小さな世界
「先生!息子は無事なんですか?」
「意識は戻っていませんが、バイタルは安定しています。このままなら一般病棟に移れるかもしれません」
「息子に会えませんか?」
「すみません。すぐには難しいかと……」
「どうしてもダメですか?」
「ガラス越しでしたら」
「そう……ですか」
「バイタル低下!」
ピーッと機械音が響く。心電図は一直線を描いた。
「心臓マッサージ!」
一気に慌ただしくなる室内。
「何か起きたんですか?!」
「すみません、戻っていてください。君、案内を頼む」
カーテンが閉まり、部屋の様子は見えなくなる。
「待って、待ってよ!」
「アドレナリン投与」
「はい」
―――
「心拍数、上がってきました!」
「酸素濃度は?」
「正常です」
「……一命は取り留めたか」
―――
「にしても、あれは変な出来事でしたよね」
「ああ。集団催眠とか色々言われているが、それで片付けるしかないほど不可解な点が多すぎる。あそこにいた40人の中で、生き残ったのはたった5人だ」
「その全員のバイタルも安定していませんし……」
「一体、あそこで何が起きたというんだ……」
医師は自販機で買ったエナジードリンクを流し込んだ。
*
「ほんと、散々な目にあった」
「君は余計なことを言わないし、しないから助かるよ」
「意味ないことはしない主義なんで」
「そんな君に嬉しい知らせだ。しばらくこういうのはお休みだ。好きに過ごすといい」
「急に?」
「うん。僕が忙しくなるからね。ご飯は運ばれてくるから安心しな」
「部屋から出す気はないんだね」
「? 当たり前じゃん」
「はぁ……」
「休暇、楽しんでね〜」
アスモデウスは元気に手を振り、指を弾いて姿を消した。
「そういえば、この前と違う部屋だな。扉がないし……本しかないじゃんか。あー、最近ちゃんと寝てないな。今日は夢、見ませんように……」
*
「また会ったね」
(結局この夢か)
「どう? 元気にしてる?」
この前の頭痛がぶり返す。
「うっ……」
「また頭が痛いの? 無理に思い出そうとするからだよ」
「この前も“頭をいじられてる”って言ってたけど、何なんだ?」
「僕との記憶を忘れるようにしたんだ。それがあると秩序が崩れてしまうから。でも今の君は管理者の下にいない。むしろ僕側にいる。だから鍵が開くというより、錠そのものが無くなるって言った方が近いかな」
「そう……じゃあ、その時俺に何かした?」
「……まあ、少しね」
「それでアスモデウスたちは、俺から変な気配がするって言ってたのか」
「ところで凜ちゃん、今の自分のこと、わかってる?」
「さっぱりわからない」
「じゃあ、何をしてたか話してくれる?」
「……なんでそんなこと言わなきゃいけないんだよ」
「言いたくないならいいよ。また会えるし」
「……助けて」
(どうせ夢なら、何言ってもいいだろ)
「もう嫌なんだ。この環境も、この状況も。それなのに、あまり動かない自分の感情が。守られてるって理解できるくらいには冷静でいられてるのが、ひどく嫌なんだ。取り乱して、何もわからなくなりたい。どうして俺だけが全部受け止めちゃうんだよ」
「弱音を吐くなんて、珍しい」
「夢の中くらい、好きに話させてくれよ」
「ここが夢だと思ってるの?」
「……違うの?」
「近いけど違うよ。これは夢じゃない。本物の僕だ」
「……俺と君以外にも誰かいる?」
「いない」
「じゃあいいや。なんでかわからないけど、君ならいい」
「ほんと、そういうところだよ」
彼の姿が、何かと重なる。
赤く染まった街で、眩しい金色を纏っていた男の子。
そういえば、俺は体が弱くて、あの時も入院していたんだっけ。
「Parvus Mundus……」
世界が歪み、背景が切り替わる。さっき想像した夕焼けの街並みだ。
「同じ言葉、ここで聞いた気がする」
「……少しずつ記憶が戻ってきてるね。さっきの言葉、辛い時に唱えたら、ここに来れるから」
「わかった」
視界が暗転し、真っ白で本しかない世界に戻る。
「調べることが増えたな」
手当たり次第に本を引き出し、候補は10冊まで絞れた。
(幸い、時間はある)
「この本じゃない」
「これでもない……」
「……痛みを無くす魔法?」
試しに指を切る。
「……本当に痛みがない」
そして目的の情報は、最後の一冊にあった。
「――あった。“次元を跨ぐ魔法”」
『中間界から人間を呼び出す方法』
(中間界?)
『大量の命・魔力・願いを代償に、数十人単位の人間を喚び出す。ただし管理者に見つからぬよう、ひっそりと行う必要がある』
(まただ。管理者って何なんだ)
「はぁ……大した情報は得られなかったな。……そういえば今、戦争中なんだよな」
「よし、魔法を網羅しよう」
決めたら即行動。
俺はアスモデウスが戻るまで、ひたすら魔法を学び続けた。




