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小さな世界

「先生!息子は無事なんですか?」


「意識は戻っていませんが、バイタルは安定しています。このままなら一般病棟に移れるかもしれません」


「息子に会えませんか?」


「すみません。すぐには難しいかと……」


「どうしてもダメですか?」


「ガラス越しでしたら」


「そう……ですか」


「バイタル低下!」


ピーッと機械音が響く。心電図は一直線を描いた。


「心臓マッサージ!」


一気に慌ただしくなる室内。


「何か起きたんですか?!」


「すみません、戻っていてください。君、案内を頼む」


カーテンが閉まり、部屋の様子は見えなくなる。


「待って、待ってよ!」


「アドレナリン投与」


「はい」


―――


「心拍数、上がってきました!」


「酸素濃度は?」


「正常です」


「……一命は取り留めたか」


―――


「にしても、あれは変な出来事でしたよね」


「ああ。集団催眠とか色々言われているが、それで片付けるしかないほど不可解な点が多すぎる。あそこにいた40人の中で、生き残ったのはたった5人だ」


「その全員のバイタルも安定していませんし……」


「一体、あそこで何が起きたというんだ……」


医師は自販機で買ったエナジードリンクを流し込んだ。



「ほんと、散々な目にあった」


「君は余計なことを言わないし、しないから助かるよ」


「意味ないことはしない主義なんで」


「そんな君に嬉しい知らせだ。しばらくこういうのはお休みだ。好きに過ごすといい」


「急に?」


「うん。僕が忙しくなるからね。ご飯は運ばれてくるから安心しな」


「部屋から出す気はないんだね」


「? 当たり前じゃん」


「はぁ……」


「休暇、楽しんでね〜」


アスモデウスは元気に手を振り、指を弾いて姿を消した。


「そういえば、この前と違う部屋だな。扉がないし……本しかないじゃんか。あー、最近ちゃんと寝てないな。今日は夢、見ませんように……」



「また会ったね」


(結局この夢か)


「どう? 元気にしてる?」


この前の頭痛がぶり返す。


「うっ……」


「また頭が痛いの? 無理に思い出そうとするからだよ」


「この前も“頭をいじられてる”って言ってたけど、何なんだ?」


「僕との記憶を忘れるようにしたんだ。それがあると秩序が崩れてしまうから。でも今の君は管理者の下にいない。むしろ僕側にいる。だから鍵が開くというより、錠そのものが無くなるって言った方が近いかな」


「そう……じゃあ、その時俺に何かした?」


「……まあ、少しね」


「それでアスモデウスたちは、俺から変な気配がするって言ってたのか」


「ところで凜ちゃん、今の自分のこと、わかってる?」


「さっぱりわからない」


「じゃあ、何をしてたか話してくれる?」


「……なんでそんなこと言わなきゃいけないんだよ」


「言いたくないならいいよ。また会えるし」


「……助けて」


(どうせ夢なら、何言ってもいいだろ)


「もう嫌なんだ。この環境も、この状況も。それなのに、あまり動かない自分の感情が。守られてるって理解できるくらいには冷静でいられてるのが、ひどく嫌なんだ。取り乱して、何もわからなくなりたい。どうして俺だけが全部受け止めちゃうんだよ」


「弱音を吐くなんて、珍しい」


「夢の中くらい、好きに話させてくれよ」


「ここが夢だと思ってるの?」


「……違うの?」


「近いけど違うよ。これは夢じゃない。本物の僕だ」


「……俺と君以外にも誰かいる?」


「いない」


「じゃあいいや。なんでかわからないけど、君ならいい」


「ほんと、そういうところだよ」


彼の姿が、何かと重なる。

赤く染まった街で、眩しい金色を纏っていた男の子。

そういえば、俺は体が弱くて、あの時も入院していたんだっけ。


Parvus(パルウス) Mundus(ムンドゥス)……」


世界が歪み、背景が切り替わる。さっき想像した夕焼けの街並みだ。


「同じ言葉、ここで聞いた気がする」


「……少しずつ記憶が戻ってきてるね。さっきの言葉、辛い時に唱えたら、ここに来れるから」


「わかった」


視界が暗転し、真っ白で本しかない世界に戻る。


「調べることが増えたな」


手当たり次第に本を引き出し、候補は10冊まで絞れた。


(幸い、時間はある)


「この本じゃない」


「これでもない……」


「……痛みを無くす魔法?」


試しに指を切る。


「……本当に痛みがない」


そして目的の情報は、最後の一冊にあった。


「――あった。“次元を跨ぐ魔法”」


『中間界から人間を呼び出す方法』


(中間界?)


『大量の命・魔力・願いを代償に、数十人単位の人間を喚び出す。ただし管理者に見つからぬよう、ひっそりと行う必要がある』


(まただ。管理者って何なんだ)


「はぁ……大した情報は得られなかったな。……そういえば今、戦争中なんだよな」


「よし、魔法を網羅しよう」


決めたら即行動。

俺はアスモデウスが戻るまで、ひたすら魔法を学び続けた。

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