前王妃の真実
話しているうちに日は沈み、空は暗くなっていた。すべてが夜闇に包まれていく。
「陛下、いいことを教えてあげます」
そう言ってユティシアは微笑んだ。
「フィーナの瞳、光に当たると輝くのです――金色に。あの子はわずかですが魔眼を受け継いでいます。今無意識に魔眼を発動させているせいで、私の変身の術が効かないのですが」
魔眼は魔法を見破り、無効化する。魔眼はディスタールの王族のみが持つもの。それは、ディリアスの子であると確実に証明できるもの。
「それと、これを読んでみてください。王妃の間にあった物です」
―――ユティシアが差し出したのは、マウラの日記だった。
そこには、ディリアスが知ることのなかったマウラの思いが綴られていた。子供ができた喜び、ディリアスに対する愛情―――誰も知り得なかったマウラのその当時の気持ちがありのまま書かれていた。
「これが、マウラ様の気持ちです」
そしてユティシアはディリアスの手にあった日記を手に取り、最後のページを開いた。
“愛しいフィーナ、わたしがいなくなってしまうことを許してね。あなたの周りにはあなたを愛してくれるたくさんの人がいるからきっと大丈夫ね。それでも…夜にどうしても寂しくて眠れなくなったら、空を見上げてわたしを探して”
「それから…」
ユティシアは日記のカバーを外した。そしてその裏に書いてあった文章を指差す。
“ディリアス様、あなたにすべてを捧げることができなくて、申し訳ありません。わたしの心が貴方に向くことはなかった。でも、この身体だけは貴方のために、と一生懸命働いたつもりです。貴方に出会えたこと、子供を授けてもらえたこと、とても幸せでした”
「マウラ…」
ディリアスは思わずその名前を呼ぶ。
『あなたの子ではない』と言われたことが嘘のようだった。
「それから、陛下私まだお話していないことがあったのですが…実は私の4年前の逃亡を手助けしたのはマウラ様です」
「は?」
「マウラ様は自分のせいで私が嫁ぐことになったのではないかと、おっしゃっていました」
マウラは結婚式の際、こう話していた。『わたしが選べなかったから、貴女が呼ばれたのね、きっと。わたしだけでは陛下を支えることができないと陛下が判断されたからなのだわ』
これはジェードを愛し、ディリアスを愛することを選べなかったせいなのだと。国王という大きな存在を片手で支えられる訳がないから。だから二人目の妃を欲したのだと。
そして、その犠牲になろうとしている者、つまりユティシアをを助けようと思ったのだと思う。自分以外の人に罪はないのだから。
「マウラ様は陛下を愛していたと思いますよ。ただ、一番はジェードだったのでしょうけれど」
二人の間で揺れ動くマウラの心は酷く不安定だった。次第にマウラは自分を責めるようになり、心は弱っていった。そして、心の病にかかり、亡くなってしまった。
―――これが、マウラについての真実だ。
ディリアスは、何故気付いてやれなかったのか、と思った。マウラはジェードを愛しているからそれでいいと思っていたのに。
「陛下がまだ、マウラ様を亡くしてしまったことが罪だとおっしゃるなら、私も同罪です。だって、わたしはマウラ様を置いて逃げ出しました。彼女に、何もしてあげられませんでした」
「……だが」
ディリアスの言葉を打ち消すようにユティシアはふわりと抱きついてきた。
「もう、マウラ様から解放されましょう、陛下。これ以上悩む必要はありません。過去に囚われてばかりでなく、これからのことを考えましょう。…フィーナとの未来を。そちらの方が、マウラ様も喜ばれます」
ディリアスは初めてユティシアが自分にとってどれだけ必要な存在かを自覚した。今までは正直に言うと頼りない存在にしか見えなかった。しかし、ユティシアの心はディリアスを包み込むだけの大きさを持っていた。
ディリアスはいまだ自分に抱きついているユティシアの背に手をまわし、強く抱きしめた。
―――この夜、ディリアスは眠れぬ夜から解放された。