転生悪役令嬢は筆を取る
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私はなろうに連載していたただのオタクだ。
とにかく日々の嫌な思いを執筆に叩きつけていた。
理不尽なクレーム! 理解不能の親戚の毒舌! 介護負担! ぶつかりおじさん! お客様センター理不尽クレームおばさん! ピンポンダッシュガキ! パワハラクソ上司! セクハラくそ先方! 絶妙に誹謗中傷にならないグレーを切り込んでくるちくちく言葉のプロ連中! 足元見やがるクソ高学歴! 家の前で立ちションする通りすがりのジジイ! 実家の隣の廃墟から湧き立つ虫! 頭痛! 肩こり! 生理痛! 美容目的で保険適用の薬をもらいに来る連中! 新幹線開通に合わせて消える在来線! 道に落ちた入れ歯! 多頭飼い崩壊! 色々! その他色々!
全てに腑が煮え返る!
だがしかし、私のざまあ小説の中ではお前らは所詮ゴミよ!!
あっはっはっはっは!
私のざまあ小説で無様な最期を送りやがれーッ!!!
――と思って生きていたら、色々あって私は一生を終えた。
詳細は伏せるが、善良なるトラック運転手にも車掌さんにも迷惑をかけなかったのは、自分を自分で褒めてあげたい。なでなで。
ええい人生なんてどうでもいいわ! 面倒ごとから死に逃げじゃ! クソ●ァッキン生活とはおさらばだ! あばよ!
◇◇◇
「婚約破棄だ、エリザベス公爵令嬢。以下、理由は書面にて」
――そして転生後。
私は乙女ゲーの悪役令嬢に生まれ変わってしまったので、最初からルートも予定調和も全てブッチして、ただの顔ばかりが派手な趣味は執筆活動な引きこもり令嬢になった。
もちろん婚約者の王太子は私を婚約破棄する。そんな女、王太子妃には向いていなさすぎるからだ。周りの人も「家柄だけはいいけど、あの女を王室に入れるのはどうかと思います」みたいな対応だし、私の父親でさえも婚約破棄に怒らずに、
「いやあ私も……なぜ娘を王太子殿下の婚約者に推してしまったのかよくわかりません」
と言う始末だ。
なにせ、婚約破棄が普通に両家の親族の前でつつがなく行われてしまうレベルに。
婚約破棄の現場で皆さんが語る。
「いやはや、なぜ婚約していたのか……」
「そういう『運命』に我々が押し流されていたとしかおもえませんな」
うーん、乙女ゲーの予定調和力ってすごい。
他の偉いおじさんが、口を開く。
「まあでも、王太子妃は男爵令嬢のマグノリア様にきまりましたし」
「そうですねえ、男爵令嬢だから身分違いだなんて……言う人はいませんからねえ。むしろ王家の血が濃くなり過ぎて、全員同じ疾患に冒されていますし。顎が割れてそこから第三の顎が生える疾患」
「その特効薬がまさかマグノリア男爵令嬢の実家で育てていたチューリップから取れるとは思いませんでしたぞ」
「チューリップ、製薬業、そしてきときとのお魚……マグノリア男爵令嬢の故郷の領地は今後栄えましょう」
「改名したほうがよいかもしれませんぞ、山のような富を生む土地として――」
そんな和やかな名残惜しい歓談で、婚約破棄は幕を下ろした。
私はそそくさと部屋を後にする。
すると。
「お待ちください!」
廊下で一人になったところで、後ろから誰かが呼びとめる。
振り返ると、マグノリア男爵令嬢が血相をかえてこちらにやってきていた。
息を切らす彼女は落ち着いてから、改めて深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。どうしても、エリザベス公爵令嬢にお話がしたくて……っ、エリザベス公爵令嬢、どうか、失礼は承知でお願いいたします。少しだけでも、お話できませんか?」
これが本物の悪役令嬢なら「あらいやですわ! 令嬢のくせに走りやがって-1点! 格上に自分から声をかけて-1点! 歓談の席を逃げ出してきて-1点! 以上三点満点からマイナス3点で合計0点! おととい来やがれですわ!」と言っていたかもしれないけれど、私はまあ元々一般底辺社会人女。礼儀作法はどうでもいいので、彼女にハンカチを渡して背中を撫でておちつかせながら、東屋へ向かう。
彼女は本当に恐縮しきりだった。そもそも婚約破棄の現場に彼女も同席していたのだが、その時点で彼女は真っ青になっておろおろしていたのだ。可哀想なくらいに。
なんで自分が本当に王太子の婚約者になっちゃったんですか~!? と言いたげな顔だった。
マグノリア嬢はおろおろしたまま、深く頭を下げる。
「こんなつもりじゃなかったのですが、本当に申し訳ありません」
「いいのよ、別に私も誰も怒ってないわ。あの場で見たでしょう?」
「ええ……でも、私もなりたかったわけでは」
ストレートに口にする子だ。私はちょっと好感度が上がった。
「ですわよねえ。普通は……なりたくないわよねえ、王太子妃なんて」
あの場では婚約破棄を誰もとがめなかった。
むしろ婚約破棄ができて、とてもすがすがしい!というムードさえ漂っていた。
――まあ、だからこそマグノリア嬢は逃げ場がなかったわけだけど。
「恐れ多いです。こんなことになるなんて思ってませんでした」
マグノリア嬢は鼻水をかんで、いやいやと首を振る。
「おかしいんです。私に何かが起こるときはいつもたまたま、王太子殿下が居合わせるんです。ちょっと意地悪なちくちく言葉を言われただけの場面に居合わせたり、私が一人で魔術の練習をしているときに居合わせたり、図書館で転んだ時なんて、床に先に王太子殿下が転んでいたんですよ!? ぶつかって最悪でした!」
「それは……ご愁傷様だわ」
「そしてなぜか私の対応が全部、王太子殿下の心を射止めてしまったようで……王太子殿下だけでなく、周りの大臣や宰相、国王陛下や貴婦人達も」
「あらあらあら」
これもいわゆる、運命の予定調和というものなのだろう。
彼女も別に好きできときとのお魚の美味しい製薬業が盛んでチューリップが美しい土地からわざわざ離れて王太子妃になりたいわけではないのだ。
「私、全く王太子妃の教育なんて受けておりません。それは実家の親もです。どうすればいいのか」
「……断れないわよねえ」
「うえーん」
目の前で彼女はしくしくと泣く。
「わかったわ。私が不甲斐なかったばかりにあなたに迷惑をかけているのだから、責任は取りましょう。うちの両親があなたのご両親をサポートするし、私もできる限りあなたを助けるから」
「ええん、やはりエリザベス公爵令嬢が復縁なさるべきでは」
「復縁したくないわ」
「えっ」
「げふんげふん……うーーん……ここまで全面同意の中で覆すのは難しいですわ」
「めそめそ」
私の目の前でマグノリア嬢は泣く。
押しつけ……代わって貰う……ええと、頼ってくれた彼女のために、せめてもっと力になりたい。何か、私にできることはないだろうか。
――ひらめいた。私には前世から、ストレス解消法があったのだ!
「そうだわ」
「え?」
「私、あなたの愚痴を聞きますわ。私ならあなたが誰に対して不敬を言っても愚痴っても、聞いてあげます。これから色んな人に愚痴りにくくなるでしょうし、どうかしら?」
「いいのですか?」
「ええ!」
私は快諾した。
愚痴は大事だ。
今の私の発言通り、彼女の立場上、これからは愚痴を誰にも言えなくなると思う。
王太子の悪口を言ってしまえば不敬になるし、今まで仲良しだった男爵令嬢仲間には嫉妬されるだろうし、かといって高位貴族のご令嬢は今の時点で憤怒でふんぬな人も多いだろう。
私はといえば、むしろ愚痴を聞くくらいはしてあげたいくらいだ!
嫉妬もしなければ、愚痴を聞いてあげないと……という罪悪感すらある、適任だ。
「魔術契約書を結びましょう。あなたから聞いた話は、そのまま公言しないと誓うわ」
「ありがとうございます、エリザベス公爵令嬢!」
「でも一つだけ約束してくれないかしら」
「はい」
「……聞いた分だけ、私、趣味のネタにしてもよろしいかしら? もちろん匿名でやるし、あなたに迷惑をかけないように誓うわ」
「? ……はい、もちろんです。それはいいですが。何をなさるんですか?」
私は笑顔で言った。
「小説よ! ざまあをしまくる、最高仕返し小説よ!」
「まあ素敵! 読んでみたいです、公爵令嬢!」
「交渉成立ね!」
私たちは握手を交わした。
また今世でも、怒りのはけ口のような小説を、いざ! 執筆するのだ!
◇◇◇
そして私は彼女の愚痴をもとにざまあ小説を執筆しまくった。
「聞いてください公爵令嬢! 大神官に私野良犬って言われたんですよ!」
「あらあらまあまあ、サメにでも食われるといいわねそんな奴」
早速、大神官をモデルにした男が突然異世界から現れたサメに食われる話を書いた。名前も姿も全部変えているし、ファンタジー大神官にしたので問題ない。
匿名で出版したところそこそこ人気になり、二作目で骨になった大神官をモデルにした男が骨を犬に舐めしゃぶられる続編を書いた。ニッチな性癖だとあまり受けはよくなかった。でも楽しかった。
「ええーん! 学園で貴族令嬢たちにいじめられましたー!」
「しょうがないわね、学園が突然オークの群れに襲われる小説でも書きましょう」
それから私は学園に異世界から突如オークの群れが現れ、皆に襲いかかる話を書いた。オークときいていやらしいことを想像したかもしれないが、私は公爵令嬢だし、この世界のいやらしいコンテンツへの耐性は低い。だからオークがたくさんやってきて、セクシーなダンスを踊り始めるというネタにした。それだけでも十分スケベなのだ。本はスケベなみなさんに大人気になった。
が、オークの皆さんだけが悪者になるのはなんだかよろしくない気がしたので、二巻では全裸の人間達が異世界から飛んでくる話、三巻では全裸のエルフが飛んでくる話にした。
最終的には書籍レビューを載せた口コミ雑誌で『この作者、全裸が書きたいだけなんじゃないのか?』『肉体の書きかたが生々しくて、作者は変態』などと酷いことを言われた。くすん。
けれどサメ神官の話を気に入ってくれた人は、こちらも気に入ってくれた。楽しかった。
「ええーん! 王太子殿下が私の事を好きだと言いながら悪友とばっかり遊んでます!」
「ふふ……それは……それはそういう話にするしかないわね!」
この世界ならRPSもnmmnもねえ!だがちゃんと本人だと分からないようにぼかすわ!
ということで、私は王太子殿下と悪友の生々しいドラマティックなラブロマンス小説を書いた。なんとこれは異例の大ヒットを遂げてしまった。貴族令嬢から平民女子までこぞって買いあさり、読みあさり、私の知らないところで二次創作小説まで生まれていた。私の方が読みたいと思い、マグノリアと一緒にお忍びで地下即売会に入ってたっぷり買った。楽しかった。
その他、色んな愚痴を私は全部小説にしてあげた。
すると最初はぶーぶーと現実に文句を言い、愚痴と弱音ばかりを吐いていたマグノリアが、次第に落ち着いてきたのだ。
二年もすると、マグノリアは穏やかな物語を好むようになった。
平和な世界で、あたたかな場所で、女の子たちが幸せにくらす話などを。
◇◇◇
いつもの東屋で、私は彼女に尋ねた。
「恋愛ものもスカッとする復讐物も、興味がなくなったの?」
「そういう訳じゃ無いんですけど……何があってもエリザベス様がやり返し小説を書いてくれるんだって思うと、笑って流せるようになったんですよ」
「……あなたも、王太子殿下の婚約者として、心が決まってきたのね」
「はい。運命に私も、しっかり向きあおうと思います。……その力をくださったのは、エリザベス様の小説です。……たくさん、私を笑わせようとしてくれて、ありがとうございました」
深く頭を下げられ、私は胸がじんと熱くなった。
この二年、私はマグノリアの一番近くにいた。彼女の涙も喜びも、苦しみも、全部受け止めてきた。だから知っている。マグノリアが本当に強くて前向きな女の子だと。
この子が幸せになれるなら、私は転生した甲斐があると思った。
ずらずらと書き残してしまった問題作も、彼女のために生まれたものだとすれば、誇らしい。
「……エリザベス様こそ、何か書きたい物はないんですか?」
「私?」
「はい。今度はエリザベス様の書きたい物語を書いてください。私、読みたいです。私のためのスカッと話でも、私を励ます話でもない。……エリザベス様の思いを込めたものを読みたいです」
私は少し考えた。
――一緒に気兼ねなく、仲良く過ごせる友人。理解ある家族。
どんな作品も、受け止めては「馬鹿じゃねえのw」と言ってくれたり、「面白かった」と言ってくれたり、好き放題に色々わいわい楽しんでくれる読者の人々たち。
私は幸せだ。
もはや不満や愚痴の吐き捨て場としての創作は、私も必要としなくなっていたのだ。
「……そうね。親友が幸せになって、それを国中の皆で祝福する物語を書きたいわ」
「私に気を遣ってません?」
「そんなことないわ。ハッピーエンドの物語を書きたいのよ。素直にまっすぐに、女の子が幸せになるお話よ」
「いいですね。私も読みたいです。楽しみにしてますね!」
「ええ!」
そうしてすっかりマグノリアと一緒に毒気が抜けた私は、物語を書きながら、マグノリアの人生の節目節目をいつも支えることになった。
マグノリアと王太子殿下は仲睦まじい夫婦になった。
王太子殿下はいつも「僕が彼女を世界で一番愛している」とのろけるけれど、私の方が愛してるわ、と心の中では思っている。
だって王太子殿下もしらない心のどろどろを耳にしているのは私だけだ。
マグノリアのウエディングドレスの試着だって私が付き添ったし、マグノリアの初夜の感想を聞いたのも、懐妊の話を聞いたのだって、私なのだ。
その後私も側近の人と結婚をした。
マグノリアの息子がよちよち歩きをするようになった頃には、過去の『運命』に翻弄された婚約破棄の顛末は皆すっかり忘れ去った。
その後にやまほど書いた有象無象の小説も、きっと皆忘れている。知らないけど。
けれどこの世でマグノリアだけは、鍵付きの本棚に私の作品を入れてくれている。
マグノリアが王太子妃から王妃になったその翌日、彼女は私にこっそりと書庫を見せてくれた。
「世界にもチラ見させてあげたけど、本当はこれは、私だけの物語なのよ」
「そうね。あなたのための物語だったわ……」
マグノリアは笑う。
私は、その笑顔で心の底から満たされた。
私の衝動と暴走とどうしようもない創作欲は、大切な女の子の幸せの礎になったのだ。
富山にいる大好きな知人を思いながら書きました。富山弁の女性大好きです。
お読みいただきありがとうございました。
楽しんで頂けましたら、ブクマ(2pt)や下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(全部入れると10pt)で評価していただけると、ポイントが入って永くいろんな方に読んでいただけるようになるので励みになります。すごく嬉しいです。







