鍛冶屋
ユティシアはコートを着て、フードを被って顔を隠し城下に下りていた。騎士団に所属している間、昼間はいつもこの格好だった。夜間に行動することが多かったので、日の光に弱いためだ。日の光は眩しくて目が慣れないし、日に当たるとすぐに肌は赤みを帯びてしまう。
久しぶりに来た城下は人々の活気であふれかえっていた。今日は週に一度の市が開かれる日だった。王都の市は他国からも商品を売りに来る者がいるため、珍しい品物を取り扱っている所も多くある。ユティシアは店先に並ぶものには目もくれず、人ごみの中を縫うようにして歩いていく。
ユティシアは人気のない細い路地に入る。彼女は入り組んでいる道を迷うことなく進んで行った。
…ふと、足を止める。目の前には古びた建物が建っていた。壁は塗装が落ち、所々崩れている所もある。
ユティシアはきちんと閉まらずに半開きになっているドアの取っ手を引き、中に足を踏み入れる。ドアを開いたせいで、室内に大量の埃が舞う。ユティシアはコートの袖で口を覆い、部屋中に舞い上がるそれを魔法で一掃して奥に足を踏み入れた。
薄暗い店の奥に目を凝らすと、古い木の椅子に腰掛けて、その人物はいた。鍛冶屋を営んでいるこの男は、目をまん丸に見開いていた。
「シアか」
久しぶりに呼ばれたその名に、ユティシアは少しだけ笑みを浮かべた。ずっと使っていた名前なのに、名前を呼ばれていたことが懐かしく思えた。
「お前、国に楯突いて捕まったんじゃなかったのか!?」
……こんなところにまで噂が広まっている。ということは、騎士団の関係者は皆知っているだろう。
まあ、誤解されていてもおかしくない、とは思う。あの時、ユティシアは縄をかけられても抵抗もしなかった。それは、ユティシアからしてみれば自分の身の潔白を信じていたからとった行動だったのだが、罪を認めたと思われても仕方がない。
「…まあ、人の事に干渉するつもりはねぇから安心しろ」
顔をしかめたユティシアに対し、誤魔化すようにそう言って一番上の棚にあった長剣に手を伸ばす。無骨な手からは想像できないほど丁重に扱いながら、ユティシアの手に渡した。
ユティシアはディスタール国に着いてすぐに、彼に新しい剣を作ってもらえるよう依頼していた。しかし、再び王城で暮らすことになって剣を取りに行く機会を失っていた。もう必要ないかもしれない物だが。
「ほらよ。少しサービスしといたぜ」
今回彼女が依頼していたのは、大きさも重さも華奢な彼女の体には不釣合いに見えるような長剣だった。
鞘から剣を抜くと美しい刃が姿を現す。重さも性能も彼女が望んだ通りのものだった。
サービスというのは柄に掘り込まれた見事な装飾の事だろう。素晴らしい出来に思わず見とれてしまう。
「ありがとうございます。この国一の鍛冶屋さん」
ユティシアは含んだような笑みを浮かべる。
……彼の名が知られているのは裏の世界でのみの話だ。彼は、誰よりも優れた腕を持っているにもかかわらず、表に出ることを嫌う。気まぐれに何度も家を住み替えていて、その居場所を把握することは難しい。
彼を知っている者はごく一部で、ユティシアも師匠の紹介で偶然知ることが出来た。彼は剣の腕を認めた人でないと剣を作らないらしいのだが、アストゥールの弟子だと告げるとすぐに剣を作ってくれた。
それ以来、ユティシアは剣の製作も修理も彼に頼むようになった。ユティシアは剣を度々壊していたので、かなりお世話になっている。
「どういたしまして、大陸一の魔法使い様」
店主はニヤリと笑い、言葉を返した。
ユティシアは再び壊れかけたドアを開けて店から出て行った。
店主はその後ろ姿を見送った。
騎士団に姿を現さなくなっていた少女のことが、気にならなくもなかった。少女は店主が認めた剣の腕を持っている貴重な存在だった。自分の剣の能力をあそこまで引き出してくれる人はいない。さすが“剣聖”アストゥールの弟子だ。
先日、彼女が国に捕まったという話を聞いた。騎士団“光の盾”では大騒ぎになっているという。そのことを思うと、彼女のこれからの大変さは計り知れない。騎士団は犯罪に手を染めた者に関しては厳しいと聞く。
「がんばれよー」
もう、点のように小さくなった姿に向かって呟いた。




