私の朝は説明で始まる
私は、酒場の人に聞いて近くの川で禊を済ませてから下でご飯を食べていました。
禊は、毎日欠かさずやっています。
この都市にはきれいな湧き水があちこちにあるので、誰にも見つからずに終えました。
この都市は、内側にも森や滝などの自然がある世界でも珍しい都市なのです。
ご飯とみそ汁、それからギルドの裏を流れるきれいな川から釣れた魚。
自然に感謝し食べ始めます。
さすがです。この店の料理人はすごいです。
とても美味しいです。
私がご飯を食べ始めてからしばらくすると、翔さんが降りてきました。
「おはようございます。翔さん、どうしたんですか?すごい顔ですよ。」
翔さんの目の下には、はっきりと隈が浮かびその目もどこか焦点が合っていない感じです。
「おはよう。いや、ちょっと昨日徹夜して。ところで、美咲はどうしたんだ?」
私は怪訝に思いながら昨日、美咲さんが翔に『ワールド図鑑』を渡したと言っていたのを思い出して、納得しました。
「あれ、すごく分厚いですものね。私も父上に教えてもらいました。美咲さんは、明日の夜ぐらいに帰ってくるらしいです。ところで、どこまで読みましたか?」
「そうか、美咲は仕事か…。さすがに疲れたよ。あれの約5分の1読んだから。」
驚愕の事実です。
あれは確か2263ページあったはずなのですが。
「……えっ!あれそんな早く読めるものなんですか?私は全部教えてもらって理解するのに、2か月かかったんですけど。私って理解が遅いのでしょうか?」
私は、ちょっと落ち込んでいます。
結構早いと自信を持っていたのですが。
「いや、2か月でも十分早いと思うよ。なんせ、それ半年で覚えるために僕たちが作ったんだから。何も知らない人でもね。」
横から声が聞こえ、私はびっくりします。
「冬樹さん、いつからそこにいたんですか?」
「はじめっからこっちに聞き耳立ててたよ。あの人。」
またしても驚愕です。
めんどうくさそうにしてますが、何者なんでしょう。
まぁ、いいです。
それよりも・・・。
「私って鈍いのでしょうか?」
「いや、君が普通だよ。翔君が異常なんだよ。」
「本人を前に異常とか言うな。」
「どうして気づいたんだい?」
私も知りたいところです。
「だってそこにいたじゃん。」
「俺の二つ名が泣きそうだ。気配隠していたのに。うーん。」
と、冬樹さんはちょっと考えてから、言葉を続けます。
「君って、魔力が見えてるんじゃないか?」
「どういうことだ?炎を見たことはあるが。ふわぁ~。」
と、欠伸をしています。
多分、山賊の時でしょう。
あれより以前の記憶がないのならば、あれが初めて見た魔術のはずですし。
「いや、そうじゃないよ。それは、魔術に伴う現象そのものだから、その炎は実際に起きているものだ。みんな見ることが出来る。そうじゃなくて、僕の手を見て。」
と、冬樹さんは右腕を見せます。
私には何も見えないのですが、この手がどうしたのでしょうか?
「青い光を放つ文字が、右手の周りに集まってるぞ。」
「そうなんですか?」
「さぁ、僕には見えないし、光には多分見えるんだろうけど。それで、イメージしたのはね。」
と、言って、私の空になったコップに向かって指をさす。
すると、透き通るきれいな水がコップを満たしました。
「すごいです。」
「これはあくまでも仮説なんだけど。ここにコップがあるでしょ。」
と、言って私のコップの水を飲んじゃいました。
ちょっと私の頬が熱くなったような気がします。
「どうしたんですか?」
「ひゃうっ!」
冬樹さんが私に向かって聞いてきます。
ちょっと笑っているので、多分、私からかわれているのでしょうか。
まんまと乗せられてしまいました。
仕返しにちょっと睨んでみたんですが、軽く流されてしまいました。
冬樹さんはどこから出したのか布を取り出しました。
これには、翔さんも驚いています。
これがいわゆる手品なのでしょうか?
そして、コップをぐるぐると巻きました。
「えっと何が言いたいのでしょうか?」
「千花ちゃん、ここにコップはあると思う?」
ちゃん付けなのはからかわれているからでしょうか。
別に気にしないのでスルーです。
「あります。」
だってさっきコップをぐるぐる巻きにしてたんですから。
「それと同じことだよ。どんなに巧妙に何かで隠してもそこにその何かがあるという事実は変わらない。だから、魔力が見えている翔君には隠れる魔術の痕跡で隠れた僕の居場所がわかる。」
なるほど、そういうことですか。
父上も気配が分かると言っていましたし、そういうこともあるのでしょう。
「すまん。魔力ってなんだ?」
「そうでしたね。あれは、1567ページからですからまだ見ていないんですね。」
と、本の内容を思い出します。
翔さんほどではありませんが内容はほとんど全部覚えています。
「ちょっとまって、千花ちゃん全部覚えてるの?」
冬樹さんが驚いたように聞いてきます。
でも、私は何に驚いてるのかわかりません。
「翔さんも全部覚えているんですよ。」
「冒頭、暗唱!」
その命令のような言葉に、私と翔さんは反射で答えました。
「「汝は何のためにこの知を求め
汝が何を為すかは我らの関知するところではない
汝が望むならこの知に手を伸ばすがいい
汝が望まぬならその手を引くがいい
知とは諸刃の剣
知がありて救えるものもあるだろう
知がなくて救われることもあるだろう
汝が何を求め 何を得て 何を失うか
それを……。」」
「ストップ、ストップ。読むのやめてやっぱり自分で書いたものが声に出して読まれるのは恥ずかしい。」
周りの目がこちらに向いています。
冬樹さんも恥ずかしいのでしょうけど、私はさっきの火じゃないくらいに顔が熱くなってきました。
翔さんは動じてませんね、目が若干虚ろで怖いのですが。
「っていうかあきれるしかないね。君たちの頭どうなってるの?一度知り合いの医者に解剖してもらっていい?」
「駄目です。でも、翔さんならいいですよ。」
あたしは真剣な顔して言いました。
「ちょっと待て。俺ならいいのか?」
疲れたような顔で突っ込みを入れています。
「たぶん大丈夫ですから?」
「なぜに疑問形だ。っていうか冗談に決まってるだろう?」
と、言って翔さんは冬樹さんを見ます。
「いや、わりと真剣。その記憶力のよさを解明すれば、記憶力が落ちて来ることはないしね。」
「「「・・・・・・。」」」
「俺戻るわ。」
と、翔さんは今にも倒れそうなほど疲れたような顔をして、戻っていきました。
徹夜はしんどいのでしょう。
そういうと冬樹さんは困ったように笑っていました。
そうです、街で翔さんのためにもおいしいものでも探しに行きましょう。
お金もちゃんと父上にもらってきましたし、少し使っても問題ないでしょう。
「冬樹さん、案内してくれる人が一人欲しいのですが。」
「僕が行くよ。今日は非番だし。」
と、言って翔さんの残していった食器を片づけています。
食器片付けるのをわづれるなんて、翔さんらしくないミスです。
「よろしくお願いします。」
あれっ?私なんか忘れているような気がします。
「あっ。結局、魔力の話はよかったのでしょうか?」