ワトソン
書きたい小説のラストだけを練習したよ
ボブ・ブラウンは笑いながら警部に連れていかれた。
その160センチにも満たぬ小さな体を楽しそうに揺らしならがらにこにこと笑顔を崩すさずに。
この小さく可愛らしい青年と、これまで考えられてきた凶悪な連続殺人事件の犯人像を結びつけることはその場にいた誰にとっても困難なものであった。
「本当にきみなのか……?」
警察という立場にある者は本来、こんな問いを犯人に問いかけることはない。
だが警部はつい聞いてしまった。
周りの手が止まる。
一瞬の静寂のあとボブは
「え?あ、そうです」
となんでもないように答えた。
警部の後ろで藤田は目を伏せ、唇をかみ、拳を握りしめていた。
誰が彼を疑っただろうか。
そもそも彼は名探偵、藤田の助手であるのだ。
誰もが彼と信頼していた。
藤田を除いて。
今回の事件の被害者である3人は皆藤田のもとへ相談や依頼に尋ねたことのある人物だった。
容疑者に藤田が挙げられるのは自然な流れであり、藤田は自身の無実を証明するためにこの事件を暴こうとするのもまた自然な流れであった。
そして彼はたった1週間で警察が半年間追いかけていた連続殺人事件の犯人がボブだと明らかにしたのだ。
この半年間ボブは探偵助手という立場を駆使しその秘めたる欲望を満たしてきた。
きっと藤田の事務所を新たな人物が尋ねてくる度にの容姿を評価し、自身のコレクションにふさわしいか観察していたのだ。
彼が個人的に契約していた部屋には数々の剥製が几帳面ににそろえられて飾られている。
扉を開いた瞬間に香る、消臭剤と血が混ざったような匂い。
息の詰まるような独特の雰囲気を持つその部屋に被害者の剥製が奇麗に揃えられていたのだ。
剥製は刺傷などもなく綺麗な状態で飾られていた。
藤田からの連絡を受け警察が駆けつけた時にはボブは既に藤田によって床に組み伏せられていた、にこにこと人懐っこい笑みを浮かべながら。
連行されたボブは特に弁明することもなく、取り調べも裁判も挙げるべき特徴もなく終わった。死刑判決を言い渡された時でさえ彼は笑みを崩さなかった。
私は筆を置き、ふぅと息を吐いた。
窓から見える景色は既に軽く暗闇に覆われており、仕事から帰宅している人々が見える。
この一週間、ボブと藤田と私は行動を共にしてきた。その間ボブはどんな気持ちで捜査の手伝いをしていたのだろうか。
岡本 夏希様
私の名前が宛名の手紙を手でなぞりながらふと思い出した。
今日帰り道が別れる前に寝る前に読んでくれと藤田から渡されたのだ。
そういえば五、六年ほど前に藤田の前の助手が捕まったことがなかっただろうか。
たしか彼がアメリカにいた頃だから日本ではあまり話題にならなかったのだ。
私の記憶違いでなければその助手の名前はケビン・ホーソン。
ケビンが手にかけた被害者は全身の皮が剥がれてたと新聞に載っていたはずだ。
私は背筋を凍らせた。
ボブは以前兄がいると言っていなかったか、と。
その兄が逮捕された事が理由で両親が離婚したと。
兄とは趣味も同じで仲が良かったと。
そもそも今回の被害者の中にはボブと20センチ以上背丈に差がある男性も居たのだ。
刃物を持った程度で彼が殺せるのだろうか。
いやそもそも剥製に刺傷などはなかった。
ならば脳などを揺らし気絶させた後で首でも閉めたのだろうか。
否、彼には不可能だ、身長が足りない。
私は体の震えを抑えることができずに震えながら藤田から受け取った手紙を手に取り読んだ。
内容は今夜私の家に向かうと、そこで完成した記事を読ませて欲しいと。
突然チャイムがなった。
恐ろしい予感がした。
なぜ藤田はわざわざ手紙を書いたのだろうか。
なぜ寝る前に読むように言われたのか。
なぜこのタイミングで私の元を訪れたいのか。
私は震える手で扉を開いた。
「次はイギリスにでも行くかな」
カチリと岡本の部屋の鍵をかけて、軽い足取りで藤田は夜の雑踏と闇に溶け込んだ。
文書かくってむつかしい