愛する能力
この街に来て3件目の成約の書類を整えて、こちらの地区担当を待つ。
あと、2件、来週には成約という目途が立ち、有望な顧客リストも既に共有サーバーへ上げている。
私が行商の旅へ出る時に会社から拝借した、このタブレット型のレッツノートも……随分と酷い扱いもしたが、少しバッテリーが弱くなった位で、サクサクと動いてくれている。
ただOSがWindows10だからいずれは変えなければいけないのだけど……その為には一旦、本社に戻らなければならない。
「交換すればいい話なんだから、宅配で送ればいいじゃん!」と言っても
「顧客情報が詰まったPCなんだからデーター転送なども全て本社でやる」と社長が言い張って、OKが出なかった。
分かってる!
それはただの口実で……社長は私を捕まえたいだけなんだ。
英さんから逃げ出したあの夜、私は『風俗嬢』と『客』としてでは無く、社長……賢さんと寝た。
狭いソファーの上でカレと一つになった。
それは今までの遊びでは無く……
賢さんは私を愛してくれていて……その愛で私を抱いてくれた。
けれど私は……そうでは無かった。
もちろん、賢さんに対して心が無いわけでは無かったけれど……
賢さんと寝たのは……私自身が、決して英さんの元へ戻ろうと思わない様にする為に、英さんに対して不実を行い、あわよくば賢さんの優秀な種をこの身に取り込んで、あかりを身籠ろうとしたに過ぎない。
だから私は……やっぱり賢さんに合わせる顔が無い!
カレの腕に捕まって、その中に蹲る事はやってはいけない。
だって、たとえカレを愛する事はできても……私の心の中から英さんを消し去る事など、できはしないのだから。
『愛』か……いつの間にかこの言葉を……軽はずみに使う様になった。
そう! 私は……愛を知らない筈だったのに……
けれど、あかりと交わしたのは……女同士だったけど……間違いなく愛だったし……
私が英さんに抱いたのも……やっぱり愛だったと思う。
だからどんな状況下でも……愛の元となる“種”は生まれる可能性があるのだと思う。
それは……自分の心の畑に好意と言う種を蒔いて……それが愛へと成長する事もあるだろうし、思いもかけない事で愛の苗を植えられてしまう事だってあるのかもしれない。
ただ一つ言えるのは、種はキチンと水をあげなければ芽吹かないし、苗だっていつしか枯れてしまう。
結局のところ私は水をあげる事のできない……愛を育てる能力が無いと言う事なのか……
だから自分勝手に英さんの事を好いても所詮は枯れた土の中に種を植えただけ……
それが英さんにも分かっているから……カレも私から離れて行ったのだろう。
「ひょっとしたらカレが追って来てくれるかもしれない」
そう考えた私の……なんて自分勝手な事か!
そうだな……
恋なら自分勝手も許されるのかもしれない。
でも愛は……
責任を伴う。
責任を負う事が出来ない愛など自分勝手でしかないし……
「それじゃあ、愛する事をしない!」と言うのも……
まったくの独り善がりだ。
ここまで考えたところでテーブルの上のスマホがガタタ! と震え、昨日登録したばかりの引継ぎ担当者の名前が画面表示された。
さあ! 私は……せめて仕事くらいは責任ある行動を取ってから、この街を離れよう。
<了>
このお話は「こんな故郷の片隅で 終点とその後」
https://ncode.syosetu.com/n4895hg/
のスピンオフ作品です。
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