第2話 外辿血系
「…………君は?」
虚を突かれた面持ちで闖入者としての正体を問われる。
眼前の上級生――ラザーは、勢を削がれて面食らっている様子だった。
「一年生のカナタ・オルレックです……と申し上げます。ラザー・センサルティオ先輩…………様の方が良かったかな……」
伏し目がちに小声でぽそぽそとつぶやきながらも、カナタは大きく腕を広げて立ち塞がる。
そんな彼女に目を奪われていたラザーは、どうやら自分たちを取り巻く状況に今更気が付いたようだった。
校舎から降り注ぐ中庭を取り囲む視線の数々。校舎の形、ロの字の中心になっているこの場所には四方から関心の目が寄せられている。
こういう目立ち方は双方にとって非常によろしくない。
「そうか、君は新入生か。オレの名前を聞き及んでいるのは光栄だ。以後、お見知りおきを」
「アッハイ、どうもご丁寧に……」
「もしかしたらオルレック君には誤解を与えたかもしれないが、少しばかり彼との議論が白熱してしまってね。決して諍いを起こすつもりでは無かったんだよ」
カナタと同じ事を察したのか、白々しくも大仰に肩を竦めてみせたラザーは釈明を述べた。
何でもないように言い含められれば、大した追及も無くこの場を終える事ができる腹づもりなのかもしれない。
「わ、わたしも『無色』です!」
中庭と校舎までの距離感を考えれば、よほど声を張らなければ会話の内容は聞こえない。
ではどうしてカナタが二人の上級生の間に割って入ったのかといえば、校舎まで聞こえるほどの声をラザーが発していたからだ。
自分自身も魔力を持たない身で陰口を叩かれる事があったのを顧みた時、同じ境遇であろう外辿血系の生徒が怒声に詰め寄られるのを黙って見過ごす訳にはいかなかったのだ。
しかし、乱入によって返って冷静になったのか、ラザーは言い訳をそれらしい形に積み直してきた。
「どこから聞いていたかはともかく、先にも述べたように議論が少し道を外れてしまったんだ。オレには決して魔力を持たない人々を冷遇する気持ちは無いし、そういったことを勧めるつもりも無い」
「えっ」
「新入生がオレの名前を知った上でこう飛び出してくるのは大したものだ。普通はセンサルティオの名を聞けば、無用に憂惧するものだが」
微妙に話が逸らされ、ラザーの瞳が品定めでもするかのようにカナタを見据える。
カナタの黒髪に栗色の瞳はこの国では珍しい出で立ちだった。視線が分かるほどじ
虚を突かれた面持ちで闖入者としての正体を問われる。
眼前の上級生――ラザーは、勢を削がれて面食らっている様子だった。
「一年生のカナタ・オルレックです……と申し上げます。ラザー・センサルティオ先輩…………様の方が良かったかな……」
伏し目がちに小声でぽそぽそとつぶやきながらも、カナタは大きく腕を広げて立ち塞がる。
そんな彼女に目を奪われていたラザーは、どうやら自分たちを取り巻く状況に今更気が付いたようだった。
校舎から降り注ぐ中庭を取り囲む視線の数々。校舎の形、ロの字の中心になっているこの場所には四方から関心の目が寄せられている。
こういう目立ち方は双方にとって非常によろしくない。
「そうか、君は新入生か。オレの名前を聞き及んでいるのは光栄だ。以後、お見知りおきを」
「アッハイ、どうもご丁寧に……」
「もしかしたらオルレック君には誤解を与えたかもしれないが、少しばかり彼との議論が白熱してしまってね。決して諍いを起こすつもりでは無かったんだよ」
カナタと同じ事を察したのか、白々しくも大仰に肩を竦めてみせたラザーは釈明を述べた。
何でもないように言い含められれば、大した追及も無くこの場を終える事ができる腹づもりなのかもしれない。
「わ、わたしも『無色』です!」
中庭と校舎までの距離感を考えれば、よほど声を張らなければ会話の内容は聞こえない。
ではどうしてカナタが二人の上級生の間に割って入ったのかといえば、校舎まで聞こえるほどの声をラザーが発していたからだ。
自分自身も魔力を持たない身で陰口を叩かれる事があったのを顧みた時、同じ境遇であろう外辿血系の生徒が怒声に詰め寄られるのを黙って見過ごす訳にはいかなかったのだ。
しかし、乱入によって返って冷静になったのか、ラザーは言い訳をそれらしい形に積み直してきた。
「どこから聞いていたかはともかく、先にも述べたように議論が少し道を外れてしまったんだ。オレには決して魔力を持たない人々を冷遇する気持ちは無いし、そういったことを勧めるつもりも無い」
「えっ」
「新入生がオレの名前を知った上でこう飛び出してくるのは大したものだ。普通はセンサルティオの名を聞けば、無用に憂惧するものだが」
微妙に話が逸らされ、ラザーの瞳が品定めでもするかのようにカナタを見据える。
カナタの黒髪に栗色の瞳はこの国では珍しい出で立ちだった。視線が分かるほどじろじろと見られる機会は少ないが、それでもこうして目を惹く。
見た目に目立つ自分が入学早々に≪御三家≫と衝突したとあっては今後の生活に障りが出る可能性もあるのだが、そうなったらそうなったで覚悟を決めるしかない。
そう腹を括ったカナタを置き去りにし、ラザーは急に質問を畳みかけてきた。
「君、出身は?」
「サンイースト領の山岳地区、です」
「プラハ辺境伯のか。まだ機鉄も敷かれてない場所からでは、ここまでは馬車で随分掛かったんじゃないか?」
「えっと、一週間、でした」
「王都には初めて?」
「は、はい」
「となると、本格的な蒸機駆動を見るのも初めてだったかな? 寮生であればハースト通りにある王立工房のものが間近に見られたはずだ」
「あ、はい! とても立派ですよね」
「課外授業の一環としてウィンドノース領のスポタボギニ山へ赴く際には機鉄に乗ることになる。ここは魔法魔術だけでなく、近年発達した利器にも触れる機会が多いからね。きっと良い刺激になると思うよ」
「へぇ……」
まるで面接か関所の検問で行うような質問に思考が明後日の方向に飛び始める。というよりも、早い段階でカナタ自身が彼への認識を改めていたからというのもあった。
魔術も魔法もろくに使えない落第扱いの『無色』を理由に人をなじっているのかと思ってみれば、自分に対してはそういう視線が全く感じられない。
『無色』全体に対しての悪感情があるのならば、例えやり過ごす為でも多少は視線に悪念も籠るものだが、それらしい気配は一切無かったのだ。嫌悪感を持たない状態の彼は、声を荒げていた時と打って変わってすこぶる好青年然としていた。
カナタは生前の頃から人の視線、そこに乗る感情にはとても敏感だった。
それは転生を果たした現世でも変わりなく、だから彼への警戒を解く事にしたのだ。
「ふむ、予鈴だ。オレはこれで失礼するよ。」
「――あの!」
コーン、コーン、と次の授業を知らせる鐘が鳴り響く中で、カナタは深く頭を下げた。
「勝手に誤解して突っかかるような真似をしてすみませんでした!」
もはや前屈かと思うほど限界ギリギリにまで頭を下げる姿勢に、行く末を見届けようと周囲にたかっていた者の一部からは失笑が漏れるほどであったが、対してラザーの反応は思いのほか気っ風の良さを思い知らせるものであった。
「何か困った事があればいつでも訪ねて来るといい、カナタ・オルレック」
どこかキザったらしく手を一振りしたラザーは、そのまま校舎へと消えていった。
「……君」
残された方はというものの、少し気まずい。
自分のちっぽけな正義感から衆目を集めることで余計な恥をかかせてしまったかもしれない相手を前にして、カナタは視線を合わせられずにいた。
かといって背後の相手に礼節を欠く訳にもいかず、恐る恐るといった具合に振り向く。
「す、すみませんでした!」
そうして間髪入れずにまたもや頭を下げる。
こういうのは事後対応が肝心。もたもたしていては火に油を注ぐ事態になり兼ねない。
死ぬ前の嫌な記憶が脳裏を過り、見えない所でしかっめ面になってしまう。
「一つ訊きたい」
「えっ……なん、でしょうか」
妙に通りの良い声を前にして、姿勢そのままにピンと背筋が張り詰める。
「自分を簡単に捻り潰せる相手に、どうして躊躇いなく出てきたんだ?」
言ってしまえばカナタの行為は無謀の極みであった。
事の中身はどうあれ、万が一≪御三家≫相手に機嫌を損ねてしまえば、その者の人格によってはあっという間に学園生活の孤立が約束されてしまう。
それだけ≪御三家≫の名前が王都において、ひいては貴族社会において大きいのもあるが、何より新入生が見ず知らずの者の為に自分の人生を賭して義憤の駆るまま行動したのは正気とは言えない。
「わたしは――」
視線を逸らし胸前で手を握りしめたカナタは、数瞬だけ瞑った目をしっかりと名前も知らない上級生へ向けた。
「――自分に正直でいたいだけです」
果たしてどれだけの間があったのか。
「いいな」
一言。
それだけを言い残し、眼前の上級生は沈黙する。
「…………」
気づけば中庭にはポツンと二人。
恥をかいたのは自分一人だけだったのではなかろうかと頭を抱えたカナタは、ままならなさに身悶えしたい気持ちでいっぱいだった。
「カナタ・オルレック……カナタ……ふむ」
「あの~……?」
どうしてか急に名前を反芻し始めた上級生。
よくよく見れば彼の銀の頭髪はこの世界でも早々お目にかかることは無い。自分と同じで珍しい部類の人種だな、と顔色を窺いつつ声を掛ける。
結局、彼は招かれざる客であった自分にどういう感情を抱いているか不明なままだ。
「君、世界を壊したいと思った事はあるか?」
「は???」
突拍子もない質問に自分でも驚くほど大きな声が出てしまい、「ああ、いや」などと意味にならない言葉が口から漏れ出ていく。
この世界に生まれて十余年、初対面の人間から中二病に溢れた質問を受けたのはこれが初めてだ。
前世であったならば「力が……欲しい……!」などとふざけて返せたかもしれない(そもそもそんな冗談を言ってくる相手もいなかった)が、この世界には残念ながら二次元創作大好き集団は存在していない。
普段からこんな言動ならそりゃ突っかかられもするわ、と若干自分の行動に後悔をし始めたカナタだったが、そんな彼女の様子を知ってか知らずか上級生は絵空事を重ねてくる。
「例えばこの世界に神様が居たとして……そいつがどうしようもなく傲慢で、考え無しで、人間の事を自分を崇め奉るだけの存在としか見ていなくて、自分を崇拝させる為ならなんでもするような、悪魔じみた奴だったとしたら嫌じゃないか?」
別に神様じゃなくてもそんな奴はお断りだ。
「まぁ、そういう人が居たら嫌ですけど」
「人なら可愛いものだ。相手は世界を創った神、人には及ばない力で様々な奇跡を起こしてくる」
「はぁ……」
本気で神様を目の敵にしているのだろうか。
思春期が訪れた男子に中二病は付き物だ、と兄に諭された記憶が掘り起こされる。
宗教の話にも関わってくるので安易に否定するつもりもないが、どの宗教でも信奉されている神に思想上の対立から反対派が居るのは自然なこと。大抵は神そのものより、その教義を需要できない場合の方が耳にするが、彼の場合は果たしてどちらなのか。あるいは坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということなのか。
それにしたって、あの女神様がこうも悪者にされているのは可哀そうだなとは思う。
確かに自分が転生する時に会った女神様は、この世界では唯一神として崇められてはいる。教会もたくさんある。
ただ、毎朝礼拝しましょうだとか、異教徒は排除せよ、みたいな宗教一辺倒なものが生活に染み込んでいることはない。
何が気に入らなくって「世界を壊したい」などという過激な発想になるのか不思議でしょうがなかった。
「これは君に特に関係ある事だ。『無色』の君には」
「…………」
『無色』だから関係がある。
そう言われると、カナタとしては一転して興味のある話なってくる。
『貴女には新しい世界で生きる上で、不便の無い力を与えます』
『貴女を不自由に縛るものから全て断ち切る力です』
『前世のような理不尽な仕打ちとはもう一切の縁を絶てる力ですが、決して濫用はしないように』
転生前に女神から言われた言葉を反芻する。
この世界において魔力とは全ての人が持つ要素であり、生まれた時から身に宿る素養。容量の大小に違いはあれど、魔力とは『原則』であるはずだった。
しかしどういう訳か、稀に存在する。魔力を持たずに生まれる者が。
そうして彼らが代わりに持つのは、外辿血系と言われる魔術や魔法では出力できない力を操る術である。
カナタも、その稀の内の一人としてこの世に生を受けた。
別にそれはいい。
『転生した異世界でチート能力使ってゆるゆるグルメを楽しむ暮らし~最弱クラスの冒険者、実は最強能力を持っていたのでハーレム作って昔の仲間を見返してやります!~』みたいな感じで、世界観に似つかわしくない凄まじい能力を授けられる主人公というのは転生ものには付き物だ。
実際に自分が車に轢かれてベタな転生をしてしまった事はともかく、この世界における例外枠の力を持たされたこと自体はなんらおかしくはない。
それとは別に気掛かりなのは、外辿血系の者たちが悉く短命な事である。
大体は十何歳そこら、場合によっては幼い時分に病気や事故で亡くなった事例もあり、『世界の理から外れた存在だから、世界に拒否されている』などと言われている有様だ。
過去、貴族の中には生まれた赤子が魔力を持たないと判断されたので、出産直後に『間引かれた』という話もあった。
これを知った時には冷や汗ものだったが、幸いにもカナタの両親はそういった定説とは無関係に自分を愛してくれたのでとても感謝している。
それはそれとして、女神から直接力を授かって転生した自分にも、いずれそういった災難が降り注ぐのではないかと戦々恐々としているのも事実。
生まれてこの方、他の外辿血系の者と会えた試しが無かったので、彼には非常に興味があった。
そう――もしかして外辿血系は自分と同じで全て転生者ではないのか、という考えが頭の隅っこに居座り続けていたからだ。
もしそうだとすれば、自分の死期が近いという事に他ならない。
生まれ変わってまたもや早晩に死ぬかもしれないという仮説に至ってしまっていたカナタは、新しい世界での気持ち良い生活に浮かれながらも真綿で首を絞められるような想いをしていた。
だから、長年の心のもやもやに対する答えに近いものを、眼前の上級生が握っているかもしれないという期待があったのだ。
「……もしかして、あなたも転生者なんですか?」
我慢しきれずに、カナタは先手を打った。
もしも『何言ってんだこいつ』みたいな顔をされても、「え? 転生ですよ転生、転居生活。先輩地元ここっすか? いいっすね~実家から通えるの。駅近すか?」などと誤魔化す準備はできている。
「おお」
何が「おお」だよ。