お姫様は少年との初恋を捨てずに持ち続けた〜恋のゴミ箱のある魔法の王国にて〜
魔法のある王国・オリジナル異世界設定です。
よろしくお願いします。
魔法王国ヴェダイン
ここでは様々な魔術や魔法によって 魔道具や魔法薬が生み出され、人々に活用されていた。
しかしそれも ほとんどは王族や貴族のもの。
平民は魔法に頼らず自らの力で生きなければならなかった。
王国第3王女である6歳のフィリシア姫には、さらなる特殊な魔法がかけられていた。
"初恋を捨てる魔法" だ。
家や国のために結婚することの多い王族や貴族達には"初恋"は不要のものだからである。
"初恋を捨てる魔法"が かかっていると 誰かに初めて恋をしたとき、その気持ちが紙の形となって胸から浮き出てくるのだ。
そして魔力でクシャクシャになり、近くの魔法のゴミ箱に入る仕組みになっている。
多くの王族や貴族には好評だった。
叶わない想いが苦しくなる前に消し去れるのだから。面倒ごとや危険性も減る。
初恋が結婚相手の場合は解除魔法もあった。
だが今トコトコと厩舎に向かうフィリシア姫は違った。
フィリシアはクシャクシャになった"初恋の紙"をゴミ箱から拾い、小さな手で一生懸命に伸ばしたのだ。
そうして大事にたたんでポケットにしまって、ゴミ箱には近づかないようにした。
時間が経つとポケットの中でクシャクシャに戻っていることもあった。でもフィリシィアは根気良くまたシワを伸ばす。
そうしていつも──今も、彼女は厩番の息子のカイトを見に行った。彼はまだ8歳なのに、とっても馬を上手に操るのだ。
馬に優しいし……大人より速く走らせていてカッコイイっ!
そうやって毎日を過ごしていたら、いつの間にか"初恋の紙"はシワ無しになっていた。魔法のゴミ箱の方も 吸い込もうとしなくなったようだ。
フィリシアはその小さな手でガッツポーズした。
わたしは彼を ずぅっと大好きでいよう
そう思った。
ある日──信じられないことが起こった。
いつも柵から見ているフィリシアの元に、カイトが馬に乗って近づいて来たのだ。
フィリシアはドキドキした。自分の心臓の音を初めて聞いた。
カイトは
「馬が好き? 良かったら君も乗る?」
と聞いてくれた。フィリシアは元気に返事をし柵の内側に入る。そしてなんとカイトの乗る馬に一緒に乗せてもらったのだ。
背の低いフィリシアは当然前に乗り、手綱を握るためにカイトの腕が両脇に回される。
(わぁ……! まるで抱きしめられているみたい……!)
フィリシアは真っ赤になったが 乗馬を心から楽しんだ。
カイトは見事に馬を操り 馬は風を切って走った。
翌日──飛び起きて厩舎にトテトテと向かう。また彼に会いたくて早足になった。
息を切らして到着すると、カイトの姿は右を見ても左を見てもどこにも無い。
早く来すぎたのかも……
古参の調教師にカイトのことを聞くと 思わぬ返事がきた。
「お叱りを受けたんですよ。姫様を乗せて子供と走らせたってね。アイツと父親は、もう少ししないと出て来れないんです」
衝撃だった。
フィリシアは初めて──カイトと自分との身分の差の現実を知った。
トボトボと……泣きながらお城へと戻った。
暗い夜が訪れる──
ベッドで眠りにつく前に フィリシアは"初恋の紙"を手に取った。
フィリシアは……フィリシアは それを胸の上に置いて眠った。
月明かりを通す窓は それを静かに見守った。
フィリシアは厩舎に行くことはやめなかった。
けれども柵までは行かず、カイトの姿を遠くから見つけては 安堵した。
やがてフィリシアにも乗馬の練習の許可が王様から下された。熟練の調教師が専属で付いた。
フィリシアは本当はカイトに教わりたかったが、それは口にしない。
いつもより ただ近くにいられるだけで充分だった。
"初恋の紙"は時折シワが寄った。
フィリシアはその度にシワを伸ばした。
少し 大きくなった手で。
それから数年も経った頃、厩舎からカイトの姿が見えなくなった。
フィリシアは彼の父親に
「カイトの姿が最近無いようですが、あの……?」
と尋ねた。父親は照れたように笑って
「アイツ兵士になりたいだなんて言いだしたんですよ、姫様。だから先日から剣の訓練に参加してるんです」
と教えてくれた。
フィリシアはその晩"初恋の紙"を机に広げて、彼のために心から祈った。
自分はこれくらいしか出来ないけれど、どうか彼が怪我をしたりしませんように……
カイトの姿はやがて 城内の広場で訓練兵として見かけることになった。
彼が一生懸命 剣を握って戦う姿を、フィリシアは城壁や窓から見守った。
さらに数年経つとカイトは騎馬隊に抜擢されていた。
フィリシアは納得だった。
彼の乗馬のうまさを知っているから。
城内を彼が歩いていることもあり、挨拶を交わすこともあった。短くて形式的なやり取りを お互い一言だけ。
それでもフィリシアはとても嬉しかった。
日記にはいつも そのたった一言の挨拶がどう交わされたかが、細やかに綴られる。
『カイトは颯爽と現れて チラリと私を見てから立ち止まり、少し微笑んで"おはようございます"と言ってくれる…………』
また ある日は
『カイトは長い脚で駆けてきたけれど、私の前で慌てて止まった。それから一礼して"すみません、遅れそうで──おはようございます!"とまた駿馬のように走り出した。…………』
同じような文章ばかり並んだが、フィリシアは幸せだった。
日記だけが彼女の恋心を知っていた。
王国内でも"お年頃"と呼ばれる年齢になり、フィリシアは気付き始めてもいた。
自分達はこのままではいられない……と。
青年になったカイトはとても魅力的で、騎馬隊としての働きも讃えられ最近は──女性達にも囲まれている。
"初恋の紙"にはシワがまた見え始めていた。
白く細い女性の指と手となったフィリシアは、その日初めてシワを消そうとすることを────やめた。
明るいブラウンの髪にチョコレート色の愛らしい瞳のフィリシアには、16才になると縁談の話が持ち上がるようになった。第3王女という立場は、いずれは国益のために良縁があれば嫁がなければいけない。
分かっていたが フィリシアは首を縦に振れなかった。自分でも愚かで……罰当たりな王女だと思った。
乗馬はしなくなり 日記は鍵のかかった引き出しにしまわれた。
"初恋の紙"はポケットの中でシワをどんどんと増やしたが、フィリシアはもう伸ばそうとすることが出来なかった。
日記の無い机でフィリシアは泣き、羽ペンも項垂れた。
窓はただ燭台の灯りに照らされる彼女のその姿を映した。
ある日、闇の森の魔獣達が王都へと襲撃してきた。
歩兵、弓兵、騎馬隊、魔術師部隊達が総出し、大方の魔獣は倒された。しかしこちらも被害は大きく、最後の一体の強力な魔獣は城内の玉座にまで迫った。
近衛隊までが出撃し、王族達を守る。
フィリシアもその中にいたが、彼女は近衛隊の前で1人敵と戦うカイトを見つけた。
彼は頭から血を流し 左脚の一部が石化していた。敵の蛇と女が合わさったような魔獣の力だった。
フィリシアは
「誰か! カイトを助けて!!」
と近衛隊にすがったが、すでに負傷も多い彼らには
「退がっていて下さい! 姫様!」
「我々は貴方がたをお守りするのが使命です!」
と動いてはもらえなかった。
フィリシアは必死に 端で倒れている兵士の下の剣を取ろうとしたが、彼女だけでは それを引き抜けない。
(私の力では駄目だわ…………!)
絶望でフィリシアの瞳からは涙が落ちる。
カイトは更なる攻撃を受けて左腕も石化されていた。蛇の女は口を大きく開け、彼を飲み込もうとしている!
その視界の中央、フィリシィアの対角には───魔法のゴミ箱が何故かあった。
(重いものは持てないけれど……)
フィリシィアはポケットから、持ち続けて──今はクシャクシャになった"初恋の紙"を握りしめた。彼女は魔術師ではないけれど その想いの全てを込める……!
「真っ直ぐゴミ箱に向かって!!」
精一杯投げたが、玉座の間の広さは相当なものだ。
だが 魔法を宿す"初恋の紙"はグングン伸びた。ゴミ箱は心無しか傾き、吸い込もうとしているかのようだ。
割れたガラスが揺れ、窓は風を取り込んだ。
ビシッ!!!
と強烈な音がして魔獣の顔に"初恋の紙"は当たり、魔獣が顔を触手で押さえた。その隙にカイトは剣を振り上げる────!!!
魔獣は倒れ、近衛隊がオォ!と湧く。国王も王族達もだ。あっという間にカイトとフィリシアはみんなに抱きしめられ、賞賛される。
フィリシアも心から嬉しかった。
私でも 彼を助けられた
けれども彼女は落胆もしていた。
持ち続けた"初恋の紙"はついに魔法のゴミ箱に吸い込まれていた。
彼女は
私の初恋は終わったのだ──
と思った。
魔獣の襲撃で荒らされた場内も片付けられ、命ある兵士達は治癒魔法でほとんどが回復していた。石化したカイトの体もすっかり元通りだった。
被害の少なかった大広間を使って、その日はカイトの奨励式が行われた。
その功績から彼は男爵位となって領地を授かった。
大出世だった。
「他に何か欲しいものがあれば述べてみよ。今なら考えても良い」
国王の言葉に笑いも起こったが、カイトは真剣な顔をした。
「ではフィリシア姫への求婚の機会を自分に頂けませんか?」
ズベン……
変な音にみんなが振り返ると、フィリシアが椅子から落ちていた。カイトはすぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか? 姫」
大丈夫ではなかった。フィリシアは混乱しながら聞いた。
「……ど、ど、どうしてですか? 私はあなたへの"初恋の紙"を捨ててしまったのに。なぜ私に求婚を?」
フィリシアの言葉から、カイトは彼女の初恋の相手が自分なのだと気づいた。顔を赤らめながらも、嬉しそうに告げる。
「僕もあなたが厩舎に見に来てくれた頃から ずっと好きだったからです。身の程知らずとは分かっていても。
助けてくれて本当にありがとう」
彼はそうしてぎゅっ と抱き締めた──初恋の人を。
フィリシアの耳には 周囲の拍手や歓声が届いた。
不思議とそれは、人間達だけではないように感じられた。
大好きな人に抱き締められ、フィリシアはその温もりと幸せに 微笑んだ。
本文に載せれませんでしたが、日記帳はパタパタと、羽ペンも羽をフワリとさせて喜んでいるかも。
魔法のゴミ箱はカイトのために一生懸命ピョコピョコ 移動したのかもしれません。
私はいろいろ楽しい想像をして書きました。
魔法の王国での 小さなお姫様のたった1人の初恋の奮闘を、優しい気持ちで書きたいと思いました。
お読み頂いた方々、大変ありがとうございました。
シロクマシロウ子




