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風に舞う白銀の華

最終話?

パーティーが終わり、ユティシアは中庭にいた。月明かりが差し込む中庭は明るく、散歩をするのに困らなかった。ユティシアは庭に植えられている植物を眺める。


自然に囲まれた庭園は、魔法師として働いていた時の自分を思い出す。あの時は森などで生活し、常に自然に触れ合っていた。仕事で山の中で野営することも多かった。常に過酷な環境に身をおいていて、怪我や骨折などをすることも当たり前の生活だった。

そのことを思うと、本当に今美しいドレスで着飾り、華やかな生活をしていることが信じられなかった。ここには危険など、どこにもない。政治に関わる者として多少危険が伴うのだろうが、それでも、魔物はどこにもおらず、戦う必要はない。


前は、魔物が在ることが自分の存在意義だった。…しかし、今は大切な人の傍にいるのが自分の存在する意味。


「ユティ、こんな所にいたのか。心配したぞ?」

振り向くと、大切な人の姿があった。


抱きしめられ、耳元で何をしていたんだ?と問われる。


「植物を、見ていました。ここで暮らす前はよく眺めて過ごしていたので、思い出してしまって…」

「そうか…」

ディリアスは何故か悲しそうな顔をしたように見えたのは、気のせいだろうか。


「陛下、お疲れ様です」

そう言ってユティシアは背伸びをしてディリアスの頬に口付けた。


自分からしたのは、初めてだった。これは、ディリアスから教えてもらった自分の愛情を示す方法。

もともと、人に関わることが少なかったユティシアは、そんなことまったく知らなかった。身近な人からそうやって接してもらったことは、ほとんどない。兄ですら、たまに自分を抱きしめる程度だった。


ディリアスは驚いた顔をしてユティシアを見つめた。

おそらくユティシアに限って自分になびいてくれた訳は、ないだろう。彼女はあまりにも鈍感だ。悲しいことに、ディリアスのする口付けの意味も理解していないだろう。

…それでも、嬉しかった。少なくとも、彼女は自分が触れることを嫌がっていなかったと分かったから。…これは、将来に期待できると見ていいのか?


「…お返しをしてもいいか、いとしの姫君?」

つい頬が緩み、笑みを浮かべたままそう問うと、ユティシアは肯定を示すようにディリアスににっこり笑う。


ディリアスはユティシアの頬にそっと口付ける。

「唇にしても、いいか?」

ユティシアはきょとん、とディリアスを見上げ、尋ねた。どうしてそんなことを聞くのか?…と。


「好きでもない人に、されたくないと思うのが普通ではないか?」


頬や、額に口付けるのは、たとえ恋人や夫婦でなくても親愛の情として許される。だが、唇は愛する人に贈るものだ。初めての口付けに特別な思い入れがある女性もいる。…まあ、ディリアスとユティシアは二回目だが。ユティシアは、一度目の口付けを企画の一部として受け取った。私的な場合は承諾されていないと思ったので、一応気を使ったのだが…


「…好きですよ?それに、好意を示してくれるのは、誰だって嬉しいものだと思いますが…」

完全に的外れな質問が返ってくる。ディリアスは呆れ顔である。たぶん、唇で交わす口づけの意味が分かっていない。


「…唇にするのは恋人同士だけだ」

このままだと、いつか他の男に唇を奪われかねない…そう思ったディリアスはとりあえず説明しておく。


「私たちは夫婦ですし…別におかしくないとは思います、よ?」


上目遣いに問うように首を傾げて言ってくるその姿がたまらず、ディリアスがユティシアに口付けようとしたその時。


「あ…雪ですね」

ユティシアが口を開く。


ディリアスも天を見上げた。この国は年中比較的温暖な気候であるため、雪が降ることは珍しい。それでも冬はやはり冷える時があるから、雪はまったく降らないというわけではない。


雪がちらちらと舞い、ディリアスの手のひらにも雪が降りてきた。雪は手の中で儚く消えていく。それは、何故かディリアスを悲しくさせた。


ユティシアは突然の雪が嬉しかったのか、庭の真ん中に小走りで駆けていく。

「綺麗ですね、陛下」

くるりと振り返って言うユティシアは、まるで雪の精だった。


真っ白な雪は、彼女の印象にぴったりだ。純粋で、穢れを知らない。苛烈な印象などではないのに、静かに降るそれは人の心を引く。

だが、それと同時に儚げでもある。雪の塊は、手のひらに載せていても、いつかはなくなる。いつの間にか消えてしまうそれは、ユティシアを見ているようでディリアスの心を不安にさせる。


再び歩き出そうと一歩踏み出したユティシアの腕を掴み、腕の中に抱き込む。


「ユティシア。…ずっと、俺と一緒にいてくれるか?」

先ほどの会話の折とは変わった、張り詰めたような声音に、ユティシアはディリアスを見つめた。


「不安なんだ。この手から、いつか消えてしまうのではないかと…」


―――植物を、見ていました。ここで暮らす前はよく眺めて過ごしていたので、思い出してしまって…―――


先ほどユティシアが口にしたこと。何気ないことではあったその言葉は、ディリアスの心を乱した。


ユティシアが、いつか自分の傍にいることを望まなくなるのではないかと。4年前のように、いつの間にか、消えてしまうのではないかと。…そう思わずにはいられない。


ユティシアは、掴み所がない。いまだ、その心が何を思うのか、理解することが出来ない。掴もうとすれば、何もないようなところを掴んでいるような感覚。この腕の中には、確かに彼女がいるはずなのに、心は落ち着くことはない。


ユティシアは恋愛をまだ知らない。本当に大切な人を見つければ、ディリアスのことなど忘れてしまうのではないか、と考えてしまう。


正直、もっと自分に愛情を向けて欲しいと思うのだ。それも、親愛の情でなく、家族としての夫に対する情でなく、妃としての王に対する情でなく…恋愛感情を抱いて欲しいのだ。一人の男として自分を見て欲しいのだ。今、ユティシアの感情は、フィーナに対するそれと同じ。


やっと、愛情というものを理解し始めたばかりの彼女にそれを求めるのは酷だと思う。押し付けた思いは、ユティシアを苦しめるだけだ。だから、ディリアスは想いを打ち明けない。


「大丈夫です。私は、陛下と死ぬまで一緒にいますよ」

ユティシアは、ディリアスの首に手をまわす。


「今は、私は、あなたのために在るのですから…」


自分の首に腕を絡めるユティシアにディリアスは愛おしさがこみ上げてきて、小さくて可憐なその唇に―――そっと自分の唇をのせた。



――――空には、彼らを祝福するかのように白銀の華が舞っていた。



この後、ユティシアの名は急速に大陸中に広まっていくこととなる。…大陸一の美男であるディリアスと共に、大陸一の美姫として語られた。

お披露目の際、雪が降ったのは女神の祝福だとされ、“神に愛されし白銀の雪姫”と称された。



とりあえず…終わり?

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