第5章 言えない
異動。
その言葉が、思いのほか深く残っていた。
彼女は断ってはいない。
まだ迷っている。
それは分かっている。
それでも。
胸の奥が、静かにざわつく。
ジンは孤児だった。
家族というものを、知らない。
魔力があると判明したとき、騎士団への道が開けた。
それは選択肢というより、生きる手段だった。
努力はした。
そうしなければ、生き残れなかった。
魔力量は団内でも多い方だと評価されている。
体技も剣技も、上位に入ると言われる。
だが、それはあくまで戦力としての価値だ。
第4騎士団。
危険な任務を請け負う部隊。
危険手当もつく。収入も悪くない。
だから家を買った。
ちょうど彼女がこの世界に来る少し前のことだ。
帰る場所を持ちたかった。
だが任務続きで、ほとんど帰れなかった。
家は、ただの建物だった。
灯りのつかない、静かな箱。
彼女が住むようになって、初めて“家”になった。
帰れば明かりがついている。
誰かがいる。
それだけのことが、これほど安心するとは思わなかった。
彼女が家を出てからも、王宮で顔を合わせることはできた。
昼の食堂。
重なる休み。
保護人という立場が、自然な理由をくれた。
会いに行っても、不自然ではない理由。
それが、あと5日で終わる。
制度としては、ただの区切りだ。
だが、理由が消える。
この国の基準で言えば、ジンは中性的で平凡な容姿だ。
ライトのように、ワイルドな男らしさがなく、ぱっと目を引くタイプではない。
騎士という肩書きがなければ、視線を集める側ではないと、自分でも分かっている。
危険な職業だ。
いつ戻れなくなるか分からない。
そんな男が、引き止める資格などあるのか。
ない。
分かっている。
それでも。
「戻ってきませんか」
あの言葉は、家の管理のためだけではなかった。
彼女が怪我をすれば、本気で心配する。
無理をすれば、叱ってくれる。
その時間が、どれほど嬉しかったか。
ジンはあまり心配されたことがない。
守られる側ではなかった。
強くなることだけが、価値だった。
彼女は違う。
家族に愛されて育った人だと、分かる。
怒り方も、叱り方も、どこかあたたかい。
この5年間は、短くなかった。
少なくとも、彼にとっては。
告白すれば、どうなるか。
もし断られたら。
今の関係には戻れない。
それが一番、怖い。
だから。
言えない。
制度が終われば、ただの騎士と看護人になる。
それでも。
できることなら。
離れてほしくなかった。




