案内でございます。それよりも、しばらく教育が必要なようですね」
「嫌ですわ」
あっ、口調が戻った。
「仕方ありません。陽菜にk…」
「それだけは、勘弁して頂戴!」
さえぎって震えるほど怖いのだろうか?
心なしか顔が青いような気がする。
まぁ、俺の知るところではないがな、むしろ自業自得だ。
ジロリとこっちを見る。
青い双眸。
やばいなんかマズイ、自業自得ってだけできれるのか?
「入ってもいいわよ」
「おじゃまします」
小声で言いながら恐る恐る入る。
「そこにでも座りなさい」
指さされた椅子に腰掛け……空気椅子で体勢を立て直す。
軽く舌打ちをされる。
危ない危ない。
「そこに座りなさい」
今度は腰掛ける。
椅子はちゃんとそこにあった。
俺が扉を背にして、前に置かれた席には窓を背にして月夜が座っている。
窓から入る逆光で顔が見えない。
「で、何の用?」
「特にはないが?」
「は?」
じゃあ、何しにきたのっていう表情の顔に答えを告げる。
「千花がお前がたぶん暇そうにしているから、行って来いと言われたんでな」
「なっちゃん、別にいいのに。大体こんな変態と何して過ごせばいいというの?」
ひどい、ひどすぎる。
千花、帰ってきたらいじめてやる。
「俺は変態じゃない」
「変態なやつはみんなそう言うわ。自分は普通だってね」
「どうせ、俺は変態だ、とか言ったら、その通りだっていうんだろ。子供かお前は」
たぶん図星だろう、顔色はわからないが恥ずかしくて赤くなっているに違いない。
ほんとに子供なんだな、いや、だからこそ、千花が大人びて見えるのか?
「あんた、殴るわよ」
なんか俺にものすごく突っかかってくるような気がするんだが?
っていうか、親子で心読むなよ。
「駄々漏れよ。口に出ているじゃないの」
「いや、つい本音が……」
「まぁ、いいわ。ところで、なっちゃんはどうしたの?」
「買い物に行ったぞ」
「そう、仕方ないから、あなたの相手をしてあげる」
別にしてくれなくてもいいんだけどな。
部屋の奥に行った月夜が紅茶を入れて、もって来る。
九十九さんが入れるわけではないらしい。
部屋に調理器具があるのがなぞだが……
っていうか、こっち持ってきてから入れろよ。
なぜ、カップに入れた後に運ぶ?
あっ、ちょっ、危ない、こけるぞ、って止まれよ!
瞬時に風を操って、カップの乗ったトレーを浮かし、床に突っ込みそうになった月夜を支える。
と、支えた直後の軽い衝撃の後、鋭い悲鳴とともに俺は勢いよく突き飛ばされる。
痛い、泣いてもいいか?
「何よ、この変態!」
「いや、どう考えても俺は悪くないだろ」
「はっ!どうだか?どさくさにまぎれて変なところ触ろうとしたんでしょ」
ほんとに子供か?こいつは。
「感謝してあげるからありがたく思いなさい!」
その言い方はどう考えてもありがたく思えないだろ。
っていうか、助けたのにむしろ扱いひどくないか?
「何で魔術使わなかったんだ?運ぶくらいできるんじゃないのか?」
泣きそうになるので、無理やり話題を作る。
「面倒だったからよ、いちいち詠唱するのが。大体、落としたときに詠唱が間に合うはずないじゃない」
そういえば、無詠唱ってすごいスキルなんだよな。
なんか最近あった人たち全員無詠唱使ってたから、月夜もできると思ってた。
しかし、
……話題が尽きた。
今、俺たちの間には沈黙が漂っている。
仕方ないので、月夜の太陽の光に照らされ輝く黄金色の髪をじっと見ている。
「な、なに見ているのよ?」
「ん?お前の髪、綺麗だなと思ってな」
「変態」
「なぜに!?」
また沈黙が続く。
「何か言いなさいよ」
「じゃあ、宿題って何だ?」
「そんな事も知らないの?」
「千花だって学校だっけか?そこに行ってないだろ?」
「なっちゃんはいいの。親があれだから」
「なるほど」
それは確かに納得できる。
「俺は記憶がないからな。学校に行っていたのかどうかすらわからん」
「は?」
眉唾ものだろうな。
「できたら、学校についても教えてくれ」
「いいわ。学校っていうのはね。勉学に励むところ、宿題はそこで出される課題よ」
…………………。
「えっ?それだけか?」
「冗談よ。私が行っているのは、王立テュリス学校。生徒数2万人を超える学校よ」
へぇ、多いんだな。
目の前に置かれたカップを手に取り、口をつける。
格調高い香りと独特の渋みを感じさせる。
「美味いな」
かくて、学校の説明が始まる。
To be continued...
2012/03/25 渚の口調改変
2012/05/25 誤字修正