王女
……くすん、くすん
泣き声が聞こえてくるので自室を捜索してみると、部屋の隅に幼い少女がうずくまっていた。茶色い、ふわふわと波打った髪の毛が可愛らしい。
「どうしたの?」
ユティシアは優しく声をかける。ユティシアは俯いて涙を流す顔を布で拭ってやる。
「おかあさまが、いないの…フィーナがかなしいときはね、いつもそばにいてくれたのに」
少女がそろそろと顔を上げた。
その瞳を見た瞬間、ユティシアははっとする。薄い、緑の瞳―――前の王妃、マウラと同じ瞳をしていた。
たしか、マウラには一人、子供がいた。年は3歳で、姫君の名前はフィーナ…今まさにユティシアの目の前にいる少女である。
「前は、ここにおかあさまがいたの。寂しい時はいつもフィーナにぎゅってしてくれたの。でも、フィーナがいくら呼んでも、お返事してくれなくなったの。みんなにおかあさまはどこ、って聞くのに、だれも教えてくれないの。なんでおかあさまはいないの…?」
―――それは、少女の悲痛な叫びだった。
少女の言葉にユティシアは胸が痛くなり、思わず胸に手を当てる。
この子は聡い。おそらく少女はマウラに二度と会えないことを理解しているのだろう。死というものが理解できなくても、二度と戻って来てくれない存在だということは、分かっている。
…しかし、大切な人を失うには、彼女は幼すぎた。それ故に、その現実を受け止めることは出来ないのだろう。悲しみを押し隠し、母のいない不安を感じながら毎日を過ごしてきたのだろうか。
ユティシアはその少女を抱きしめた。そうすることしか、思いつかなかった。少女は、ユティシアの腕の中で泣き続けた。
少女は少しの間泣くとすっきりしたのだろうか、泣き止んでいた。
ユティシアは少女を落ち着かせようと、飲み物を差し出した。少女はそれを受け取って、口にする。
「こちらもどうぞ」
ユティシアはお菓子も差し出した。趣味で作った物だった。少女は受け取ると口に運ぶ。すると、顔を綻ばせて笑った。
「わたしはフィーナっていうの。あなたは?」
どうやらユティシアに対し心を開いてくれたようだ。
「ユティシアといいます」
二人はすぐに打ち解けて、たくさんの会話をした。フィーナは色々なことを話してくれた。
マウラが亡くなってから王妃の間に通いつづけていたが、最近出入りが禁止されたこと。今日は侍女達をまいてここに来たこと。
フィーナにとってここは母の存在を感じられる場所だったのだろう。出入りが禁止されたのは、ユティシアが住み始めたからだ。
「…そろそろ、帰りましょうか」
ユティシアの首に抱きついてまだここに居たいと駄々をこねるフィーナに苦笑しながら、ユティシアはフィーナを抱き上げた。そろそろこの子の侍女たちが心配している頃だろう。彼女を部屋に送り届けようと部屋を出る。
フィーナの部屋に着くと、憔悴しきった侍女たちが飛び出して来た。
「ご無事でようございました。姫様に何かあったらと思うと…」
フィーナは美しいマウラの面差しを受け継ぎ愛らしい見た目をしているので、侍女からはたいそう可愛がられている。マウラ亡き今、少女に注がれる愛情は過剰なまでになっていた。フィーナに会うために仕事を選ぶ者までいるようだ。
…それほどまでに大切にしている少女が消えたとなれば、その心配はどれほどのものだろうか。
「ごめんなさい。早く知らせれば良かったですね。私の部屋で、お茶していたもので…」
ユティシアがすまなそうに言った。
「いいえ、送り届けて下さり感謝しております」
侍女たちは感謝の気持ちを込めてユティシアに頭を下げた。