第4話 叛逆者たち
本日の授業を終えたカナタは、想定以上の疲労感に足取り重く植物温室へと向かっていた。
魔導図書館の杖を持つ彼女に関心を寄せる人間は多く、貴族らしく慎ましやかに距離を近づける者たちを引きはがすのに相当な労力を支払わされたのだ。
都会の転校生に興味津々の小学生みたいな勢いが無いのは有難かったが、慎ましやかな分ひとりひとりがちゃんと喋るものだから時間がかかるかかる。
「なのかしら」「なのかい」「ですわ」「そうだね」とまぁ丁寧な言葉遣いには違いないが、会話のテンポが遅いのなんの。
これだから貴族は! かー、ぺっぺっ!
などと無駄に悪態をつきながら、貴族らしからぬ足取りでずんずんと歩いてゆく。
それにしてもアリスには申し訳ない事をした。
話題の渦中から逃れる為に彼女の無詠唱について触れたばかりに皆の興味がそちらに傾き、結果としてはサンドバッグの役割を押し付けてしまった。
まぁアリスの無詠唱を鍛えたのはわたしなんですけどね、ガハハ!
彼女の実力と同時に魅力も広まるであろう事は友人として嬉しい。
桃色のふわふわしたボブヘアーに出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる体型、素直で純粋かつ豊かな感情表現は世の男を惹き付けて止まないはずだ。女子でさえその可愛らしさの虜に――お? これ寝取りか???
そもそも誰のものでも無いアリスに対して勝手に満足して勝手に独占欲を発揮したカナタは、「このままではアリスを取られる!」という身勝手極まる被害妄想全開で教室へ引き返そうと身を翻そうとして――
「ん?」
複数の男子に取り囲まれた女子生徒の姿を発見した。
遠目に見ても仲の良い一団と思える雰囲気ではない。
目的の植物温室付近は、校舎から距離があるので人気も少ない様子であり、放置していては他の助けも望めないだろう。
ただ、つい数時間前の失敗もあるので足音を殺しながら近づいて会話の中身を拾い上げていく。
「無色に無色って言って何が悪いんだよ」
「わたしにはユウという名前があります」
「無色は脳みそすっからかんか? 同じ事ばっかり言いやがって」
いや絶対ダメなやつだわこれ、早く助けようそうしよう。
「お?」
「ああ?」
速足で三人組の男どもへ割って入ったカナタは、無言のままむんずと囲まれていた女子生徒の手を取って校舎の方へ戻る。
「なっ……おい!」
「ああん?」
貴族の癖に田舎の芋不良みたいな事してんじゃねーよ、と追い縋ってくる男子生徒にガンをつける。
魔術にしろ魔法にしろぶっぱなしてくれればこっちのものだ。証拠不十分でも、この男子生徒らからにじみ出る柄の悪さは生来のもの。即刻謹慎処分、最悪停学にまで持っていけるかもしれない。
「いきなり入ってきてなんだよ、お前は!」
「ナナシノゴンベエ」
「は? ……おい、こいつも無色だぞ」
無職じゃなくて学生っつってんだろぶっとばすぞお前。
連れ出した女子生徒を後ろ手に隠して足を止める。
「無色だったら?」
敢えて問う。
どういう答えにしたってこちらを嘲る内容であるのは承知しているが、中身が過激であればあるほどカナタには都合が良い。
「ここはな、お前たちみたいな欠陥品が来る場所じゃねーんだよ」
うーん、いまいち。もうちょっと捻りのある台詞が欲しい。
少し煽ってみるか、と口を開いたのと同時だった。
「――ボクの所有物を欠陥品扱いか」
「!?」
カナタは反射的に身体が強張るのが分かった。
台詞と同時に視界に移り込んだのは、中空に煌めく金髪と甘いマスクを備えた長身痩躯の美男子。
やたらめったらイケメンなのはさておき、彼は言葉と同時に空間に現れた。
視界の外だったとかではなく、気づいたら柄悪貴族どもの横に居たのだ。
「なん――」
「待てって!」
一人が詰め寄ろうとしたのをもう一人が制す。
制した男子生徒ははわかりやすいくらいに顔を真っ青にして二人を押しのけ、金髪の美男子に頭を下げた。
「お、お久しぶりでございます、ユリウス様」
「ユリウスって、まさかセヴンの……」
「黙れ! ……失礼しました」
『セヴン』という名前にカナタも思わず仰け反った。
アダストラ王国において軍事関連の長、太尉を務める≪御三家≫――セヴン家。その子息が目の前に居る。
「君とはどこかで会った事があったかな?」
「は、はい。二年前、皇太子のお誕生日会の席でご挨拶を……」
脂汗を垂れ流す男子生徒に、冷たい言葉が突き刺さる。
「覚えていなくてよかったね。名前がわからなくては先生へ報告できないから」
「っ! も、申し訳ございませんでした!!」
言葉と裏腹に表情に浮かぶ薄い笑みは、恐怖を煽り立てるには十分だった。
不良仕草はどこへやら、直角姿勢で謝罪をして一目散に走り去っていく男子生徒たち。その様たるやまさに脱兎の如しである。
一般生徒への≪御三家≫の影響力を改めて思い知ったカナタは、またもや数時間前を思い出して少し憂鬱になった。
「ユウを庇ってくれてありがとう」
「はぇ」
イケメンが軽々しく近づくな!! 好きになっちゃうだろ!!
軽く情緒不安定になりかけたカナタは、努めて冷静に背後に隠していた子と入れ替わる。
「ん、ン゛ッ! いえ、何か囲まれていたので反射的に……」
「あそこから見えていたよ。ボクも行こうと思ったら、君が現れてね」
美男子の視線の先にあるのは目的の植物温室だった。
校舎の離れにひっそりあるとはいえ、家が何件か収容できる程度には大きな施設ではある。思っていたより人気があるのだろうか。
何にせよ、タイミング良く居てくれて助かった。
「ありがとう」
カナタが助けた女子生徒も、礼を述べて頭を下げた。
こうして落ち着いて見てみれば、身長の低さもあるが顔つきが随分と幼い。まだ十二歳かそこらではないだろうか。学院の制服であるローブも、最小寸法だろうに裾が地面に届きそうだ。
さらさらと揺られる透き通った乳白髪のショートヘアに常盤色の瞳は、どこか空を眺めるような無機質な表情は人形めいた雰囲気を漂わせている。
それはそれとして――
(か、カワイイ!!)
助ける時は気にしていなかったが、改めて見ると可愛さの権化であった。
貴族には美男美女が多いなぁ、と意識を飛ばし掛けていたが、これ以上感情を乱すと奇行を始めて不審者になりかねないので、なるべく柔らかい笑顔を作って返す。
「どういたしまして」
最終的に助けてくれたのはこのイケメンなのだが、ここで謙虚に下がっても「いやいや」合戦が始まってしまうので素直に返礼しておくのが吉だ。
「ところで……もしかして君がカナタ・オルレック?」
笑顔がビキリと固まった。
もしや一日待たずして何か噂が広まってしまっているのか。それはマズい。非常にマズい。
何がマズい? と頭の中に潜む鬼が語り掛けてくるが、『≪御三家≫の揉め事に身分も弁えず勝手に突進してきた新入生』というレッテルは下手をすれば卒業まで尾を引く。背びれもついてるかな~? などとふざけられない。
「……………………………………………………はい」
錆びついた機械よりもぎこちない動作で顔を上げ、処刑台へ吊るされゆく面持ちで相手の様子を窺う。
「ふふ、なるほどね」
一人で納得しないで欲しい。
いったいどこで端っこ貴族の新入生の名前を知ったのか教えてほしい。
「レイベリーから話は聞いたよ。新入生が助けに入ってきたって」
「あ、ああ~……」
心底安堵したカナタの口からため息にも似た声が漏れた。
当事者の口からであったならば変な伝わり方はしていないはずである。
「ユウまで無条件に助けてくれたのを見るに、君はかなりのお人好しのようだ」
決して皮肉ではなく、芯からの言葉だとわかる柔和な笑み。
嬉し恥ずかしながらも、自分の切り札を見据えての行為でもあるので申し訳なさも感じていた。
無論、自分の考える正道に則った行動をしているつもりではあるのだが。
「無謀でもある」
「ぃ――」
意識外の直ぐ真後ろから飛んできた声に思わず悲鳴を上げそうになる。
いつの間にやらカナタの至近距離に詰めていたのは、目的の人物であるレイベリーその人であった。
いちいち距離の近い貴族どもだなぁ! と、カナタは跳ね上がった心臓を抑える。
「レイベリー、許可は貰えた?」
「ああ。使うかどうかはこの新入生次第かな」
何か自分の知らぬ所で自分に関わる話が進行している。
嫌な気配を察知したものの、かと言ってここまで来て心の内にある霧をそのままにして帰る訳にもいかない。
もし意味深な言葉だけで中身が無かったのなら、その時は自分の思い過ごしだったというだけだ。
「ヒッテマン先生に言われて来たんだろう? 中で話そう」
何も言わずとも状況を見透かした言動に、カナタは言葉に詰まって頷くしかなくなる。
連れ立って入った植物温室は、建物周辺の雑木林のせいで正面からは判別できなかったが奥行がかなりあるようで、区画の植生ごとに適切な温度へ調整が成されていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
温室の最奥、今の季節では相対的に肌寒く感じる区画。
正方形に切り分けられた温室は他に比べて生育されている植物が少なく、どちらかと言えば自然で装飾した応接室といった趣であった。
中央に据えられたラウンドテーブル、セヴン家の者に椅子を引かれてカナタはおずおずと着席する。
熟達した紳士的動作にはいっそ自分が仕えられる側ではないかと錯覚するほどであり、極まった礼儀作法を叩き込まれている≪御三家≫の子息を前に改めて背筋が伸びる思いだった。
「わたしは一年生のユウ・セブン=セヴンです。あなたの名前も教えてください」
(せぶんせぶん?)
自分の左側に座る幼女から突然の自己紹介をかまされ、 二枚目の親類だったのかと面食らいながらもカナタは居住まいを正して応じる。
「一年生のカナタ・オルレック、です」
「オルレックはいつも何をしていますか?」
面接始まった?
「ユウ、みんなの自己紹介が先だよ」
窘められたユウは小さく頷いた。
表情が薄いので掴みづらいが、ほのかに落ち込んでいる気配を察知してカナタは要望とフォローを放り込む。
「カナタでいいよ。わたしは何て呼んだらいい?」
「わかりました。わたしはユウと呼んでください」
んん~硬い! 話し方が硬ったいんだよな~!
同級生なんだからもっと気楽に、と言いかけた所でカナタは重要な部分に気が付いた。
この子もセヴン家なんだから、格式を考慮すれば軽々しく絡んでるわたしの方がおかしいのでは? と。
「ゆっ! ……ウ様」
「フッ」
真正面に座っているレイベリーに鼻で笑われた。
「? わたしの名前はユウです」
「いや……そうじゃなくて、ですね……」
言いかけて途中で過ちに気づいて修正を入れたものだから不自然な呼びかけになってしまい、おまけに名前を間違えたと思われたのか当人にもう一度名乗られる始末。
平坦な表情で小首を傾げる彼女になんと理屈をつけたものかともごもごしていると、端で何やら作業をしていたセヴン家の子息が苦笑しながら戻ってきた。
「家の肩書は忘れて、気軽に接してもらえると助かるな。特にユウには」
カチャリ、と眼前にソーサーに乗せられたカップが置かれた。
苔に似た緑色の液面と立ち上る新緑の香りに強烈な既視感を覚えつつ、礼を述べる。
「ありがとうございます。えっと……」
「ボクはユリウス・セヴン。御覧の通り三年生で、君と同じ無色だ」
四枚羽の大鷲の成鳥に無色を示す白の腕章は、ここに来る前から目に入っていた。
彼も、ユウも、そしてレイベリーも。
ここに居る全員が魔力を持たない理外の者たちである――カナタも含めて。
「二年のレイベリー・ラプスカリオンだ、よろしく」
何気なく差し出される手。握手を求めている右の手。
果たしてその手を安易に握り返して良いのか。単なる挨拶にどうしてこうも脳内から警告が発されているのか。体が拒否反応を起こしているのか。
――――直感。
この手を握ったら否応無しだぞ、という無意識の精神的重圧が質感を得たものが彼の右手に鎮座している。
自分ではない……これは相手の持つそれだけの何かを感じ取ってしまっているのだ。
カナタの手にじっとりとした嫌な汗が滲む。
「……馴れ馴れしかったか」
そうこうしている内に、レイベリーは表情も変えずに手を引っ込めた。
少々の間にカナタが戸惑いではなく躊躇いを抱えていた事を彼は見透かしていたが、握手を無理強いするほど重大な行為だと見なしていない。
「ともかく、ようこそ。俺たちは君を歓迎する」
計り知れないものを抱えた彼の瞳は、カナタを真っすぐに見据えていた。




