護衛って大変!五日目
今回は少し長い目。
< SIDE 翔 >
あと少しで依頼を終えられる。
殺気を感じ伏せる。
「考え事している余裕なんてありませんよ?火魔術『炎弾』」
頭の上を炎弾が通過する。
今日の相手は陽菜さんである。
九十九さんと同レベルぐらいの強さだ。
まだ、本気を見たことはないのだが、陽菜さんも同様に二つ名をもらえるレベルということを考えるとやはり、強いのだろう。
今俺の周りを取り巻いているのは、1000を超える炎弾。
自分に飛んでくるのだけ躱したり、斬ったり、撃ち落としたりするだけのことだ。
炎弾は、基本的に直線行動しかできない。
一度躱せば終わりのはずなのだが、この陽菜さんはつくづく化け物じみている。
直線にしか行かないなら途中で止めてからまた直線に進めればいい、という発想を使っている。
到底、一般人ができるようなものではない。
「海渡!」
渚が水を纏い、飛んできた炎弾を数十個まとめて斬り飛ばす。
あの数の前には、微々たるものだが。
この練習は、海渡を使っていいのは5回。
今ので、3回目だ。
あと2回しか使えない。
始まってから、1時間くらいは経ったんじゃないだろうか?
冬の寒さが残る空気といえどもこれだけ囲まれていたらさすがに暑い。
隣で九十九さんもやっているのだが、おかしいよな、これは。
九十九さんは俺より多い8000個ぐらいでやっているのだが、もう半分くらいに減っている。
その消し方がまず、ありえない。
炎弾は拳ほどもある炎の塊である。
それを急加速、急停止で起きる風で吹き消している。
次節、その速さに大気が揺れ、衝撃波が大地をえぐる。
しまった。
よそ見している間に囲まれた。
渚では、炎を斬っても斬った分だけ分かれて増えるので、使うことができない。
だから、
「海渡!」
活路を見出し、そこに逃げる。
が、もうすでにそこに来ることを読まれ追撃が来ている。
「海渡!」
もう使い切ってしまった。
後はどこまで天羽で逃げ切れるかである。
囲まれないように旋回し、急降下して炎を消そうと試みるが、炎は揺らめくだけで消えない。
駄目か…。
速度が足りない。
もっと速く
速くなりたい。
何かが脳裏にひらめくと同時に周りの速度がさっきと一転して遅くなる、否、俺の思考速度、動体視力が格段に上がる。
「なんだ、これは?」
『天の雷じゃ』
頭に話しかけてくる声を聞き、渚に目をやる。
『何が起きている?』
『紫電と天羽の具現化が同時に起きたんじゃよ。相性のいいものは、その力を組み合わせることができる。まぁ、その分今までほとんど感じてなかった負担を感じることになるじゃろうけど』
『なぜ、今まで感じなかったんだ?あれでも、思いっきり使えば、疲れるんだが。』
使っている最中に倒れても困るので、聞いておく。
『一つの具現化だけならそうそう負担に感じることはない。じゃが、それ以上はそれぞれの具現化の持つ力の摩擦で疲労する。それは、具現数に比例するんじゃ。さすがに2つの具現化程度じゃ、1日は今の状態でももつがな。』
なるほど、それなら大丈夫か。
『…いくら遅いって言っても、囲まれたらかわせなくなるぞ』
その声にはっと気づき周りを見て、行き先を決める。
そして、一気に加速。
さっきまでとは違い、すぐに炎が消し飛ぶ。
それを数回繰り返すと九十九さんのように火が瞬く間に消えていく。
「これで最後だ。」
最後に残ったのを消す。
疲労を感じる。
それでも、軽く走りこんだ後みたいな緩やかなただの倦怠感程度だ。
「終わりね。さっきの様子からすると、何か収穫があったようですね?」
「あぁ、ありがとう。礼を言う。」
正直、面白かったのでもっと消していたかったのだが。
「私は千花ちゃんのほうでも見てくるから。」
といって、走り去っていく。
どうやら、千花も別のところで訓練をしているらしい。
そういえば美咲はどうしているんだ?
「千花様と一緒にいらっしゃいます。」
思っていたことが口に出ていたようだ。
でも、そうか、ってことは美咲も魔術を……いや、それはないな。
美咲は治癒術しか使えないんだもんな。
まぁ、いい。
次は九十九さんに……。
突然現れた飛来物の気配を察知し、それをかわす。
二日前の俺なら思いっきり斬っていただろう。
だが、毒や爆薬の可能性を示唆され、かわし離れることにする。
ものが視認できていれば掴むのもありだが、何が飛んできているのかわからない。
黒いナイフだ。
そして、これには見覚えがある。
「九十九さん!」
「わかっております。」
そして、ナイフが飛んできた方向にフォークを投げ返す。
ほかに何かないのですか?
サバイバルナイフとか、それこそ、前に見せてくれた指弾とか。
途中でそれは打ち落とされる。
風除けと景観に気を使った周りの木々が邪魔をして、敵の位置が確認できない。
そして、確認できない以上こちらは後手にまわるしかない。
と、別方向から雷魔術『雷槍』が飛んでくる。
一通りの魔術を見せてもらったが、確かこれは直線にしか飛ばない。
それを半身になってかわす。
俺を狙っていたのは光の次にその速さを誇る雷の魔術。
音もほとんどないため、暗殺向きだ。
『天の雷』がなければ、防御魔術の使えず、羽衣をまとっていない俺は死んでいたな。
しかし、今の状況を省みるに…
「今回は一人じゃないのか。」
「そのようですね。」
そのように俺たちが判断した理由は、召喚魔術があまり使い勝手がよくないということだ。
使い勝手がよくない理由は二つ。
一つは、召喚を行う魔術を使っている間は遅延魔術しか使えない。
もう一つは、召喚されたものは、魔術が切れるか消されるか契約時間まで存在する。
つまり、体に負荷のかかり続ける遅延魔術を維持しつつ、召喚されたものの魔力消費を受け入れなければならないという魔力的に厳しいものなのだ。
つまり、仲間がいない状況でそれを行うのは魔力の枯渇を危惧しなければならない、それは単なる自殺行為である。
だから、二人以上であると考える。
さて、今の問題はどこに敵がいるかがわからないということだ。
気配が察知できない。
俺とその木々との距離は約100m。
相手の位置を知るためにこれ以上近づいたら、敵の餌食になるだろう。
「翔様、前のようにお願いします。」
前?……そうか、あれを使えばいいのか。
風を感じる。
世界を回る大いなる風。
この国を巡る凍えた寒き風。
前回は狭いところから広げていったが、今回は逆だ。
この都市を時節吹く風。
俺の近くにある風、また別の言い方をするならばそれは
息吹
よし、見つけた。
侵入者は5人。
そのことを告げようと口を開くが、
「くっ!」
後ろに跳んで雷をかわす。
が、後ろから飛んできた炎弾の直撃を食らう。
とっさに羽衣をまとったおかげで、吹き飛ばされただけで済んだ。
危ない、危ない。
しかし、九十九さんと分断されてしまう。
渚に雷をまとわせてせめてもの反撃にと放つが間に割って入ったゴーレムが消し飛ぶだけで、相手には届かない。
ドーン!
離れたところで音がする。
どうやら、別のところからも敵が入っているらしい。
多分、戦闘の音からかんがみるに陽菜さんと千花が戦っているのだろう。
どうやら、相手も本気でつぶしにくるつもりらしい。
渚をふるい、ゴーレムを叩き潰す。
めんどくさい。
集団戦向きの海渡はまだ使いこなせていないため、水をまとわせるのがせいぜいだ。
なら、
『紫電の具現化。』
加速して突っ込むことにする。
この『紫電』が『天の雷』と違うのは、飛行能力がない上に雷の性質上、垂直に落ちるしかないという点である。
『天の雷』は完全に行使するまでに若干の時間を要する。
二つの具現化を同時進行させるためだ。
そして、今、俺にその余裕はない。
「さっき『天羽』の力を使ったときに、解除しなかったらよかったな。」
後悔しても仕方がない。
相手の放つ迫りくる魔術をかわしつつ、さらに突っ込む。
この速度には光の魔術ではない限り追いつくことはできない。
まずは一人目。
そう思い、振りかぶって、風の刃を飛ばそうとして自分の右側から飛んできた飛来物の軌道から体をずらす。
反射的になぎさから右手を離し、その飛来物を掴み投げ返す。
「ちっ。」
手ごたえはない、返される可能性も予測して投げてきたのだろう。
すると反対側から雷魔術『雷槍』が飛んでくる。
とっさに『海渡』で純水を創りあげその雷を散らす。
いまだに慣れない力に疲労がたまっていく。
「厄介だな。」
数ではこちらが不利な上、場所のことを考えると大きな技は使えない。
そして、俺は魔術を使うことができない。
これは、今日の朝にわかったことだ。
さらに、最近、手に入れた力はまだ使いこなせていない。
圧倒的な時間不足で細かい動作が習得できていないのだ。
つまり、一対一に持ち込まない限り魔術の使えない俺に勝つ術はない。
『紫電の具現化。』
一気に敵の前に行く。
黒装束で覆面をつけており、誰だかわからない。
倒したいが、刀を振りぬこうとしても反対側から攻撃されることを考えると、迂闊に手を出すことができない。
俺が接近戦しかできない以上、相手は俺が自分たちの周りに現れた瞬間フォローすることだけを考えればいい。
「不利だな。」
両側から飛んできた雷魔術『雷槍』と火魔術『炎弾』が迫る。
後ろに飛び退るが、かわしきれずに二つの魔術の衝突の余波を受ける。
「ぐっ。」
そして、後ろに飛ばされながら、ふと気づく。
雷も炎も『海渡』なら防げる。
だがしかし、手に入れて間もない力だ。
特に『海渡』はつい先日だ。
完全に純水の『水の羽衣』をまとい終わるまでの時間をどう稼ぐかだ。
下手にこの場を離れると九十九さんにしわ寄せが行くだろう。
いくら、九十九さんが強くとも、こんなてだれを5人相手に戦うのは苦労するだろう。
風の刃を放つ。
目暗ましにはなるか?
俺の手を水がまとっていく。
『翔!伏せよ!』
渚の声に反射的に従う。
頭の上を風魔術『風刃』が通過。
『これはやばいな。斬撃は『海渡』じゃ防げないんだが。』
渚がしばらくうなった後、俺に告げる。
『風を我にまとわせるんじゃ。くれぐれも放つなよ』
言われた通りに渚に風を集める。
『薄く鋭く我に重ねよ』
風の刃をまとわせる。
『それでよい。それなら斬れるじゃろう』
飛んできた雷に振る。
ピシッ!
はじける音とともに雷が散る。
『反属性が一番好ましいんじゃが、ほかの属性でも魔力で力押しできる。これを前の主は『破魔』と呼んでいたぞ』
と、アドバイスを残して声が消える。
「よし、反撃といきますか。」
刀を納めて加速。
『紫電』の速さに慣れられないうちに片付ける!
真正面にいたやつに渚を振る。
鞘に納まったままだったが、側頭部を襲った攻撃により相手は反撃することもできないまま昏倒する。
それと同時に横から、襲ってくる風魔術『風刃』、雷魔術『雷槍』が飛んでくる。
近くに引き付けて、
「『破魔』!」
断ち切った。
だがしかし、敵はこの迎撃の間に上位の魔術を編むことに成功したらしい。
目の前に迫ってくるのは、火魔術『炎槍』
『雷槍』と違って威力を重視したもので、速度は遅めだが、
目の前に浮かんでいるのは10本の槍。
そう、数が多い。
さらに、
来る槍を弾き、隙を見出そうとするがその弾かれた槍ももう一人の風魔術によって返ってくる。
尽きることのない槍の雨。
『天羽』を構え、振る。
『天羽』を纏った渚は、炎を散らす。
しかし、向こうの風に押しとどめられ、消し去るには至らない。
そして、その風を受けて燃え始める。
『海渡』を使いたいが、集中できない。
とっさの判断なら使えるが意識して使おうとするにはこの囲まれた状況は、不利以外の何物でもない。
「おいおい、坊主、なんかお困りの様子だな。」
突然、上から声が聞こえ、周りの炎たちが狩りとられる。
現れたのは、
「龍炎さん?」
「おう。ずいぶんと苦戦しているな。」
後ろも見ずに飛んできた雷を切り払う。
視認するのも難しいはずなのに、おかしいだろ。
もはや人の領域超えているだろ。
そう思いつつ『海渡』を使い、飛んできた火魔術『炎槍』を切り裂く。
と、上に黒い雲が集まり始める。
これは!
雷魔術『百雷』
雷魔術の中でもかなりの高いランクに位置するやつだ。
だが、負けるわけにはいかない。
魔力を集めて今、使える(思い出した)最大の技で応戦する。
ピカッ!
雷の閃きとともに空に向かって抜き放ち、叫ぶ。
「『天破』!」
天羽による風の刃が雷を切り裂き、雲を割った。
「マジか!」
龍炎さんは心なしか嬉そうだ。
そして、またもや死角から飛んできた炎弾を切り捨てる。
ほんとにありえないよ。
さっきの技の威力に自分で驚いたけど、龍炎さんは驚きを通り越したよ。
だけど、魔力消費がすごい。
多分、急がないと殺られる。
相手も大技で疲れているだろう。
だったら、今はピンチだけど同時にチャンスだ。
『天羽』で、敵の位置を探り一気に突っ込む。
一人となった敵に俺を止めるすべはない。
あっけなく俺の前で崩れ落ちる。
それと、同時に九十九さんがこちらにやってくる。
無傷で二人を縛っている。
無傷っておかしいでしょ。
「だてに元Sランクやってないですので。」
こうして、依頼は達成された。
ちなみに美咲たちのほうに行ったのは、陽菜さんに上級魔術を大量に使われて、壊滅したらしいです。
恐ろしや、恐ろしや。
その夜、俺たちはまだ、琴音さんの屋敷の応接間にいた。
「今日で依頼も終わりか……。」
「そうですね。初めての依頼ってこんなハードなものなのでしょうか?」
「それにしたって、何で呼ばれたんだ?」
「知らないわよ。侵入してきた奴らを捕まえた後、しばらくお待ちください、って九十九さんにいわれたからここにいるんだし。」
今回、あまりって言うかほとんど仕事の無かった美咲はどうやら不完全燃焼らしい。
口を尖らせている。
「しばらくって言っても、数時間はたっているよな。」
話す事も無くさっきまで、寝ていた。
ガチャ!
扉が開く。
「お待たせいたしました。こちらへお越しください。」
連れて行かれたのは、ここ数日お世話になった部屋だ。
その真ん中にあるのは、テーブルなのだが……
「初めて来たときよりも多くないか?」
所狭しと乗せられた料理が香る。
ググゥッー!
「みんな、どうして私のほうを見るのよ。」
「いや、お前しかいないだろ。」
「私もそう思います。」
「フフッ!」
「なっちゃんの友達って面白い人が多いよね?」
だがしかし、さすがは、九十九さん。
ポーカーフェ……あれっ?肩が少し震えてますよ。
「頂きます!」
逃げるように美咲が食事に突入する。
礼儀作法もあったものじゃないな。
20分もしないうちに、完食された。
ここまでくると、自分の食べようとしていたものが目の前で食われても悔しくなくなってくる。
むしろ、逆に見事だ。
皆の腹が落ち着いたところで琴音さんが話し始める。
「今日残ってもらったのには、訳があるのよ。今日、捕まえた人たちは皆、白状しなかったわ。そして、逃げられたの。」
「どうやって?」
気絶させてから、縛っていたはずだ。
「わからないわ。そして、この件はどこかからの謎の献金ってやつにもみ消されたわ。もう、公式の記録も残っていないでしょうね。でも、本題はそこじゃないわ。捕まえてすぐに帰らせなかった理由にはならないでしょ?」
「確かにそうね。」
「今回の依頼はまだ終わっていないって言うことを言うためよ。」
うん?どういうことだ?
「私があなたたちにお願いしたのは、賊の討伐じゃなくて、誕生日までいてくれることよ。」
そういえば、そんな気もする。
ちらりと横を見ると、どうやら千花も忘れていたらしい。
「というわけでよろしく。後はこれね。ギルド証よ。」
渡されたのはカードだ。
見ると
---------------------------
名前:翔
種族:???
ランク:F
所属ギルド:全人の門
戦闘:魔刀使い
備考:記憶喪失
我らはこの者が我がギルドに
所属する事を認める。
---------------------------
種族が気になるのだが?
まぁ、いい。
これで確か、銀行でお金を預けたりとかできるんだよな?
『我は魔刀ではない、神刀だ。』
神様だって、まだ言い張るか。
渚は無視する。
「千花のも見せてくれ。」
---------------------------
名前:千花
種族:人族
ランク:F
所属ギルド:全人の門
戦闘:神鎌流
備考:***
我れらはこの者が我がギルドに
所属する事を認める。
---------------------------
「この『***』ってなんだ?」
「他人に見せられない。いわゆる秘密というものです。」
「なるほど。」
まぁ、いい。
いや、自分の種族が見れないのは問題じゃないか?
「これを発行するのも私の仕事よ。」
と、琴音さんが自慢して言う。
国からそれだけ信頼されているという証だからか。
「今回の依頼はまだ終わっていないから、反映されて無いことは知っておいて。それじゃ、寝ましょう。」
美咲もどうやら依頼を今から受けるらしい。
まぁ、いい。
「俺、寝るわ。」
「さっきも寝てませんでした?」
「そうだな。」
「美咲さんの食べっぷりといい、この世界は本当に面白いですね。お休みなさい。」
と、ぶつぶつと失礼なことを言いながら出ていく。
「私たちも寝るわね。」
「お休み。」
親子も出て行く。
美咲は……こんなところで寝るなよ。
既視感を覚えながらも、抱えて運ぶ。
部屋から出るときに、九十九さんにお願いして案内してもらう。
迷子になると困るからな。
美咲も柔らかくて千花とは少し違う匂いがするなと思いながらも運んでいく。
美咲の部屋を出ようとしたときに入れ違いに陽菜さんが入っていって、中から悲鳴っぽいのが聞こえたような気がしたが、気にせず部屋に行き眠りに落ちた。
どうでしょうか?
2012/04/07 矛盾修正
2012/04/11 矛盾修正