第3話 代替品
グッと拳を堪えたカナタは天を仰ぐ。
選択肢間違ったかな~、と全てを投げ出しつつあった彼女へ、上級生は心底嬉しそうにして立ち上がった。
「じゃあ君がそうなのか」
「そうですね、わたしも転居生活者です。なんせ家から王都までは離れているもので。転生して一人暮らしするの初めてなので大変なんですよ~……ん?」
『君が』?
用意していた言葉で早口にあしらうカナタだったが、ふと先ほどの台詞に脳のニューロンが疼く。
「隠す必要は無い。ずっと君のような無色を待っていたんだ」
無色無色と言われると、学生の身でありながら我が身を失業者のように感じてしまうので本当にやめてもらいたい。
それまで人を観察する目だったのが、急激におもちゃを見つけて瞳をきらきらと輝かせる子どものようになったのに非常に不安を覚えた。
「……待っていたっていうのは? さっきも君が、とか言ってましたけど」
「言われていたんだよ、神様に。『その内、世界を壊すような人間が出てくるぞ』っていう風にね」
こいつ今わたしのことバグっつったか? やったろか?
(――――?)
いや待て、『バグ』? コンピュータのような電子精密機器の無いこの世界に、そんな言い回し無くないか?
「ちなみに君の力って、どんなもの?」
「っ!?」
ずい、といきなり顔を近づけてくる上級生にカナタはタジタジとなる。
あまり乙女ゲーは嗜まなかったが、こっちへ来てからというもののどいつもこいつも創作から出てきたような容姿端麗の美男美女で辟易していた。
向こうで生きていた頃は男女のあれそれとは縁遠い生活であったし、まかり間違っても自分より二十センチは違うだろう長身の男子に迫られた経験も無い。
だから、このようにして銀髪の美男子が吐息も触れんばかりに急速接近してきては非常に困る。心底、困る。
「あ、つっ、力っすか~?」
一転、弱気になって口調も噛み噛みになったカナタは一歩後ずさる。
お前の距離感の方がよっぽどバグだろ! と言いたい気持ちではあるが、それを態度にすら出せない自分のチョロさを呪った。
「何をしている」
カナタの気持ちに呼応するように救いの手が現れる。
とっくの昔に予鈴が鳴って授業は始まっている時間。なのに中庭に生徒が残っているとなれば声を掛けるのが教師である。
魔術科を示す羽の印が入った教師用の緑色の腕章。何の誰かは知らないが、この際はなんでもよかった。
「あっ、す、すみません! えっと」
「新入生が迷ってたので案内をしていたら、つい話し込んでしまって」
上手い言い訳だ。
咄嗟に弁が立つのは羨ましくもある。
「ほぉ……無色同士、お似合いではあるな」
こいつ敵か?
全く軽蔑する素振りを隠す事もしない言いぶり。蔑視に含まれた嘲笑は、この世界へ降り立って久しぶりに受けるものだ。
が、魔術や魔法を使いましょうという学校に、そもそも使うための魔力を持たない人間が居ては顰蹙である事は十分に承知していたこと。
それらを押してなお、ここへ来た理由だってちゃんとある。
「生徒を茶化すのは関心しませんな」
そうして嫌味な教師の更に後ろから、今度はやや小太りの教師が現れた。
「ゲオルグ先生、これは学院の品位にも関わる事ですよ。不良の生徒を野放しにしたのでは示しがつかないでしょう」
「品位を語るなら相応の品格をもって応じていただきたいものです」
魔術科教師にピシャリと皮肉を叩きつけ、小太りの教師はカナタに歩み寄る。
「カナタ・オルレック? 君の次の授業を担当するゲオルグ・ヒッテマンだ。授業が始まっていますので教室へ行きましょう」
「は、はい」
「レイベリー、君もだ」
「失礼します」
まだ何か言いたそうにしていた魔術科の教師を置き去りに、ゲオルグの速足に引きずられるようにしてカナタはようやくその場を離れられた。
「先生、ありがとうございます。ご迷惑をおかけして――」
「君の友人に聞いたんだ、まだ中庭に居るだろうと。どうにも言いづらそうにしていたから来てみればあれだ」
怒っているというわけではないらしい。
歩幅を緩めたゲオルグは、どこか不機嫌な表情を浮かべて内緒話でもするかのように耳打ちをする。
「経緯は知らないが……誰しもが君やレイベリーのような存在を疎ましく思っているのではない。アレは少し潔癖なだけだ」
アレ、というのは先ほどの魔術科の教師のことだろう。
「さっきのはわたしが授業をサボりかけてたのが悪いので……」
「オルレック、それは関係の無い話だ。学院に居る生徒、子どもに対してああいう言葉遣いを教えるのが大人としての役割ではない」
足を止めてまでそう言い切る教師の前に、カナタは黙って頷く。
短い会話から随分と生真面目な教師だという印象を与えられたが、同時にこういう属性の人間が堅苦しくて苦手なカナタは別の話題を取り出した。
「あの先輩、レイベリーって名前なんですね」
「なんだ、彼は名乗らなかったのか?」
呆れた様子で再び歩み始めた教師に追随する。
「レイベリー・ラプスカリオン。君と同じで魔力を持たないが、彼の権能は大半の事を再現できる」
「再現?」
「火を出せと言えば火を出す。空を飛べと言えば空を飛ぶ。要するに、魔力を使ってできる事を、魔力無しで行える」
反則では?
「……現象を再現できる力って事ですか?」
「いや、それはわからない。何せ本人が再現以上の事をしない上、中身について話したがらないからな」
これまでどういった権能があったのかを調べた事はあったが、『印を付けた場所に瞬間移動できる』とか『龍に変身できる』とか、一部強烈ではあるが汎用性には乏しいものばかりしか見当たらなかった。
魔術や魔法の模倣を行えるのであれば、実質的に外辿血系では無いのではないだろうか。
もしかすると何か限定的な要素で縛られている可能性はあるが、聞く限りでは異端の中での異端といった風の権能である。
「彼に興味があるか?」
「少し、ですね。ふへ」
やべ、ちょっと気持ち悪いのこぼれた。
いきなり恋バナ? お前あいつの事気になってんだろ的な?
「であれば、放課後に植物温室に出向くと良い。大抵はそこに居る」
「……ありがとうございます」
極めて真剣な、生徒を思いやる表情でそう告げられてカナタは恥じ入った。
先生がせっかく外辿血系同士の繋がりを気に掛けてくれたのに、自分がどれだけ低俗であった事か。
「さあ、気を取り直してこれからの生活に目を向けてもらおうか」
気づけば教室の前だ。
人が揃ってる状態で中に入ってくのってすごい気まずいんだよな~、と渋い顔になりながらも先生の後に続いて教室へ入る。
「ッス、アッス」
挨拶にもならない妙な言葉を呟きつつ、空いている席へ向かう。
幸いにも教室は皆して静かに待っているようなお利口さんばかりではなく、賑わう中で特に注目を浴びる事もせずに着席できた。
「静粛に」
一言にして静寂が訪れる。
こういう部分は本当に良い所の貴族ばかりがいるのだと思わされるところだ。
「本日の前半は学内の案内だったので、本格的な授業というのはこれが初めてになるな。私はゲオルグ・ヒッテマン。魔術科の教師として教鞭を取らせていただく」
こうして冷静に見ると、白髪交じりのオールバックに細い切れ目は結構な威圧感がある。実際にそういった部分も、生徒を一瞬で黙らせた要因なのかもしれない。
漠然と正面を眺めていると、くい、とローブの端を引っ張られる感触があった。
「大丈夫だった?」
「アリス」
小声で話し掛けて来たのは、中庭までゲオルグを差し向けてくれた友人――アリス・インヘリタンス。
幼い時から付き合いのある、いわゆる幼馴染の彼女が先生に事情を説明してくれたお陰もあって、カナタは一時の難を逃れる事ができた。
生徒は誤魔化しているつもりでも、教壇からは教室内の様子というのは想像以上に観察できる。三十名弱の教室ではなおさらで、カナタは極力教壇へ視線を向けながらできる限りの小声で礼を述べる。
「ありがと、助かった」
「止めたのに飛び込むんだからひやひやしたよ……」
彼女からすれば、文字通り冷や汗ものであった事は想像に難くない。カナタは彼女が童顔の上級生がセンサルティオ家だと警告したのに向かっていった。
学内の有力者に下手な意見を申し立てれば、気を損ねて一発で今後の学園生活が地獄になる可能性もあった。というか、ある。
噂話というものは非常に厄介な中毒性を秘めており、平民でも貴族でも好んで触れる者は沢山居る。人間が生来のゴシップ好きなのは、この世界でも変わりない。
あの中庭での出来事を目にした生徒は多い。
結末まで知る者は多くないだろうが、それが返って好奇心を煽り立てて妙な捻じれ方で多数に伝わる懸念は残っていた。
「ほんっとうにごめん。まぁ、もし何かあってもわたしだけだと思うから」
「そういうことじゃなくて――」
「――では、アリス・インヘリタンス」
見つかった。
「はいっ!!」
「魔術と魔法の違いを簡潔に説明してみたまえ」
がたがた、とアリスが慌ただしく席を立つ。
先生が何を話していたかまでは、ほとんど意識が向かっていなかった為に朧気にしか把握できていないものの、流石にこの程度の基礎知識部分で躓くほどアリスも不勉強ではない。
「えー……魔術は自分の魔力を体内で練り上げて、使用したい形式に変化させる事で発火や突風といった現象を取り出す事ができるもので、魔法は魔力を使って妖精に呼びかける事で、妖精に魔術を肩代わりしてもらうものです」
「ふむ、魔法に対する認識がやや粗雑ではあるか。正確には、妖精が大地から吸い上げた魔素を使用者の想像した形、もしくは誓願した形に現わしてくれるものだ」
体内で生成される魔力を取り出す方法の二つ。
ポピュラーなのは魔術の方であり、魔法はそこいら中に存在すると言われる不可視の妖精へ声を届ける適正が無くては扱えない。
故に、教育課程の共通部分には魔法は座学のみで実践は含まれていない。
あるのは個々人に課される個別課題の場合か、二年次以降の教科選択で魔法の専門課程を選んだ場合だけである。
(魔力無いからわたしには関係無いんだよねぇ……ってことも無いんだよね、これからは)
そっと机に立てかけておいた杖の柄に触れる。
前世では魔法使いだとか魔女だとかの従来のイメージは杖とセットな事が多い。
しかし、この世界ではそういうスタンダードが無く、杖は老人の歩行補助道具や旅行者の装備でしか馴染みがないようだった。
文献などでは『大地の魔素が満ちた長命の樹木から切り出した木材で造り出した杖には、妖精への呼び掛けを手助けする力がある』という記述が存在する程度だ。
「この中に魔法を使える者は?」
立ち上がったまま手を上げるアリスと、他一名。
国中から魔力を扱う者としての素養が高い貴族が集まっていてこの数だ。学院全体を併せても、十数名居るか居ないかになるだろう。それほど魔法を扱える者は少ない。
この世界では魔術を使う者を魔術師と呼ぶが、魔法を使える者は単体を指して魔法使いとは呼称せず、原則として魔術を使える事と併せて魔導師と呼ばれている。
「ちょうど良い。アリス・インヘリタンス、前へ」
「はい」
アリスが少し嫌そうな顔になったのを、カナタは見逃さなかった。
気持ちはとてもよくわかる。国語の授業で音読だけで済んだと思っていたら、ついでに板書までしろと言われた気分なのだろう。
もう一人居たんだから次はそっちに振ってほしかった、と内心ではため息をついているに違いない。
「まずは魔術を見せてもらおう。簡単なものでいい」
人の前に出て何かを披露するというのは慣れていなくては緊張するものだ。
教壇へ出たアリスにしても例外ではなく、 緊張の見られる表情で右腕を上げ、掌を上へ向けた。
「ふぅ……」
一息入れた後、ボッと空気の燃焼する音と共に拳大の火球が生まれる。
同時に、教室内にざわりとした空気が広がった。
「無詠唱か」
ゲオルグの言葉にカナタは唇の端を歪ませた。
危ない危ない、わたしが笑ってしまっては変に思われてしまう。
「――っ!」
さらに一段、火力が上がった。球状だった火が細く立ち上り、青色に変化していく。
バーナー顔負けの熱気に満足気に頷くカナタだったが、ある事に気が付いて「あ」と声が漏れた。
「あ」
同じくとんでもない事実に気が付いたアリスは、慌てて魔術を打ち切ろうとして魔力を乱してしまい、立ち上っていた炎がぶれた。
暴発する――と、前列のものが身構えた中。
「課題点あり、だな」
ゲオルグは平然とした表情でアリスの右手に自分の右手を重ねた。
アルコールランプに蓋をする要領で爆発しかけた炎を簡単に止めてみせた彼は、煤でも払うかのような仕草で右手を軽く振る。
「す、すみません!」
「無詠唱での魔力行使は素晴らしい。咄嗟の操作に難点があるようだが、克服できれば中々の使い手になる。最後まで顔を逸らさなかった気概も大したものだよ」
「ありがとうございます……気を付けます」
張りきったアリスの魔術は天井を焦がしていた。
このままでは燃え広がるかとも思われたが、何かしらの難燃材質であるのかわずかに焦げた臭いが立ち込めただけで済んだ。
前世の学校の教室と比べれば、この教室の天井は二倍程度の高さはある。
だいたい四から五メートルの火柱が立ったと考えると、魔力を扱う者のなんと恐ろしい事か。皆が凶器を持ち歩いているのと変わりないないのだから。
「では、続けて魔法を」
アリスは目を瞑り、気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐く。
「――妖精さん、火をください 」
注がれる湧き水を受け止めるかの如くに重ねられた両手に、小さな燈火が生まれる。
離れていながら熱気を感じた火柱と比べれば随分とかわいい種火であったが、魔法最大の利点は術者の魔力を針の先の水滴ほどしか消費しない事。非常に燃費が良いので、羨む者も多い。
「先生?」
見本とするにはやや長い経過にアリスがゲオルグの顔を見遣ると、彼ははっとしたように退壇を促した。
どこか考え込んでいたようにも見える。
「失礼、よくできている。お手本となってくれたインヘリタンスには評価点にプラスだ」
上手なやり口だな、とカナタは感心した。
授業で生徒の積極性を引き出すには、わかりやすい飴が必要である事をゲオルグはちゃんと理解している。
こうして卒業までに内申点を稼げれば、高い学位を得て卒業を迎えられて進路に困る事も無いはずだ。家督である者には関係ないだろうが、そのレベルの人間は決して多いとは言えない。
「さて……魔術、魔法については皆が知っての通りだが、近年では蒸機駆動の発展を通じて新たな手法が生まれつつある。カナタ・オルレック」
(まあこうなるだろうとは思ってたよ、うん)
教室中の視線が集まるのを全身で感じながら、先端のカバーを取り外した杖を握りしめて教壇へ出向く。
アリスとのすれ違いさまに「頑張って」と囁かれたが、その顔色の何と清々しい事か。自分の出番が終われば誰しも気楽なものである。
「なんだあれ」
「無色か」
「銃?」
またもや教室がざわめく。
カナタの杖を見かけていた者は、先端を覆っていた布が露わになる前であれば単に個人的に持っている道具か何かとしか考えていなかった。
「これは、最近王国主導で開発された蒸機駆動の杖、魔導図書館の杖だ」
長さはカナタの身長より大きめの百七十センチ前後。百センチと少々の柄は合金製で、機械部分と思しき部分は長方形の箱じみた先端に四対のかぎ爪にも見える装飾が施されている。
全体の暗い鈍色がなんとも冷たい印象だった。
名前だけ言われても、といまいちピンと来ない顔をする生徒たちを眺め、ゲオルグはカナタへ頷いてみせた。
それを使用許可だと受け取ったカナタは、杖の取っ手と機械部分の境目にあるレバーを親指で引き下げる。
カシャン、と軽い音と共に長方形の箱の側面が開いた。
そこへ懐から取り出した魔力源石――六角錘に加工され、鋼鉄の立方体にはめ込まれた特殊な鉱石を挿入して蓋を閉じる。
「炎よ」
構えた杖の先端、かぎ爪部分の先に火が灯り、一同が目を丸くした。
これだけでは燃料を使った小型の火炎放射器にしか見えないだろうと、続けざまに技を披露する。
「氷よ」
先端の火が掻き消え、冷気から生まれた指向性の無い氷塊がごとりと床へ落ちた。
「風よ」
今度は目には見えない風の螺旋が弾け、残っていた冷気と共に涼し気な風となって飛散する。
「御覧の通りだ」
一通りの変化を見せた事で皆が理解できたと判断したのだろう。
ゲオルグは一拍の間を置いて生徒たちの様子を観察し、興味と関心の占める雰囲気の中で説明を始める。
「腕章に気づいていた者もいるだろうが、彼女は外辿血系のため魔力を持たない。しかし、こういった者でも模擬的に魔力を行使できるのが魔導図書館の杖だ」
そう、カナタがわざわざ魔力を持たない身で学院の門を叩いたのは、彼女がとある件がきっかけとなって魔導図書館の杖の実験台となったからだ。
使用者の感触をフィードバックしつつ完成形へ近づけるための検証手段として、彼女は学院に派遣された、という言い方が正しい。
「ここ数十年では鯨油を用いた蒸気機関である蒸機駆動が発展を遂げているが、魔術や魔法に関わる大きな進化は無かった。そういった意味では、この魔導図書館の杖は新しく発達した技術と古くからの技法が交わった、新時代の橋頭堡と言っても過言ではない」
否が応でも目立つ存在であるので覚悟はしていたが、そうやって声高に唱えられては余計に目を惹いてしまう。
冷静に努めようという本人の意思とは裏腹に、彼女の顔面は笑みと羞恥の混ざった引き攣った表情を浮かべていた。
「蒸機駆動が誕生してから、相対的な魔導の価値が落ちたと平民や外辿血系を腐す者が居るが――」
至極真剣な言葉が教室内に響く。
「――貴族の本懐は魔にあらず、だ」
しん、と静まり返った室内は、時が止まったと錯覚を起こすほどであった。
各々がゲオルグの言葉を嚙み砕く中、彼は間をおかず授業を再開した。




