第5話 例外の例外
「何から知りたい?」
レイベリーからすればカナタがここに来るのは想定内だったということだろう。
無駄な前置き無し。端的で直球な言葉に、カナタは逆に窮した。
何からも何も、聞きたい事は二つしかない。
一つは、私が『バグ』というのはどういう事か。
もう一つは、その『バグ』を待っていたのはどういう事か。
あくまで彼らを見ていて感じた雰囲気からではあるが、どうやら無色だから別世界からの転生者という訳でもないらしい。本当になんとなくだが、同郷の気安さや懐かしさのようなものを微塵も感じない。
もしかしたら自分が住んでいた地球外の……遠い世界か並行世界的な住人の可能性もあるかもしれないが。
「……わたしがバグ、っていうのは?」
「さあ?」
すっとぼけているのか、とも思ったが、聞いておいてとぼける意味は無い。
案の定、何か言葉を挟む前にレイベリーは重ねて話を続ける。
「そういう存在が出てくる……としか聞けなかった。『お前の比にならないバグが発生する』という台詞からも察するに、同じ無色でも更に例外的な存在を指していると俺は考えている」
「どうしてわたしが?」
「転生者だと自分で白状したろ」
静かにカップを傾けていたユリウスが会話に参加する。
「転生という現象は常識としては空想のものだからね。どこからの転生なんだい? 三百年前とか、もしくは四桁年代?」
カナタはここで齟齬が発生している事に気が付いた。
単に転生といえば生まれ変わったとしか考えない。どこからの転生かといえば、同じ星からと考えるだろう。
しかし、カナタは異世界からの転生である。
「いや……ここじゃなくて――」
「地球」
その時、きっと私は鳩が豆鉄砲を食らったような顔として見本になれる表情をしていたはずだ。
この世界の人間が知るはずもない単語が、この世界の人間から出る。
それがどれだけ異常な事なのか、カナタにもわかる。
この世界の星は全体を指す場合に『星』としか呼称されておらず、『地球』みたいな呼び方が存在していない。
強いて挙げるならば、『この偉大なる雄大にして肥沃な神の皿』だとか『やがて還るべき母なる大地』とか、大袈裟に装飾して盛った呼び方しかないのだ。
「そうか……じゃあ、あの毛玉の神様と同じ所から」
勝手に驚かせて勝手に納得するのを止めてほしい。ていうか毛玉ってなんだ。
思いのほか優雅な仕草でカップを口に運ぶユウに、すっかり飲み物の存在を忘れていたカナタは気持ちを落ち着かせるためにカップを手にして一気に傾けた。
「――お茶じゃんこれ!!!!」
「そうだが」
絶叫した。
こちらに来てから数十年。記憶が薄れつつあった中で、入れられた液体に感じていた既視感はこれだったのだと確信する。
地球にあったものに酷似したものはいくつか見てきたが、これはあまりにも慣れ親しんだ緑茶そのものであった。
異世界にも関わらず牛も馬も存在するのに何を今更、という話でもない。
この世界に日本色の強いの物品――米、味噌、醤油。着物や刀などといった存在を確認していなかった。
これでもカナタはこの世界において一端の貴族ではあるので、ときおり商人や他の貴族に珍しい品は無いかと交流を兼ねて調査していたことがある。
あまりにも成果が上がらないので、この世界はそういうものかと納得をしていたのだが、まさかここで遭遇することになるとは夢にも思っていなかった。
「お茶を知らなかった、という訳じゃなさそうだね。それは最近流行りの緑茶って言うんだけど」
「流行り……」
どう見てもお茶だろ、という反応をしたレイベリーの代わりにユリウスが説明を入れる。
どうにも緑茶も紅茶という括りの一種という扱いらしく、紅茶の呼び方が一般的にお茶なのでお茶の存在に驚いた人みたいなややこしい事になっていた。
「すみません、故郷の飲み物と同じものだったので、つい……」
「ほう」
「へぇ」
よほどハマったのか、二人とも貴族の割には場末の酒場で労働者が酒をお代わりしまくるみたいにガンガンお茶を注いでは飲んでを繰り返していて、尿意が心配になってくる。
かといって女性の口から「そんなに飲んで大丈夫ですか?」と問うのもなんだか憚られる気がして、カナタは小さな口で少しずつ飲んでいたユウの観察に逃げた。
しかし本当にお人形さんみたいで可愛いなこの娘は。
「で、地球……毛玉、じゃないや。仮にわたしがその『バグ』だったとして、待っていたっていうのはなんなんですか?」
気になるワードが連発された上に緑茶まで出てきたので危うく当初聞く予定だった内容を忘れる所だったが、なんとか持ち直す。
「世界を壊したいから」
間を置かずに放たれた言葉には迷いが微塵も無かった。
嘘でも冗談でもなく、本気で言っている。そこにどれほどの覚悟や背景があるのかは知る由も無いが、少なくとも実行に移したいという熱量だけは台詞に灯って見えた。
「……わたしに何の関係が?」
世間に吹聴すれば馬鹿にされるか呆れられるか、最悪牢屋や病院にぶち込まれかねない話にどうして巻き込もうとするのか。
そこにどんな理由があるのは全くわからない。
「世界を壊すのには大きな障害がある。歴史上最高の魔導士とか世界最強の剣士だとかは一要素……もっと根本の、神様だ」
「居るんですか? 神様」
「居る」
カナタは転生前に目にした女神の姿を思い起こす。
自分が事故で死んだ事を告げてくれた彼女は、決して夢の中の妄想などではなく実在のものだった。
だが、この世界において神様の存在は古の時代にお隠れになられた存在。創世記における星をお創りになられたとされる人も及ばぬ神という偶像は、物語の中だけに留められた『まだ解明されていない現象』に過ぎない。
「でも、実際に神様に会ったなんて話は聞いたことないですけど」
「その内出てくるだろうな」
根拠も無くさらりと言ってのけるので、こっちがおかしいのではないかと心配になってくる。
一体全体どうしてここまで神の存在を信じて、あまつさえそれを障害と呼ぶまでに至ったのか。
「セヴン先輩はラプスカリオン先輩と同じで世界を壊したいんですか?」
この溜まり場に居て話に加わっている以上聞くまでも無い事かもしれないが、どうしても確認せずにはいられない。
≪御三家≫に属している者が(別に高位の貴族だからといって人格が保証されている訳でもないにしろ)、このような言動をそのままに放っておくとも思えなかった。
「壊すというとちょっとニュアンスが異なるけど、大枠は一緒かな」
レイベリーが道化を演じている可能性は潰えた。
至極真面目に答えられてしまい、反応に窮したカナタはユウに縋る。
「ユウ……ちゃん、は?」
「わたしはユリウスのしたいことをやります」
なるほど。なるほどなるほどなるほど。二人も乗り気なんだ。
頭を抱えそうになるが、ここで止まっていても話は進まない。自分から疑問を尋ねに来たのだから、解消できなくとも質問が尽きるまでは留まろう。
会話の中で生まれた新しい疑問点もある。
「その……中庭で聞いた時から思ってたんですけど、バグがどうこうって神様から直接言われたみたいな感じでしたよね。神様って何人も居るんですか?」
そう、レイベリーは中庭で自分にカナタのような存在が現れる事を神様から告げられたと話した。これから反抗しようという輩に、女神が直接出向いてそのような事を伝えたのだろうか。
そして、ついさっき出た『毛玉の神様』という単語。
ここへ産まれ落ちてこの方、世界における神という存在は女神――クルヌエルという名前のただ一柱だけが担っている。
創世記では星自体はクルヌエルより前に別の神が創って、それを彼女へ任せたという話が冒頭に記載されているが、その星を創った神は元々そういう役割で他にいくつも星を創り出して旅をしているという存在で、創生以降の関わりは無いとされている。
創世記自体や他の神話を扱う書籍でも『星を創って別の場所へ行った』以上の詳細な記載は無い。その名前すらも。
カナタが転生前に会った時は、真っ白な空間に一人で佇んでいた。
勿論、その時はクルヌエル一人が居ただけで実際は他にも神様が存在したという可能性もあるかもしれない。
彼女が他の神様の名前を奪う事で神の座を独占して、他の神様は反抗する手札を探してレイベリーを手先にした――というと、それらしい話になってくるが。
「いいや、ここにはクルヌエル一人という事になっている。君のとこの神様にそう教えてもらったんだ」
「――地球の神様?」
地球にも……銀河系にも神様は存在したのかという素直な驚きと、どうしてレイベリーが地球という単語を知っていたのかについて合点がいく。
が、こうなると一つの大きな謎が立ち塞がる事になる。
「ちょっと待ってください。神様に教えてもらったって……神様に会えるんですか? そもそも、なんでここに地球の神様が居るんですか?」
「今夜、証拠を見せる。十分に興味は持ってくれたらしいしな」
ここまで来てお預けを食らうと思っていなかったカナタは一瞬呆けてしまい、その隙間へ差し込むようにレイベリーは懐から取り出した板をテーブルへ並べた。
七夕に使う短冊を縦割りにしたサイズ感の薄い鉄板が三枚。一部がL字やコの字に切り抜かれたそれらの内一枚を、カナタの前に滑らせる。
「夜の九時にまたここへ。正門の守衛にそれを見せれば通してくれる。君、時計は?」
「持ってます」
こちらの世界では数年前にようやく懐中時計が生まれたばかりだ。
どの街でも基本的には朝の六時から九時、十二時と、終わりの十八時間までを三時間刻みで時間を知らせる鐘が鳴る仕組みになっており、住人はそれを基準に動く。
据え付けの時計にしろ、庶民には未だ高価で安易に手がだせる代物ではない。
入学祝いと称して両親が最新技術の塊である懐中時計を贈ってくれていたのは幸いであった。
思いもよらぬ出来事に困惑していたカナタは、冷静になれる時間ができたと却って安心感を覚え始めていた。
数時間後にはまた驚かされる羽目になるだろうが、何より地球の神様というのは気になる。
(私が死んだ後どうなってるのか聞けるのかな)
死んだ直後――転生した時は、展開が展開だけに気にするだけの猶予もなかった。
だが、時間が経って徐々に自分の住んでいた世界とは異なる未知の世界を知り始めた辺りから、自分の死が周囲へどういう影響をもたらしたのかが気掛かりとなっていたのだ。
「これは個人的な好奇心から聞くんだけど、君のいた世界はどういう所なんだい?」
残りの話は全部ひっくるめて夜に行う、という事なのだろう。
肝心の世界を壊したい理由についても地球の神様が鍵を握っているのかもしれない。
話の区切りをするかのように場の話題が切り替わり、ユリウスの関心に満ちた視線がカナタをつつく。
「そうですねぇ……ここよりは科学技術が発展していて……遠く離れた個人同士で会話ができたりとか」
「遠くの人間と? どうやって?」
「そういう機械があるんですよ。街の端と端とかじゃなくて、国を跨いでも大丈夫で」
「それは素晴らしいね。工業が発展すれば蒸機駆動にもそういうものができるかな」
「あ、わたしの世界では蒸気じゃなくて電気が一般的な動力だったので……ん? 別に動力が違っても関係ないか。形は違うかもしれませんが、同じ物は生まれるかもしれませんね」
「ふむ。電気というと雷?」
「えーっと、こっちとは事情が違って……昔、雷雲に凧を突っ込んだ人が居まして――」
異世界人バレしたからといって気軽に自分の世界について話していいものかという葛藤はあったものの、携帯電話や車の事を話したからといってその辺から急に生えてくるわけでもないだろう、とカナタは聞かれるままに色々と話をした。
もしかするとユリウスが自前の財力で気になった物品の模倣を作製するかもしれないが、それはそれで多少文化や技術の発展に寄与したというだけで不利を被る事も無い。
結局、地面が夕暮れのオレンジ色に染まるまでの間、カナタはずっとユリウスの興味を満たす噺家を務めたのだった。




