第61話:壊したのは、私じゃなくて「静寂」だった。
あの日、空が赤く染まり、雷のような魔力が全てを貫いた。
それは、精霊・ルネアが“本気”になった瞬間だった。
数日が経った。
しかし、学院の空気は、まだ冷えきっていた。
あの事件の日。
防衛線を一瞬で突破した巨大な魔導兵器は、ティアラを重傷に追い込み、
それを見たルネアが……圧倒的な“何か”を解き放った。
「……あの瞬間、空気が割れた気がしたよ」
「魔力じゃなかった。あれは……もっと、違う“何か”だった」
学院の生徒たちは、未だその衝撃を忘れられずにいた。
そして、その話題を口にするたび、誰もが息を呑む。
それは恐怖ではない。畏怖。
──神話が、目の前で動いていたという現実。
「ティアラの容態は?」
保健室に詰めていた教師の一人が、そっと呟く。
「安定しています。ただ……精神的ショックが強くて……」
彼女を守れなかったという罪悪感。
そして、あの場にいた全員が感じた、“異様な存在感”。
それは誰も口に出せなかった。
「ルネアがやった」と。
けれど、みんなが知っていた。
ティアラを傷つけた“それ”を、真っ向から粉砕したのは──
あの銀髪の少女だったと。
学院裏の木陰。
ルネアはひとり、木の枝に寝転んで空を見ていた。
まるで何もなかったように。
「……バレちゃったかも」
木漏れ日の中、彼女はぽつりと呟いた。
隣には、無言のまま睨みを効かせるナリ。
「ま、いっか。今さら隠しても遅いしねー」
そう言って笑ったルネアの表情に、
あの日の“狂気”は、どこにも見えなかった。
しかし確かに、誰もが感じていた。
この学院には、“神話級の何か”が潜んでいると。
その頃、王国の諜報室。
「彼女の力は……制御可能か?」
「無理です。あれは、“人間の理”を超えている」
急ぎまとめられた報告書には、
【対象:精霊体ルネア】【観察対象→危険対象】【極秘】と記されていた。
「今後の接触は慎重に。下手に動けば……国家ごと消される可能性がある」
そして彼らは知ることになる。
あの少女が、この世界の秩序を揺るがす“鍵”であることを──。
学院に戻れば、生徒たちは彼女を見る目を変えていた。
尊敬でも、恐怖でもない。言葉にならない圧力のような“意識”。
「あの子が……ルネア様……?」
「冗談じゃなく、本物の“伝説”かも……」
彼女の歩く道は、まるで誰も踏み入れられない聖域のようだった。
あの日、空が赤く染まり、雷のような魔力が全てを貫いた。
それは、精霊・ルネアが“本気”になった瞬間だった。
「さてとー、今日も遊びに行こっか♪」
制服のスカートをふわりと整え、
ルネアはいつもの笑顔で学院の門をくぐる。
その足音だけが、世界の中心に響いていた──。




