繰り返す夢
あの男は「あいつに用がある」と言っていた。
(ってことは、あいつの過去を読み取れば分かるんじゃ……?)
僕は彼の首に噛みつき、血から過去を覗こうとした。
しかし、彼の血は芳醇な香りを纏い、理性を容易く奪ってくる。
味も、この世の何よりも絶品だ。
呑まれそうになるのをぐっと堪え、記憶の奥へと潜っていく。
――これは、錠?
探っていると、鍵のかかった領域に行き当たった。
「なんだこれ……ま、壊すか!」
全力で力を振るったが、びくともしない。
「んなっ……!?」
僕の力を防ぐほどのものが、こんなところに?
舌打ちした瞬間、視界が揺れた。
……クソ、時間切れか。
そこで、意識が途切れた。
*
「んっ……」
「あ、起きた?」
「ああ、君か」
「で? 急に噛みついて、成果なしってわけじゃないよね?」
「それなんだけどさ。君の記憶、鍵がかかってる」
「鍵?」
「自分でかけたのか、誰かにかけられたのかは分からない。でも君には、そんなことができる力はない」
「……誰かに、記憶を消されたってこと?」
「たぶんね」
(そういえば、あの男も“頭をいじられた”って言ってたな)
「なあアスモデウス。俺って、そんなに臭う?」
「は?」
近くにいたバルバトスが吹き出した。
「ははっ。臭くはないよ。パイモンも、そういう意味で言ったんじゃない」
「まだいたの?」
「年寄り相手に口が悪いな。まあいい。君も起きたことだし、俺は戻るよ」
「ありがとうございました」
「いいさ。君は気に入った」
「クソジジイ!!」
「アスモデウス、暴れすぎ」
俺が服を引っ張って制止すると、彼は意外にも大人しくなった。
「はぁ……じゃ、戻るよ」
指を弾いた瞬間、視界が白に反転する。
「あー、やっと戻れた……」
「アスモデウス、眠いから俺は寝――」
言い終える前に、意識が落ちた。
*
鼻を刺すほど濃い花の香り。
(ああ、またか)
昔から、何度も見る夢。
「ミカ! 絶対、絶対また会おうね! 約束だよ!」
叫ぶ俺に、君は泣きそうな顔を向けるだけだった。
「バイバイ、凜ちゃん……」
笑った君は、花吹雪に攫われていく。
勝手に取り付けた約束に、返事はなく。
伸ばした手は、空を切った。
*
痛みで目が覚めた。
「またかよ……」
「ああ、起きちゃった? 相当痛いだろうけど、頑張ってね〜」
「麻酔とか、ないわけ?」
「ここにはないよ。取りに行くのも面倒だし、再開ね」
「あるじゃんか……」
迫ってくるそれを、受け止めるしかなかった。
そして、あっさりとその時は訪れる。
「よし! 聞こえる?」
「……何をした」
「生きてるっぽいね。あ、鏡用意する」
映ったのは、頭と体が完全に分断された自分だった。
「うわぁっ!」
「じゃ、次」
回復魔法の詠唱が始まる。
「近くにあるとくっつくんだね。じゃあ、離れてたらどうなるんだろ。……もう一回ね」
「ちょ、待っ――」
再び、首が落ちた。
思考がうまく回らない。
「うわ……結構離れてたのに磁石みたいに戻った。頭側が基点か……あ、生きてる?」
「う……」
声にならない。
「生きてるっぽいね。今日はもういいや」
指を弾かれ、また白い部屋へ戻された。
(血が……足りない)
体が冷え、死を覚悟して目を閉じる。
*
「君は……あのときの」
「凜ちゃん? なんでここに……?」
「意識を失うところまでしか覚えてない」
「本物?」
「それはこっちの台詞だ!」
「なんでそんなに声を荒げるんだ?」
「……君を見ると、頭がひどく痛むんだ」
ズクズクと頭を深く掘られているみたいな感覚。
男はこっちに近づいてきて俺の額に唇を落とした。
頭の痛みは更に酷くなり、身を捩ることしかできない。
気づいたときには涙が出ていた。
「ミ……カ……」
「どうしたの?」
「約束……」
「うん。また会えたね」
花がほころぶような笑みを見たあと、また強い花の香りに包まれた。この記憶にも終わりが訪れる。
*
「……ミカッ!」
跳ね起きる。
そこにいるのは、泣いている自分だけだった。
(今のは……何だ?)
「あ、起きた?」
「アス……ごほっ」
名前を呼びきる前に、吐血した。
「アス、か。君にそう呼ばれるの、悪くないね」
視界が歪む。
「アスモデウス、何をした?」
「“アス”って呼んでくれたら教えてあげる」
「……アス」
「新薬の開発。ウイルスを入れた」
話す間にも、鼻血が落ちる。
「じゃ、薬入れるから大人しくして」
注射針が刺さる。
(痛みには慣れたと思ってたけど……病気は別だな)




