第13章 帰る家
足早に家に戻ると、灯りがついている。
「……ジンさん?」
「おかえりなさい」
その声を聞いた瞬間、明日香の肩から力が抜けた。
「もう帰ってたんですか」
「今日は早めに切り上げました」
それ以上は聞かない。
無事に帰っている。それだけで十分だと思いながらも、明日香はすぐに表情を引き締める。
「傷、見せてください」
ジンは小さく苦笑しながら外套を脱ぎ、上衣を緩めた。
明日香は固定を外し、縫合部を確認する。発赤も腫脹もない。滲みもなく、糸も安定している。触れた感触にも違和感はない。
「……変わりありませんね」
そう言ってから、ようやく息を吐く。
本当に、問題ない。
「無理はしていませんね」
「していません」
その返答を、今度は疑わなかった。
固定を戻しながら顔を上げると、ジンは穏やかな表情でこちらを見ている。
「夕食、できています」
視線を向けると、テーブルには料理が並んでいた。
「ありがとうございます」
思わず笑みがこぼれる。
「今日は私が作ろうと思っていたのに」
「帰る時間が読めましたので」
自然なやり取りのあと、ふと沈黙が落ちる。
言葉はないのに、距離が近い。
ジンが少しだけ視線を逸らし、ためらうように口を開いた。
「……あの」
「はい?」
「少しだけ、抱きしめてもいいですか」
冗談ではない声音だった。
明日香の顔が熱くなる。それでも逃げずに、小さくうなずく。
「……はい」
腹部に負担がかからないよう、ジンはゆっくりと腕を回す。
強く抱き寄せるのではなく、確かめるように、そっと。
明日香も背中へ手を回す。布越しに伝わる体温と鼓動が、はっきりと感じられた。
「……怖くなかったんですか」
問いかける声は小さい。
少しの沈黙のあと、ジンが答える。
「怖くないわけではありません」
それから、ほんのわずかに腕に力を込めて続けた。
「でも、貴方が待っていてくれるので」
その言葉に、胸の奥が静かにほどけていく。
自分がここにいる意味を、はっきりと差し出された気がした。
けれど、抱きしめられたままの時間が長くなるにつれ、心臓が落ち着かなくなる。
近い。
近すぎる。
呼吸も、体温も、全部が近い。
「……あの」
声が少し上ずる。
「せっかく、ジンさんが作ってくれたのに、冷めちゃいます」
逃げ道のような言葉だった。
ジンは一瞬だけ間を置き、それから名残惜しそうに腕をほどく。
「そうですね」
距離が戻ると、空気が軽くなる。
明日香はほっとしながらも、どこか寂しさが残っていることに気づく。
「冷める前に、食べましょうか」
「はい」
向かい合って座る。
「いただきます」
「いただきます」
湯気の立つ料理を前に、日常が戻る。
危険な任務はこれからも続く。
それでも、待つ人がいて、帰ってくる人がいる。
それだけで、この家は、ちゃんと帰る場所になっていた。
この章で完結です




