王の怒り
ユティシアはディリアスに抱えられたままだった。
「陛下…おろして下さい」
「………」
「聞いていらっしゃいますか?」
「………」
「陛下?」
「………」
ディリアスは無言のままだった。足早に国王の私室へ向かって進んで行く。ローウェに助けを求めて視線を向けるが、ローウェは苦笑を返しただけだった。
「なぜ、あの時魔法を使った!!!」
ディリアスは部屋に戻るなり、痛いほどの力でユティシアの肩を掴んで凄い剣幕で怒鳴りつけた。
ユティシアは目を見開いて驚いていた。
…ずっと無言だったのは、怒っていたからか。
「陛下、落ち着いてください」
驚いたローウェが慌てて声をかけると、ようやくユティシアの肩から手を離した。
「あの時、魔法を使ったのはユティシアだろう?」
「はい」
「どういうことか分かっているのか」
訳がわからず戸惑うユティシアに、ディリアスがため息をつく。
「魔法は、確実なものではないだろう?」
…ディリアスの言いたいことが、分かった。ディリアスは、ユティシアがあの場面で魔法を使ったことを怒っているのだ。
魔法は確実に成功するものではない。
魔法は、魔法師の精神状態に大きく左右される。精神が乱れると魔力の制御が出来なくなるのだ。もし命の危機に晒された場合、彼らは魔法を使うことを選ばない。…使えないと分かっているからだ。
そのため、彼らの力が発揮されるのは、安全な戦場のみである。
しかし、ユティシアは切迫したあの状況の中で魔法を使用することを選択した。ユティシアはごく普通に行ったことだったが、その行為はディリアスからしてみれば正気の沙汰ではない。
「申し訳…ありませんでした」
ユティシアは心から謝った。
「分かってくれたなら、いい。俺も、ユティを守れなかった自分に苛立って、八つ当たりしてしまった…本当にすまない」
「今度はローウェじゃなくて俺が守るからな」
そう言ったディリアスにローウェは思わず吹き出した。
「恐ろしいですね。今度また私がユティシア様をお守りしたら、嫉妬を買ってしまいそうで」
ディリアスはユティシアの頬に手を伸ばした。
「自分の手で、ユティを守りたいんだ」
ユティシアは反応に困った。
守りたい…などと言われたのは、初めてだった。今まで自分にそんな感情を向けてくる者などいなかった。守ることはあっても、守られたことは一度もない。しかし…ディリアスも、ローウェも、ゼイルも、自分を守ろうとしてくれた。
―――彼らの中にはちゃんと、ユティシアという存在があるのだと…彼らの瞳には自分が映っているのだと、実感した。