前王妃の過去
侍女に聞くと、ディリアスは自室にいるとのことだった。
「陛下…あの…」
そろそろと扉を開け、ディリアスの方を見る。
「ユティか、どうした?」
ディリアスはユティシアを自分の部屋へ迎え入れる。最近、空気が冷えるようになってきたのでこのまま部屋の外で話す訳にはいかない。
ユティシアが部屋に入ってからディリアスはドアを閉めた。ユティシアは真剣なまなざしを向けてくる。
「…マウラのことか」
「陛下、私は知りたいのです、マウラ様とのことを。お聞きしたら、共にそのことを背負います」
「別に、背負う必要は無い。あの悲劇を知るのは…俺だけでいい」
「二人で新たな一歩を踏み出すには、必要なことだと思うのです。私達は…夫婦でしょう?」
いくら今が大切だと言っても、互いの過去を背負えないのであれば支えあうことができない。人は、過去に囚われつまずくことが何度でもあるから。
ユティシアの言葉に、ディリアスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにもとの暗い表情に戻り顔を俯かせ、マウラについて語り始めた。
マウラはディリアスが王太子のときに娶った初めての妻だった。政略結婚だったが、もちろんディリアスは妻を大切にした。マウラは優秀であったし、周りからの評判も良かったためマウラがどれだけ貴重な存在であるか分かっていた。マウラもディリアスに心から尽くしていた。周囲から見れば仲睦まじく、理想的な夫婦に見えただろう。
さらに、前国王がなくなったとき、マウラはディリアスの心を支えようと一生懸命尽くしたのだった。ディリアスは父がなくなった後、マウラと国をいっそう豊かにしていった。二人の美しさもあってか、ディリアスとマウラの噂は他国にまで広がっていくこととなり、その噂はマウラが亡くなっても途絶えることはなかった。
しかし、マウラは生前一つだけ王妃としてやってはならないことをしていた。マウラは結婚してすぐ母国から護衛として連れてきたジェードとこっそり逢瀬を重ねるようになっていた。それは、マウラが亡くなるまでずっと続いた。
ディリアスはそのことを咎めなかった。異国から来て寂しい思いをしているのは分かっていたから。その事実を知ってもマウラに対する態度を変えることは無かった。
―――二人の関係に変化がおきたのは、ディリアスが18歳のとき。マウラのお腹に子供がいると分かった時。
マウラはその時からディリアスを寄せ付けなくなっていった。正直、その様子は気が狂っていると言ってもおかしくなかった。医師は子供ができたせいで情緒不安定になっているのではないか、と言っていた。ディリアスはただ身体に障ってはいけないと言いマウラを離れた建物に移した。
――生まれたのは女の子だった。マウラによく似ているという。ディリアスはフィーナと名付けられたその少女を見に行くことができないでいた。理由はもちろん、ジェードの子ではないか…という疑いから。フィーナを自分の子として発表すべきかということもあった。
しかし、いつまでも会わないわけにもいかず、とある晩ディリアスはマウラのもとを訪れた。侍女は気を遣ってくれたのか、皆退出した。
マウラは侍女がいなくなったとたん、ディリアスをきっ、と睨みつける。そして、マウラは衝撃の事実を口にする。
「この子はあなたの子ではないわ。大切な人とのいとしい子」
そう言ってフィーナを慈しむような眼差しで見つめる。フィーナの頭を優しく撫でる。フィーナの髪の色は、ジェードと同じ――茶色だった。
ディリアスはその後、マウラの生活する場所を王妃の間に変えた。マウラは死ぬまでそこで暮らした。しかし、以前のようにディリアスがマウラと一緒にいるところを見る者は居なかった。
―――結局、フィーナは王女として発表した。疑惑は、ディリアスの胸に残ったまま。
「…陛下は、マウラ様を愛しておられたのですか?」
「愛せるわけがないだろう、ほかの男を愛していると知っていたのに」
話すディリアスの顔は暗いまま。
「事実を告げられた晩が、忘れられない。夜になるとそれを思い出してしまう。だから、夜は寝付けなかった」
ユティシアはディリアスの語った真実に、胸が締め付けられる思いだった。