第7章 この森では出ないはずだった
森の馬車道は、昼でも光が薄い。
重臣を乗せた馬車は、一定の速度で進んでいた。
護衛は5名。
この一帯で魔物が出た記録はない。
――地面が沈んだ。
ジンの視線が落ちる。
「止まれ!」
声が走る。
次の瞬間、森の影が裂けた。
5体。
空間から滲み出るように出現する。
「前2、右3!」
即断。
「3人、馬車につけ! 先に帰せ!」
3名が即座に離脱し、馬車を囲む。
馬車は速度を上げ、森の奥へ消えていく。
残るのはジンとライト。
2対5。
最初の1体が跳躍する。
ジンは半歩だけ軸をずらす。
爪が空を裂く。
踏み込み。
刃が喉を正確に貫く。
一瞬で1体。
「右!」
ライトが横から滑り込む。
低い体勢からの斬り上げ。
魔力を帯びた刃が胴を裂く。
残り3。
中央の1体が間合いを詰める。
ジンが魔力弾を放つ。
一瞬の硬直。
ライトが踏み込み、首を落とす。
残り2。
「分けるぞ」
「おう」
ジンは1体の攻撃を受け流す。
刃を絡め、体勢を崩す。
返しの一閃。
肩口から斜めに断つ。
ライトは最後の1体と真正面からぶつかる。
爪と剣が激突。
火花。
踏み込み直し、横薙ぎ。
胴が裂ける。
静寂。
5体、終了。
ジンは周囲を一瞥する。
木々のざわめき。
魔力の濃度に異常はない。
歪みもない。
ただの森だ。
ライトが剣を振って血を払う。
「想定外だったけど、軽いな」
ジンも剣を納める。
「この森で出たことの方が珍しい」
本当に、それだけだった。
嫌な気配はない。
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
ライトが肩を回す。
「帰ったら報告だな」
「ああ」
その瞬間。
空気が、裂けた。
音が消える。
ライトの真後ろ。
影が、膨れ上がる。
巨大な輪郭が、唐突に立ち上がる。
大型。
「ライト!」
思考より先に、魔力を引き上げる。
足元から奔流を立ち上げ、防御壁を展開。
同時に、ライトを突き飛ばす。
轟音。
大型魔物の爪が、防御壁を叩き割る。
一瞬、持つ。
次の瞬間。
砕ける。
爪が貫通する。
鋭い衝撃が右わき腹を裂いた。
血が弾ける。
膝をつく。
だが、倒れない。
「立て!」
命令。
ライトは転がりながら体勢を立て直す。
振り返る。
大型が咆哮する。
地面が震える。
ライトの目が変わる。
剣を握り直す。
全身の魔力を一点に圧縮。
刃が白く発光する。
踏み込む。
地面が抉れる。
一直線。
「遅い」
低く呟き、振り下ろす。
光の軌跡が、巨体を縦に断つ。
抵抗。
だが止まらない。
刃が最後まで通る。
一拍遅れて、巨体が崩れる。
爆ぜる。
残滓が舞う。
森に音が戻る。
ライトはすぐにジンへ駆け寄る。
「おい」
ジンは右わき腹を押さえている。
血が指の間から落ちる。
「深いな」
「……まあな」
ライトは外套を裂く。
「動くな」
「動ける」
「うるせえ」
圧迫止血。
血の流れを抑える。
「痛いか」
「たいしたことない」
「嘘つけ」
水袋を開け、素早く洗浄。
泥や破片はない。
だが裂創は深い。
「これ、歩かせる傷じゃない」
「王宮までなら――」
一歩踏み出す。
体がわずかに傾く。
ライトが腕を掴む。
「長距離は無理だ」
「行ける」
「行けねえ」
ライトは耳飾りに手をやる。
魔力を流し込む。
淡い光が瞬く。
「第4騎士団、ライト。森の南ルート。重臣は無事。大型出現。ジン負傷。搬送要請」
横でジンが舌打ちする。
「勝手に――」
「怪我人は黙ってろ」
耳飾り越しに応答が返る。
『了解。近隣巡回班が向かう』
通信が切れる。
ライトは固定を締め直す。
「血、まだ止まりきってない」
ジンは息を整える。
森は再び静まり返っている。
遠くに魔力反応。
増援が近づいてくる。
ライトはジンの横に立つ。
半歩前ではなく、横。
「次は俺が前出る」
「調子に乗るな」
「今回かばわれたの俺だぞ」
短い沈黙。
ジンが小さく息を吐く。
「……後ろ、取られるな」
巡回班が到着する。
担架が出される。
ジンは眉を寄せる。
「必要ない」
「ある」
ライトは迷わない。
「現場判断だ」
数秒の睨み合いの後、ジンが観念する。
担架に乗せられる。
森の上空に搬送用の魔力陣が展開される。
光が2人を包む。
森は、何事もなかったかのように静まり返っていた。
だが異常は、確実に始まっている。




