帰還
「やあ、久しぶりだね」
「今度は君らが俺らのところへおでましかい?」
鮮やかな緑の大地に、死が降り立つ。
少年が一歩踏み出しただけで、周囲の草木が音もなく枯れていった。
「だいぶ時間がかかったけどね」
「凜ちゃんは元気?」
「ずっと思ってたけど、あいつとどっかで会ったことあるの?」
「昔のことだけれどね」
「ありえないだろ」
「じゃあ、どうしてそんなことを聞いてきたのかな?」
「そうじゃなきゃおかしい発言ばっかだもん。禁忌を犯したわけ?」
「それは君らの常套手段じゃないか。俺が使ったのは違う。第一、それを使って喚んだ者は戻れない。わかってるだろう?」
「羽虫がよく管理者の目を掻い潜れたな」
「ゴミにも及ばないお前らが匿ってる子の一人くらい、俺にくれてもいいんじゃない?」
「……あれは僕の玩具だから、ダメかな」
「じゃあ力づくで行くから」
空気が張り詰める。
次の瞬間、力のぶつかり合いが始まった。
「凜ちゃんのこと、物としか思ってないやつに渡すわけないだろっ!」
「あいつは美味しいし、変に騒がないから丁度いいんだよね〜。壊れないし」
金髪の男の動きが、ぴたりと止まる。
「壊れない、だって? ……まさか、試したの?」
「…? まあね。僕らの本能をお忘れかい?」
「ああ……だから、あんなことを言っていたんだね」
男は力を練り上げる。
察したのか、周囲にいた部下たちが一斉に距離を取った。
「そんな奴は、滅んでしまえばいい」
「っ!! まずいっ、お前ら避けろ!」
放たれた一撃が、アスモデウスの半身を削ぎ落とした。
「ふぅ……そんな力、持ってるとはね」
「チッ、ギリギリで避けたか」
断面から、泡立つように再生が始まる。
「……撤退だ」
歯を噛みしめる音が、微かに聞こえた。
(本当なら今は、凜ちゃんを取り戻す絶好の機会。だけど……この世界に凜ちゃんの気配がない。あの悪魔が何かしたのは明らかだ。下手に動けない、か)
「ミカエラ様、やるときは一言くださいよ」
「すまないね。あまりにも黒かったから、光を当てたら少しはマシになるかと思って」
「はあ……」
(絶対、救ってあげるからね)
*
アスモデウスが戻ってきた。
ずいぶん長い間会っていなかったせいか、彼の凶暴性を忘れていた。
最後に顔を合わせたのは――おそらく一年ぶりだ。
気づけば俺の髪は胸元まで伸びていた。
鬱陶しくて切りたかったが、ここには鋏がない。だから仕方なく放置していた。
「おかえり、アスモデウス」
「アスって呼んでよ」
「わかったよ、アス」
久々に会ったアスモデウスは、明らかに憔悴していた。
「血、頂戴」
「いいよ」
彼は俺の首に勢いよく噛みつき、血を吸い上げる。
(……なんで痛くないんだろうって思ったら、そうだった。あの魔法、解除してなかったんだ)
体への悪影響を考え、魔法を解いた。
次の瞬間、忘れていた痛みが一気に押し寄せる。
けれど力は入らず、抵抗はできなかった。
「はーっ……美味しかったあ」
「アス、身長伸びた?」
血を吸う前は子供だったはずの体は、いつの間にか見上げるほど大きくなっていた。
「ん、ほんとだ。君の血は味だけじゃなくて質もいいんだね。弱ってたのに、全盛期近くまで戻ったや」
「え、それが本当の姿だったの?」
「まあね。どう? カッコいいでしょ」
確かに、暗い紫の短髪に切れ長の赤い瞳。
アイドルみたいな見た目だけど――なんか気に食わない。
「君は……髪が伸びただけだね。そのまま伸ばしてたらどう?」
「不老不死だからね……この年齢で止まるとは思ってなかったけど!」
「何か問題があるのかい?」
「大アリだ!」
「例えば?」
「……ま、まあそこは置いといて」
「気になるじゃん」
「……バカにされるから言わない」
「……?」
「とにかく! 置いといて! 何があったの?」
「あの男と戦ってきただけ」
(……状態を見るに、負けたんだな)
「そう。お疲れ様」
「……君は、詮索しないんだね」
「する必要がないことはしないんだ」
「そういうところ、好きだよ。そんな君の髪、編んであげよう!」
「またバカにして!」
三つ編みを終えたアスモデウスは、満足そうに手を離した。
振り返ると、彼は少し驚いた顔をしていた。
「なんだよ」
「いや、思ったより似合っててびっくりしただけ」
「お前も俺を女っぽいって言うんだろ」
「へぇ、よく言われるんだ〜」
「はいはい。どうせ俺は大人に最も遠い男ですよ〜だ」
「そこまでは言ってないけどね」
「どうだか。俺はもう寝る」
俺は小さく呟いた。
「Parvus Mundus」




