大阪のおばちゃん。山田千代子が、その姿のまま聖女に転生する
「聖女様をお迎えせよ!」
高い天井の神殿に、神官たちの声が響いた。
白い石の床には、大きな魔法陣が光っている。
神官たちは膝をつき、騎士たちは剣を胸に当てていた。
誰もが息をのむ。
長い銀髪。
白い肌。
清らかな瞳。
神の祝福を受けた、美しい乙女。
それが、アルヴェリア王国に伝わる聖女の姿だった。
魔法陣の光が強くなる。
白い光が柱のように立ち上がる。
そして、その中心に一人の女が現れた。
ヒョウ柄の上着。
くるくるに巻いた茶色のパーマ。
腕には大きな買い物袋。
片手には、特売で買った長ネギ。
もう片方の手には、飴ちゃんの入った巾着袋。
神殿が、しんと静まり返った。
おばちゃんは、きょろきょろと周りを見回した。
「……どこや、ここ」
神官たちは、誰も答えなかった。
騎士たちも、口を開けたまま固まっていた。
おばちゃんは眉をひそめた。
「ちょっと。人を呼んどいて黙るんは失礼ちゃう?」
白い法衣を着た老人が、震える声で言った。
「こ、これは……」
「これは、やない。人の顔見て、なんちゅう顔してんねん」
「聖女召喚は、成功したはずだ」
「聖女?」
おばちゃんは自分を指差した。
「うちが?」
老人は青ざめた。
リリイ神殿の大神官、オルディス。
聖女召喚を取り仕切った男だった。
「ありえぬ。このような者が聖女であるはずがない」
おばちゃんの眉が、ぴくりと動いた。
「このような者?」
オルディスは一歩下がった。
おばちゃんは長ネギを肩に担ぎ、ずいっと前に出た。
「このような者って何や。名前で呼び」
「な、名前など知らぬ」
「知らんなら聞き。山田千代子。大阪から来たチヨさんや」
神殿にいた者たちは、さらに黙った。
「オオサカ……?」
「チヨコ……?」
「長ネギを持った聖女……?」
おばちゃんは大きくため息をついた。
「ほんで、ここどこなん? うち、商店街の帰りやってんけど」
その時、一人の若い騎士が前に出た。
背が高く、銀色の鎧をきちんと着ている。
黒髪を後ろに流し、真面目そうな顔をしていた。
「失礼しました。私は王国騎士団副隊長、レオナード・グレンと申します」
「レオナードくんか。長い名前やな」
「レオナードで結構です」
「ほな、レオくん」
「……レオナードで」
「細かい子やなあ」
おばちゃんは、レオナードの顔をじっと見た。
「レオくん、あんた顔色悪いやん」
「私は問題ありません」
「問題ある顔してるわ。ちゃんと食べてるんか?」
「今は、そのような話をしている場合ではありません」
「そういう子ほど、倒れるねん」
おばちゃんは巾着袋をごそごそ探った。
そして、黄色い包み紙の飴を一つ取り出した。
「ほら、飴ちゃん食べ」
「いえ、勤務中ですので」
「ええから食べ。口に入れても仕事できるやろ」
おばちゃんは包み紙をむくと、無理やりレオナードの口に押し込んだ。
その瞬間、淡い金色の光がレオナードの体を包んだ。
神官たちがどよめいた。
「なっ……!」
「聖光だ!」
「レオナードの疲労が消えていく!」
レオナード自身も目を見開いた。
「体が……軽い」
「そらそうや。顔色戻ったわ」
おばちゃんは満足そうにうなずいた。
オルディスは、わなわなと震えた。
「まさか……本当に、聖女の力が……?」
「知らんがな。飴ちゃん食べただけや」
その時、神殿の外から慌ただしい足音が近づいてきた。
若い侍女が、息を切らして飛び込んでくる。
「大神官様! 城下の避難民の子どもが、また黒い瘴気に倒れました!」
神殿の空気が変わった。
オルディスは顔をしかめる。
「またか。聖水を使え」
「もう使いました。でも熱が下がりません」
「ならば、治癒師を呼べ」
「治癒師も、もう限界です」
侍女の声は震えていた。
「子どもたちが、何人も倒れています。食べ物も足りません。母親たちが泣いています」
おばちゃんは、その言葉に目を細めた。
「子どもが倒れてるんか」
誰も答えなかった。
おばちゃんは買い物袋を持ち直した。
「案内して」
オルディスが叫ぶ。
「待て! まだそなたが聖女と決まったわけではない!」
「決まってへんでも、倒れてる子は待ってくれへんやろ」
「勝手なことをするな!」
おばちゃんは振り返った。
「ほな、あんたが助けるんか?」
オルディスは言葉に詰まった。
「祈るだけで助かるなら祈ったらええ。でも、今その子らは熱出して、お腹すかせて、泣いてるんやろ?」
おばちゃんは、まっすぐオルディスを見た。
「神さんの話は、そのあとでええ」
オルディスは黙った。
レオナードが一歩前に出た。
「私が案内します」
「頼むわ、レオくん」
「レオナードです」
「はいはい」
おばちゃんは神殿を出た。
外には、見たことのない世界が広がっていた。
石造りの城。
尖った塔。
馬車。
鎧の兵士。
空には、薄紫色の雲が流れていた。
普通なら驚いて立ち止まるところだ。
けれどおばちゃんは、泣き声の方へまっすぐ歩いた。
神殿の裏庭には、布を敷いただけの避難所があった。
痩せた人々が座り込んでいる。
子どもたちは青白い顔で寝かされていた。
母親たちは、我が子の手を握って泣いている。
おばちゃんの顔つきが変わった。
「これはあかん」
レオナードが低い声で言った。
「黒い瘴気です。北の森から広がり、村をいくつも飲み込みました。触れた者は熱を出し、力を失います」
「食べ物は?」
「不足しています」
「水は?」
「井戸はありますが、浄化が追いついていません」
「寝る場所は?」
「見ての通りです」
おばちゃんは買い物袋を地面に置いた。
「そら治るもんも治らんわ」
おばちゃんは近くの侍女に声をかけた。
「あんた、鍋ある?」
「な、鍋ですか?」
「大きいやつ。あと水。火。塩。野菜。何でもええから食べられるもん持ってきて」
「でも、聖女様」
「様はいらん。チヨさんでええ」
「チヨさん……?」
「そう。ほら、手ぇ動かす」
侍女は戸惑いながらも走り出した。
おばちゃんは次に、兵士たちを指差した。
「そこの若い子ら。ぼーっと立ってんと、薪運んで」
「我々は護衛で」
「護衛が薪運んだら死ぬんか?」
「いえ」
「ほな運び」
兵士たちは顔を見合わせ、慌てて動き出した。
レオナードも薪を持とうとする。
おばちゃんはすぐに止めた。
「レオくん、あんたは座り」
「私は働けます」
「あんたが、働いてどうするねん。人を使わんか」
レオナードは反論しようとして、やめた。
「……分かりました」
「素直でよろしい」
しばらくすると、大きな鍋が運ばれてきた。
おばちゃんは買い物袋から長ネギを出した。
神官たちがざわつく。
「聖なる杖か?」
「いや、野菜ではないのか?」
「しかし、召喚陣を越えて現れた物だ。聖遺物かもしれぬ」
おばちゃんは包丁を借りると、長ネギを手際よく刻んだ。
「聖遺物ちゃう。特売のネギや」
鍋に水を入れる。
野菜を入れる。
少しの穀物を入れる。
塩を入れる。
おばちゃんは鍋をかき混ぜながら、倒れている子どもたちを見た。
「あんたら、もうちょっと待っとき。あったかいもん食べたら、体がちょっと楽になるからな」
一人の少女が、弱々しく目を開けた。
「おばちゃん……だれ?」
「大阪のおばちゃんや」
「おおさか……?」
「遠いとこや。まあ、近所のおばちゃんみたいなもんやと思っとき」
少女は少しだけ笑った。
その瞬間、鍋から淡い金色の湯気が立ち上がった。
神官たちが息をのむ。
「また聖光が……」
「料理から光が出ているぞ」
「まさか、浄化の奇跡か」
おばちゃんは鍋の味を見た。
「うん。ちょっと薄いけど、弱った体にはこれでええ」
器によそい、少女に渡す。
「熱いから、ふうふうして飲み」
少女は母親に支えられながら、少しずつスープを飲んだ。
一口。
二口。
青白かった頬に、ほんの少し赤みが戻る。
黒くにじんでいた手首の瘴気が、薄くなっていく。
母親が震えた。
「あ……ああ……!」
少女は小さく息をついた。
「あったかい」
母親は泣き崩れた。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
おばちゃんは少女の頭をなでた。
「よう頑張ったな。えらい、えらい」
神官たちは言葉を失っていた。
治癒師たちは目を見開き、騎士たちは膝をつきかけていた。
レオナードは、静かに呟いた。
「本当に、瘴気が薄れている」
「レオくん、感動してる暇あったら、もっと食材持ってきて」
「しかし、もう配る食料がありません」
「なんやて。こんな綺麗な服着てる人が多いのに、もうないの?」
皆が、気まずそうにうつむいた。
その中で、一人だけ笑っている男がいた。
上等な服を着て、指輪をいくつもつけた、腹の大きな男だった。
おばちゃんは、その男へずかずかと歩いていった。
「あんた、何わろてるねん。子どもが泣いてるのに」
男は、鼻で笑った。
「貴様、わしを誰だと思っておる」
おばちゃんは鼻をひくつかせた。
男は、甘ったるい香水をつけていた。
けれど、おばちゃんの鼻には、その奥に別の匂いが混じっているように感じられた。
しまい込まれた麦の匂い。
樽に閉じ込められた油の匂い。
食べ物より、帳簿と金貨を気にしている匂い。
そして、腹を空かせた人の前で笑える、冷たい心の匂い。
「……くさ」
男の顔が赤くなった。
「な、何だと?」
「くさ〜。ドブのような匂いがするわ」
「貴様、この女を捕まえろ! 縛り首にしろ!」
「ちゃうちゃう。体の匂いやない」
その時、黙っていたオルディスが息をのんだ。
「まさか……魂香識別……」
おばちゃんは眉をひそめた。
「こんこう、何?」
「魂香識別です。魂に染みついた嘘や悪意を、香りとして嗅ぎ分ける聖女の奇跡。古き聖典に、わずかに記されています」
「長いわ」
おばちゃんは、鼻を押さえたまま男を見た。
「くさいもんは、くさい。それだけや」
オルディスは、さらに青ざめた。
「聖女の奇跡を、そのような言い方で……」
「名前なんかどうでもええわ」
おばちゃんは一歩近づいた。
「あんた、食べ物がまだある場所、知ってるやろ」
「そ、そんなものはない!」
「ほな、なんでそんなに慌ててるん?」
男の顔から血の気が引いた。
「で、でたらめだ!」
避難所の騒ぎを聞きつけた騎士の一人が、すでに王城へ走っていた。
しばらくして、避難所の入口から重い足音が近づいてきた。
騎士たちが一斉に膝をつく。
「陛下」
皆が頭を下げた。
そこに立っていたのは、アルヴェリア王国の国王だった。
国王は避難所を見渡し、眠る子どもたち、泣いている母親たち、薄いスープの鍋を見た。
そして、男へ視線を向けた。
「マルセル。何を騒いでおる」
腹の大きな男は、慌てて頭を下げた。
「へ、陛下。私は何も……」
国王の声は低かった。
「聖女様に失礼ではないか」
おばちゃんは、国王をじっと見た。
「あんた、王様なの?」
「そうだ」
「やはり偉い人は違うな。ちゃんと人の顔見て話すわ」
国王は苦く笑った。
「このような惨状を起こした愚かな王だ」
「自分で愚かって言えるなら、まだ大丈夫や」
周囲の者たちがぎょっとした。
おばちゃんは気にしない。
「あんた、ええ男やね。うちが三十年若かったら、口説いたかもしれへんわ」
避難所の空気が、一瞬止まった。
国王も目を丸くしたあと、小さく笑った。
「それは光栄だ」
「そんなこと言うとる場合やなかった」
おばちゃんは、すぐに鍋の方を振り返った。
「王様、神官さん、騎士さん。人手はあるんやろ。子どもと病人が先やで」
国王はマルセルを見た。
「マルセル。支援物資の倉庫を確認させてもらう」
「陛下、それは」
「やましいことがないなら、構わぬはずだ」
マルセルは何も言えなかった。
「レオナード。至急、支援物資の倉庫を調べよ」
レオナードは馬に乗ると、部下と共に駆け去っていった。
それからおばちゃんは、避難民たちにスープを配り続けた。
「はい、あんたも飲み」
「お母さん、先に子どもに食べさせたいやろうけど、あんたも食べなあかん。倒れたら子どもが困るで」
「そこの兵隊さん、隠れてふらついてんの見えてるで。あんたも座り」
「泣いてええ。泣いたら、次は食べ」
おばちゃんが声をかけるたび、金色の光が広がった。
傷がふさがるわけではない。
病が一瞬で消えるわけでもない。
それでも、人々の顔に少しずつ力が戻っていった。
冷えた手が温まる。
震える肩が落ち着く。
泣いていた子どもが眠る。
黒い瘴気が、少しずつ薄れていく。
「もう配るもんがないなんて。神官さんも騎士さんも、ぼーっとしてんと何とかしい」
その時、荷馬車が何台も避難所へ入ってきた。
先頭にいたレオナードが、国王の前で膝をついた。
「陛下。支援物資の倉庫に食料がありました」
マルセルの体が震えた。
荷馬車には、麦、油、干し肉、薬草が積まれていた。
すべて、避難民のために保管されていたものだった。
「これは緊急時の備蓄でございます!」
マルセルが叫んだ。
「勝手に配れば、王都全体が飢えますぞ!」
おばちゃんは、鍋をかき混ぜながら言った。
「ほな、今がその緊急時ちゃうんか?」
マルセルは口をつぐんだ。
「備蓄いうんはな、人を助けるために置いとくもんや。人が倒れてからも出さへんのやったら、何のための備蓄や」
マルセルの顔が、ゆがんだ。
言い返そうとした口が、ゆっくり閉じる。
彼は、避難所を見た。
母親の腕の中でぐったりしている子ども。
空の器を握りしめている老人。
泣きながらスープを待つ人々。
その顔を見た瞬間、マルセルの肩が小さく震えた。
「私は……」
マルセルは、かすれた声で呟いた。
「私は、何をしていたのだ」
おばちゃんは、鍋をかき混ぜながら横目で見た。
「気づいたんか」
「備蓄だ、手続きだ、責任だと……そう言って、私は、この者たちの顔を見ていなかった」
マルセルは、震える手で腹の前を握りしめた。
「私は、悪いことをしていたのだな」
「そうや」
おばちゃんは、きっぱり言った。
マルセルの顔が、さらにくしゃりとゆがんだ。
国王は静かに息を吐いた。
「詳しい判断は後だ。今は食料を配る」
そして、マルセルを見た。
「生活支援大臣。そなたも手伝え」
マルセルは目を見開いた。
「わ、私が、ですか」
「そなたが管理していた食料だ。そなたも、民に配れ」
マルセルは、唇を震わせた。
少し前なら、何か言い訳をしていただろう。
だが今は、深く頭を下げた。
「……はい」
おばちゃんは叫んだ。
「はよ作るで! 子どもら待たせたらあかん!」
隠されていた麦が鍋に入る。
干し肉が刻まれる。
油が少し落とされる。
さっきよりも、ずっと濃い匂いのスープが湯気を立てた。
マルセルは太った体を震わせながら、麦の袋を抱えていた。
冷や汗を流し、何度も足をもつれさせながら、それでも逃げなかった。
眠っている子ども。
泣きながら器を受け取る母親。
黙って頭を下げる老人。
その顔を一人ずつ見ながら、マルセルは食料を運んだ。
「すまぬ……」
小さく、彼が呟いた。
「すまなかった……」
誰に向けた言葉か、自分でも分かっていないようだった。
おばちゃんは、その姿をちらりと見た。
「……あら」
マルセルの肩がびくりと跳ねた。
「な、何でございますか」
おばちゃんは鼻をひくつかせた。
「くさくなくなったわ」
マルセルは目を見開いた。
「ほ、本当でございますか」
「まだ汗くさいけどな」
「そ、それは申し訳ございません!」
「心の匂いや。さっきより、ずっとましや」
マルセルの目に、涙がにじんだ。
「ありがとうございます、チヨさん……!」
「礼はええから、麦を運び」
「はい!」
「返事だけはええな。ほな、手ぇ止めんと働き」
「はい、チヨさん!」
子どもたちが顔を上げる。
母親たちが泣きながら笑う。
疲れた兵士たちが、黙って薪を運ぶ。
アルヴェリア王国の危機を、ヒョウ柄のおばちゃんは、鍋一つで変え始めようとしていた。
夕方。
避難所にいた人々の顔色は、朝よりもずっと良くなっていた。
熱にうなされていた子どもたちも、母親の腕の中で眠れるようになっていた。
おばちゃんは鍋の横に腰を下ろし、肩を回した。
「あー、腰にくるわ」
レオナードが近づいてきた。
「チヨコ様」
「チヨさん」
「……チヨさん」
「よろしい」
レオナードは、深く頭を下げた。
「私は、あなたを疑っていました。申し訳ありません」
「そら疑うやろ。急にヒョウ柄のおばちゃん出てきたら、うちでも疑うわ」
「ですが、あなたは多くの者を救いました」
「大げさやな。スープ作って、飴ちゃん配っただけや」
「それを、誰もしなかったのです」
おばちゃんは黙った。
レオナードの声は、かすかに震えていた。
「私たちは、瘴気を恐れ、祈り、命令を待つだけでした。自ら動くことを忘れていました」
おばちゃんは、避難所で眠る人々を見た。
「偉い人らは、何かと大変やからな。でも、みんなを大切にしなあかんよ」
レオナードは顔を上げた。
「あなたは、本当に聖女なのですか」
「知らん」
おばちゃんは即答した。
「うちは聖女なんてなった覚えないし、神さんの声も聞こえへん」
「では、なぜ動けるのですか」
「子どもが泣いてたら、放っとかれへんやろ」
レオナードは息をのんだ。
おばちゃんは巾着から飴を一つ出し、彼に渡した。
「ほら、もう一個食べ」
「またですか」
「またや。あんた、まだ顔色悪い」
レオナードは少し笑った。
「いただきます」
その時、避難民の中から小さな声が上がった。
「聖女様……」
おばちゃんは振り返った。
昼間、熱を出していた少女だった。
少女はまだ弱っていたが、母親に支えられて座っていた。
「聖女様、ありがとう」
周りの避難民たちも、次々と頭を下げた。
「ありがとうございます、聖女様」
「助けてくださって、ありがとうございます」
「聖女様が来てくれてよかった」
おばちゃんは、少し困ったように笑った。
「ちゃうちゃう」
人々が顔を上げる。
おばちゃんは巾着袋を腰に結び直した。
「聖女様やなんて、うちには似合わへん」
そして、いつもの調子で言った。
「おばちゃんでええねん」
神殿の夜風が、白い布を揺らした。
遠くでは、まだ黒い瘴気が王国を覆っている。
けれど避難所には、温かいスープの匂いが残っていた。
泣いていた子どもたちは眠り、疲れた大人たちも少しだけ笑顔になっている。
その中心にいたのは、白い聖女ではなかった。
ヒョウ柄の上着を着て、飴ちゃんの巾着を持った、大阪のおばちゃんだった。
そして、いつしか山田千代子は「アルヴェリア王国の希望」と呼ばれるようになった。




