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第6章 保護人じゃなくなる日

7日後。

午前の診療所は、いつも通り忙しかった。


明日香は血圧を測り、脈を数え、傷口の滲みを確認する。


「痛みはどうですか」


そう声をかけながら、患者の状態を確認していく。

申し送りのメモをまとめ、次の患者の呼吸音に耳を澄ませる。

手は止まらない。


仕事をしている間は、余計なことを考えなくて済む。


午後。

王宮で、解除申請。

そのことは頭のどこかにある。


けれど、今は目の前の患者だ。


「少し熱がありますね。あとで医師に報告します」


自分の声が、思ったより落ち着いていることに気づく。

いつも通り。

むしろ、いつもより丁寧なくらいだった。


考えないようにしている。

午後のことを。


昼過ぎ、引き継ぎを終える。


「今日は午後お休みでしたよね」


同僚にそう言われて、ようやく時計を見る。


「はい。少し用事があって」


それだけ答えて、更衣室へ向かう。

制服を脱ぎ、私服に着替える。


鏡を見る。

変わらない顔。


深呼吸をひとつする。


王宮の回廊に出ると、ジンはすでに待っていた。

今日は1日休みのはずだ。

それでも、どこか勤務中のような姿勢で立っている。


「お疲れさまです」

「お疲れさまです」


少しだけ間が空く。

並んで歩き出す。

肩が触れそうで触れない距離。


王宮の外郭にある役所へ向かう。

会話は少ない。


手続きは、思ったよりあっさりしていた。


「保護人解除申請ですね」


担当官が書類を取り出す。


「制度上は5日前に自動解除されています。本日は確認と提出のみになります」


保護開始日。

5年前の日付。


保護終了日。

5日前の日付。


保護人氏名。

ジン・ヴァレル。


被保護人氏名。

友永明日香。


並んだ名前を、しばらく見つめる。

5年。

数字にすれば、1行だ。

けれど、その間に季節は何度も巡っている。


ジンが先に署名する。

迷いのない筆跡。


そのあと、明日香。

自分の名前を書く。


たったそれだけのことなのに、胸の奥に小さな空間ができた気がした。


「これで手続きは終了です」


担当官が書類をまとめる。


「今後は通常の市民として扱われます」


事務的な声が、淡々と響く。

通常。

その言葉を、明日香は静かに受け止めた。


外へ出る。

午後の光が、思ったよりまぶしい。

時間は、まだある。


「なんか、あっさりでしたね」


明日香は苦笑いを浮かべる。


「そうですね」


ジンも、同じように笑う。


少しの沈黙のあと、


「……まだ、結論は出ていなくて」


自分でも驚くほど、さらりと悩みを口にできた。

ジンが視線を向ける。


「ジンさんの家に、また居候させていただくか。それとも異動するか。もう少しだけ考えてもいいですか」


少し間を置く。


「それと……本当に迷惑じゃないですか」


視線を落とす。


「もちろん、ずっと、というつもりではなくて」


言い訳のようになってしまう。


ジンは静かに息を吐いた。


「今も家にほとんど帰っていません。いてもらえるなら、むしろありがたいくらいです」


淡々とした言い方。

だからこそ、胸に残る。


明日香は小さく頷いた。


「ありがとうございます」


そして、顔を上げる。


「でも、もし本当に他の町に住むことになったら……アドバイスは欲しいです」


はっきりと続ける。


「家賃が安くて、治安がよくて、仕事がある町。騎士の視点で見て、安全な場所を教えてほしいです」


ジンは迷わず頷く。


「いくらでもします」


少し間を置いて、


「それは、保護人じゃなくても」


胸の奥が、静かに温かくなる。


制度は終わった。

けれど。

並んで歩く。

肩が触れそうで、触れない。

その距離は、まだ変わらない。

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