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NoLifePrincess  作者: 墺離
9/11

狂気の王子ー3


 (実によく、作り主の性格が現われた迷路)


 砂が落ちきって半刻ばかり、出口(ゴール)を求めて迷路の中を彷徨えば嫌でもわかる。

 つまりは捻くれている、ということ。


 今更ながら歪んだ性格の持ち主であるということを改めて痛感させられる。

 何度目かの罠と何度目かの"鬼"たちからの攻撃を交わした私は、いったいいつまでこんな茶番劇に付き合わされなければいけないのかと深く深くため息をついた。


 そうしている間にも目の前の行き止まりの壁からぐにゅりと音を立てて現われる"鬼"。


 「悪趣味だ」


 輪廻の輪にのれず死した後もなお未練を残し、冥府の吹き溜まりでその身を腐らせ這いずりまわる魂の慣れの果てを"幽鬼(グール)"と呼ぶ。

 その腐った魂にもはや意思はなく、ただ腐臭と死肉を纏い当て所なくさまよい続ける死者―・・それが私を追う”鬼”だ。

 この”鬼ごっこ”のためだけにどこからか集めてきたらしい幽鬼は倒しても倒してもキリがない。


 ―・・果たしてこの"鬼ごっこ"に終わりはあるのだろうか?


 (いや…きっとゴールはない)


 なにせ相手はあの(・・)イかれた狂王子。

 手駒である魂鬼を従えていない私一人ではディムロスの前では赤子同然。認めたくはないが、残念なことに力の差は歴然としている。

 

 ディムロスは言った「"遊び"をしよう」と。

 それは実に一方的なもので、彼にとっての遊びに過ぎない。彼が楽しむ、そのためだけの"遊び"。


 ディムロスの作り出したこの"場"で私が捕まえられない(・・・・・・・)訳がない(・・・・)

 アレは私の走りまわるさまを見て楽しんでいるのだ。

 延々とありもしないゴールを探してさまよう私を、手駒も武器もなく幽鬼に囲まれ反撃する私を見て笑っているのだ。 

 

 それなら私がとるべき行動は一つ、ただただアレが飽きてしまわぬように逃げ続けるのみだ。

 

 飽きてしまえば最後、ルールも何も無視してアレは私を捕らえるだろう。

 私はこの"遊び"を少しでも長続きさせなければいけない。


 幸いなことに白との縁はまだ繋がっている、彼はその存在を消されることなくあの場に残っていることだろう。

 騒ぎに気づいたマリアンヌ姉様あたりがここを嗅ぎつけてくるはずだ。あれからしばらく時間がたっているからそろそろここの”場”を特定している頃かもしれない。

 ミリアンお兄様の片割れである姉様も実力者には違いない―・・きっと後から色々と姉様の欲求を満たすようなことを要求されるのだろうが、背に腹は変えられない―・・姉様や(タオ)がいればディムロスとも互角に闘える。

 

 (…昔はよくミリアンお兄様に助けられたものだ)


 ふと、幼い頃の思い出が脳裏に過ぎる。

 まだ力の使い方もままならない私は、一度ディムロスによって”暗闇”の中へ閉じ込められてしまったことがある。

 外へでる"綻び"を見つけることもできず、ただ一人、辺りを覆い尽くす闇に怯えていればその暗闇の中から伸びた白い手と、優しい声、


 ―・・おいで、レティシア


 「お兄様…」

 

 思わず口から溢れてしまった己の声に首をふる。

 後継者争いが日々激化するこのさなか、あの人の手が私にのばされることはない、いや、私はそれを求めてはいけない。

 私の"剣"が来るまで耐えればいい。耐え切れるだけの心は持ち合わせているつもりだ。


 鬼の腕をかいくぐり、彼らを撒こうときた道をひた走る。


 走ろうと、した。


 「気に入らないな」


 「!?」


 耳にかかる声と、左肩に走る激痛。

 そのまま迷路の壁へと叩きつけられた。


 「っっっ」


 「気に入らないよ、レティ」


 私を追ってこようとしていた幽鬼(グール)たちが目の前に現れた己の主の気配に怯え、その体を縮こませているのが見えた。

 顔を上げれば、目の前に酷薄な笑を浮かべたディムロスの姿。


 「俺と遊んでいるのにあいつのことを考えてるだなんて、何ていけない子なんだろうね」


 「何の…ことだか」

 

 「"お兄様"って、ミリアンのことを呼んだだろう?」


 どうやらあの小さな一言がこの男の琴線に触れたらしい。笑ってはいるがその身からは苛立ちが感じられる。

 まずい。まだ私の手に"剣"はない。


 「ふっ、私はただ"お兄様"としかいっていない。そう呼ばれたがっていたのはあなたじゃなかったか?」


 「とぼけちゃって憎らしい子だね…もう少しお前の逃げる姿を見ていたかったけど何か萎えちゃった、鬼ごっこはもうおしまい」


 「では次は"隠れんぼ"でもして遊びましょうか、ディムロス"お兄様"?」


 つぅ、と額に汗が流れる。

 私の焦りが伝わるのかディムロスはその笑みを深めると、楽しそうに近づいてきて私の首を掴んだ。


 「いいや、もっと楽しいことをしよう」


 「うっ」


 「レティがどれだけ泣きわめいても、懇願してもやめてあげない。もう俺のことしか考えられないようにしてあげる」


 「ふざけ…っ!ぁっ!」


 「大丈夫、少しはお仕置きで痛くするけど怖くはないよ、すぐによくなるから」


 何がだ、と叫びたかったが器官が締め上げられ掠れた声しか出ない。

 またここで意識をとばしてしまうわけないはいかない、その腕に爪を立て足を蹴り上げ抵抗を試みるがびくともしない。

 近づく顔から少しでも遠ざかろうと顔をそむける。


 「もう逃がさないから」


 まさに死刑宣告にも近いその一言を耳にした瞬間だ、首元の拘束が突如開放された。


 「はっ…はっぁ…ぁ…?」


 むせ返りながらも何が起こったのかと視線を動かす。


 「レティシア様!」


 よろめいた私の体を支えたのは道の手だ。


 「っ、遅い」

 

 「申し訳ございません」


 右奥では(ハク)と、マリアンヌ姉様の魂鬼の(ロウ)が幽鬼たちを(ほふ)り尽くしている。

 そしていつの間にか私から離れた場所に立つディムロスを挟むように立つのはマリアンヌ姉様と、


 「ミリアンお兄様…?」


 まさか、と驚きに目を見開く私とは対照的に、双子に挟まれたディムロスは顔を歪ませ、舌打ちをした。


 「お前たちは呼んでない」


 「こぉんな胸糞悪いところ呼ばれたってお断りよ、この変態」


 べーっと舌を出してマリアンヌ姉様が悪態をつけば、ミリアンお兄様は微笑みながらそれに同意するように頷いた。


 「そうだね、ここは空気が悪い。あの子は返してもらうよ、ディムロス」


 「相変わらずいけ好かないツラをしているな、ミリアン」


 「そういう君も変わらない、しつこい男は嫌われるよ?」


 微笑みを絶やさぬままのミリアンお兄様はディムロスの側へと寄ると何事かをつぶやいた。

 何を言ったのかはよく聞き取れなかったがどうやらディムロスを挑発するような一言だったらしい。

 あからさまに嫌そうな顔をしたディムロスが、鼻で笑い飛ばした。


 「はっ!自分がそうだとでも?」


 「君よりはね」


 「目障りな性格も変わらず、か。今すぐ殺してやりたいな、ミリアン」


 「やるかい?」


 しばらく至近距離で睨みあう二人の気迫にレティシアは心臓が掴まれたような錯覚を覚える。

 

 (何という重圧感…)


 さすが後継者候補筆頭に挙げられるだけのことはある。

 ただ人ならばこの場にいるだけで死に至るに違いない。


 だがその無言のせめぎあいを終わらせたのは、以外にもディムロスの方だった。


 「…あぁつまらない、こんな状態でやったって何も面白くない(・・・・・)


 そう言って彼は踵を返す。

 その姿を歪ませ外へと移動する前に、彼は最後に私の方を一瞥すると「また来るよ、レティ」と言い残して去っていった。


 願わくばもう二度とその姿をみせないでほしいものだ。

 それよりも…


 「災難だったね、レティシア」


 先程までの重圧感など微塵も感じさせない様で、ミリアンお兄様が私の前に立つ。

 そっとその白い指先が私の首元を撫でた。


 「いえ、油断していたのは私でしたので」


 「痣になってしまっているね、もう少し早く来れればよかったんだけど、気づかなくてすまない。痛くはない?」


 「はい、大丈夫です。あの、何故お兄様がここに…?」


 マリアンヌ姉様が連絡したのだろうかと視線を投げれば「違うわよ~」と首を振られた。


 「僕の名を呼ぶ君の声が聞こえた気がしたんだ。嫌な予感がしてね、君には嫌がられるかもしれないが、いてもたってもいられなくなってこちらに来てしまったんだが…迷惑だったろうか?」


 「そんな!迷惑だなどと!そんなことありえません、お兄様!」


 そんなことは天地がひっくり返ってもありえない。

 私が全力を持って否定すればお兄様は「そう、良かった」と柔和な笑で応えてくれた。


 「それを言うなら私の方が…ご多忙なお兄様のお手を煩わせるようなことをしてしまい、誠に申し訳ご―・・っ」


 だが、下げようとしていた頭と謝罪の言葉は、私の唇にかかったお兄様の指先によって止められてしまった。


 「しっ、それ以上言うなら僕はレティシアを叱らねばならないよ」


 「お兄様…」


 「僕がいつ迷惑などといったかな?レティシア、君はもっと甘えるべきだ。僕たちは他の兄弟たちとは違う、確かな絆でつながっている。君は僕たちにとって"特別"な存在だ、僕は君にもそう思ってもらってると自惚れていたんだけど…違った?」


 そっと私の頭をお兄様の腕が包み込む。私よりも背が高いためちょうどその胸元に私の頭が抱きかかえられている、温かいお兄様の体温を、心音をすぐそばで感じる。


 「いいえ、いいえ違いません、ミリアンお兄様。私にとってもお兄様は特別な方です」


 お兄様の手が私の頭を撫でている。幼子をあやすようなその仕草に少しばかりの羞恥心が湧き上がってくるが、久方振りのお兄様の優しい抱擁だに私は身を委ねることにした。

 …だが、それも長くは続かない。


 「ずるーい!私だってレティちゃんを助けに来たのにー!!ミリアンばっかりずーるーいーわーん!!」


 しばらく傍観を決め込んでいたマリアンヌ姉様が、ついに我慢しきれなくなったのか横から突進してきたのだ。


 「こら、マリアンヌ危ないじゃないか」


 「私もぎゅーってするのー!離れなさいよミリアン!」


 「お姉様っ!苦しいです!」


 「おやめくださいマリアンヌ様!レティシア様が窒息します!」


 胸に押しつぶされそうになりながらもなんとか態勢立て直す。

 お兄様の腕から引き剥がされ、背後から姉様のあつい抱擁を受けてはいるが私の手をそっとお兄様が握ってくれた。 

 片割れの様子に苦笑しながらお兄様が言う。


 「ねぇ、レティシア。久しぶりに君のいれた紅茶が飲みたいな」


 私はそれに満面の笑みをもって応えた。


 「はい、お兄様。喜んで」


 さぁ、屋敷に帰ろう。


 


 

思ったよりも長くなってしまいました。というかお待たせしました。


お兄様がディムロスに何を言ったのかはまたべつのお話で。



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