F002
「というわけで、限りある資源を無駄にしないためってところね」
はぁ。
どうも。
洒落た喫茶店で見知らぬ美女に高額の絵を買わされるようなシチュエーションで色々説明を受けている俺です。
多分、俺です、はい。
「生理反応に必要な記憶は失ってないけど、他のは全消去した。不服があっても、これは必須条件なので抗弁するだけ無駄」
「えーと、ちょっと待ってくれ。生理反応に必要な記憶とはなんだ?」
「そういう反応のことよ。平たく言うと、自己保存に関わる記憶ってことね。年齢相応の生きるための知識や経験から得た判断基準とも言えるかな」
目前の美女はそう言ってから、紅茶らしきものに口をつける。
「よく分からないが、まぁいいや。消した他の記憶って、どういったものかの説明も無いのか?」
「無いわね。説明したら消した意味が無いじゃない?」
なるほど。いや、その記憶が自分にとってどういう意味があるのかすら分からないので、どうでもいいとは思えてしまうが。今現在、不自由は無いしな。そもそも、俺は死んでいるらしいし、これから一生をやり直すという話らしい。いや、一生じゃなく二生じゃん。記憶ないけど。
「あっちについたらいまここで私といい感じにデートしてる記憶も無くなるから、ここで決めることは最終判断だけなのよ。あなたはどうするか? というやつね」
デートというよりは、見知らぬ美女に高い絵を売りつけられてるみたいだと感じてるわけだが。
「つまり、その他の記憶があると俺の判断に歪みが生じるってことでいいかな? そっちにとってよろしくない歪みって意味だけど」
「そういうことね」
美女の淡白な返答に、俺はふと喫茶店の窓の外を見る。雨が降っている。人は誰もいないし走ってる車も無い街並だけがある。
さてさて。
「ついでに訊きたいんだが」
「訊くのは自由よ」
紅茶好きそうじゃないのに、よく飲むなぁ。いや、好きじゃないからがぶ飲みするとも言えるか?
「最初の説明にあった、魂のサルベージってのでどれくらいの人が回収されたんだ?」
「教えない」
「やっぱだめか」
そりゃそうだよな。この場で訊いて判断の歪みにされるのは困るだろうしな。我ながらバカげた質問をしたもんだ。
自嘲しつつ、しばし雨降りしきる街を眺める。
***
「行くよ」
「そう」
どうも実感を持てない部分が多いが、失った記憶の部分だろうか。それが行くことを薦めてる気がした。
おそらく、このニ択で行かないを選ぶ人は稀だろう。
「じゃあ、行くことを前提にしての説明をするわね」
「よろしく」
俺は向き直り、美女と目が合う。なぜか緊張する。自分が童貞かどうかもわからんストレスを感じ、苦笑してしまう。
「どうしたの?」
「いや、記憶が無いので説明できない。気にしないでくれ」
「いやみ?」
「違う。続けてくれ」
「ンンっ。今回のようなケースの場合、各人の魂に特典を付与することができます」
特典というと、おまけみたいなものかな?
「あなたに言っても理解できないかもしれないけど、んーーーあなたの生理反応基準的に言うと、損失に対する補償みたいなものかな」
「補償? この茶番劇に巻き込まれたことへの補償とかそういうのか?」
「いやいや」
美女が手を振る。案外ノリがいいな。
「記憶無いから分からないだろうけど、記憶消去も一種の補償。で、特典あげるのも補償なのよ」
「そうか。で何がもらえるんだ?」
「これリスト」
すっとテーブルの上にA4サイズの紙が浮き上がってくる。手品か?
何々。
1:勇者
2:聖女
3:最強
4:王
5:皇帝
6:賢者
7:創造魔法
8:神族
9:魔王
etc
いまいちよく分からない文言が並ぶ。
「これはなんだ?」
「そのまんま。そういう存在として行けるってこと」
「いや、よく分からないんだが」
「え? あなたの世界ではそういう物語が流行ってたでしょ? ファンタジーとかいうの?」
「記憶が無いので分からないな」
美女が初めて事務的な表情を崩し、狼狽える。ちょっと可愛いかもしれん。
「いやいや。生理的判断基準に影響する記憶は個別データのみ消去したはず。一度でも読んでたり、そういう話を誰かから聞いていたら絶対分かるはず……。まさか!」
俺は動揺する美女を鑑賞しつつ、長時間放置したにも関わらず冷めてない紅茶に口をつけた。この場に時間の概念があるかも分からないが。