居場所
先ほどの笑顔とは一転し、ユティシアは涙があふれそうになる。水色の瞳が揺れている。ユティシアはぺたりと地面に座り込んだ。ずっと表に出さず、心に秘めて我慢していたのに。ディリアスが兄と重なって見えたとたん、ユティシアの心の箍が緩んだ。
「居場所を、失ってしまいました…」
ディリアスはユティシアの話を聞きながら、静かに頷く。
「あそこが、唯一の居場所だったのに」
ユティシアは途方に暮れていた。もう自分には帰る所がない。心の拠り所はあまりにも呆気なく無くなってしまった。
「俺では、居場所になれないか?お前にとっての存在意義となれないだろうか」
ディリアスは真っ直ぐにユティシアを見つめる。
「側妃としてでなく、ユティシア自身に、傍にいて欲しいんだ」
「人の心は移ろいやすいものです。そう簡単に、信じることはできません」
それが、ユティシアの本音。
ユティシアは幼い頃から愛の形を知らない。人の心に拠り所を求めることを知らない。
だから、ユティシアは絶対に壊れない居場所を欲した。騎士団での地位――“狩人”という称号を。
「確かにユティは強いし、一人で生きていけるだけの力を持っている」
そうだ。今まで自分ひとりで生きてきた。自分ですべてできるようになった。一生懸命、生活する術を身に付けた。戦う術を身に付けた。
「でも、心はどうだろう。誰かに支えて貰わないと生きていけない」
騎士団では確固たる地位を築いた。でも、誰にも頼ることができず、心を開くことができず、心は孤独を感じるばかりで。ユティシアの心はずっと空っぽのままだった。
だが、永遠にあると思っていた騎士団の地位も、あまりにも簡単になくなってしまった。もう、何も信じることができなかった。
ユティシアは、立ち上がって一歩踏み出す勇気を失ってしまった。目の前には暗闇しか見えない。ユティシアが縋れるものは、もうない。恐怖だけが広がっていく。
ユティシアは無意識のうちに震えていた。自分の震える身体を抱きしめるが、震えは一向に止まらない。
その時、ディリアスがユティシアの頭を優しく撫でる。ユティシアはのろのろと視線を上げる。ディリアスの瞳と自分の瞳が重なる。金の瞳が、心の暗闇を照らしてくれたような気がした。
「信じて、いいでしょうか…あなたを」
「絶対に、死ぬまでお前の傍にいてやる」
強く頷くディリアスの瞳は揺るぎないものだった。ユティシアにはその瞳は、その言葉は一生揺らぐことがないように思えた。
「もう一度言う。俺はお前の居場所になりたい」
「私には、もう貴方の所より他に…行くところがありません」
今だけでも、彼に縋ってみようと思う。自分には、もう他に居場所がないのだから。