愚かで甘い王太子の後悔しても遅すぎる恋心の物語
「フォレス王太子殿下。わたくし達が婚姻した後、そちらの令嬢を妾妃に迎えるつもりなら、わたくしに話を通して下さらないと困りますわ」
メレニア・アルフェルト公爵令嬢は、いつものごとく、無表情で、フォレス王太子に話しかけてきた。
王立学園の教室の中の話である。
下位貴族であるはずの男爵令嬢マリア・トルド。
フォレス王太子の隣の席に座り、べったりとくっついている、桃色の髪の可愛らしい令嬢である。
フォレス王太子の最近のお気に入りで、貴族が誰しも行く王立学園の登下校の際も、学園で授業を受ける時もいつも傍に置き、所、かまわずイチャイチャしていた。
フォレス王太子はメレニアを睨みつけて、
「何故?マリアが、妾妃?私はマリアを王妃にしたいと思っているが?」
メレニアは表情も変えず、淡々と、
「王妃の仕事をこちらの方が出来るとは思えませんわ。男爵家の令嬢ならば、妾妃が丁度よいかと思われます。側妃の仕事だって、荷が重いでしょう。ですから、後に後宮を管理するわたくしに話を通して下さらないと困りますわ。後、こちらの令嬢を紹介しておきます。アイリーヌ・テルリド伯爵令嬢。側妃候補の令嬢ですわ」
「アイリーヌ・テルリドでございます。よろしくお願い致しますわ」
フォレス王太子はイラついた。
アイリーヌという女もどうせ、メレニアのアルフェルト公爵家の派閥の令嬢なのだろう。
メレニアから愛を感じられない。
幼い頃からの婚約者であるメレニア。
出会った頃は表情がコロコロ変わる可愛らしい令嬢だったのに。
そんなメレニアにフォレス王太子は夢中になって。
色々なプレゼントをし、公爵家に押し掛けて、メレニアとテラスで楽しくお茶をした。
だが、王妃教育を行うようになって、この美しい銀の髪のこの令嬢は、昔のようにコロコロと笑う令嬢ではなくなり、最近では無表情で。
フォレス王太子はそんなメレニアを見て、いつもイラついていた。
昔のメレニアは可愛かったのに。今のメレニアは大嫌いだ。
父であるアルフォンソ国王は母である王妃の他に側妃を数人持っているが、王妃をそれはもう大事にして一番愛情を注いでいるのが見ていてわかる。
母もそんな父を愛しているようで、仲睦まじい夫婦だ。
母である王妃の子が、フォレスしか出来なかったのもあり、側妃を数人迎えて、弟妹がフォレスには5人いる。
フォレス王太子は思うのだ。
王妃である妻と心を通わせて愛のある暮らしをしたい。
それなのに、最近のメレニアはいつも無表情で冷たい。
自分の派閥の事しか考えていないのだ。
だから、表情がコロコロと変わる男爵令嬢マリアに恋をした。
マリアを王妃にすれば、自分は癒されて、満たされて、仕事もやる気が起きて、それはもう幸せな暮らしが出来るだろう。
メレニアみたいな冷たい女が王妃?今では傍にいるのも嫌だ。
後宮の事にも口出しされたくない。メレニアの息がかかった女など、側妃にも迎えたくない。
だから、メレニア以外の女と今まで浮気をしてきた。
最近、知り合った男爵令嬢マリアは特に自由奔放で可愛くて可愛くて。
決めたのだ。メレニアのいう事なんか聞くものか。
マリアを王妃にして、メレニアを婚約破棄してやる。
翌日、王立学園に行ってみれば、マリアを見かけない。
「マリアはどうした?」
前の席に座っている、公爵家の令息に聞いてみる。
「マリア?そんな女性いましたか?」
他の生徒達にも聞いてみても、皆、首を傾げるばかり。
フォレス王太子は思った。
やられたと。
メレニアの仕業に違いない。
マリアを亡き者にしたのだ。マリアだけではない。トレド男爵家ごと、無きものにしたのだ。
対抗派閥はどうした?アルフェルト公爵家の対抗派閥、エフェル公爵家の令嬢、確か、ユリティシアだったか?対抗派閥の令嬢に話を聞いてみれば……
ユリティシアを捕まえて聞いてみる。
「私の傍にいたマリアはどうした?」
「マリア?どなたの事でしょう。傍に誰か連れていました?」
「いや、お前っ。メレニアの家とは対立していただろう?何故、マリアを無かった事にする?」
「あら、対立だなんてオホホホ。人聞きの悪い。ああ、そうそう、我が派閥のイレーヌ・アリス伯爵令嬢。側妃候補としてご紹介いたしますわ。イレーヌ。こちらへいらっしゃい」
美しい金の髪の女性がフォレス王太子の前に現れて、
「イレーヌ・アリスでございます」
優雅にカーテシーをし、挨拶をしてくる。
フォレス王太子はユリティシアに、
「側妃はお前の派閥から入れられないだろう?メレニアの許可が必要ではないのか?」
「メレニアからは許可は頂きましたわ。わたくし達、仲良くなりましたのよ」
ユリティシアは小声で、
「男爵家の令嬢?あんな女を王妃に備えるなら、王国が滅びますもの。あんな女、いなかった事。そうなりましたのよ。オホホホホ。国王陛下も、王妃様も皆、承知しておりましてよ」
マリアはいなかった。無かった事???
あああっ。自分が望んだ為に、マリアの存在自体が、トレド男爵家の存在自体が抹殺されたのだ。
メレニアが近づいて来て、
「後宮に入れる女性は、わたくしに決める権限がございます。ですから、王太子殿下。わたくしの許可を取って下さいませ。入れたいと思われる令嬢がおりましたら。ああ、そうそう、わたくしの事を婚約破棄したいと、企んでおりましたのね。婚約破棄なんて許しません。貴方様はわたくしの手の平で踊っていればよいのですわ」
「私は愛し愛される、そんな夫婦になりたかったのだ。マリアと」
「マリア……ただ、あの女は贅沢をしたかっただけ。王妃と言う王国最高の女性になって、贅沢三昧したかっただけの女ですわ。愛し愛される関係?貴方は本当に甘い。わたくしはいつも針のむしろの上を歩いて参りましたの。そちらのユリティシア。彼女もそう。王国の為、我が派閥の為。わたくしの心は血だらけで、それでも、前を向いて歩いていかなければならない。愛し愛される関係。そのような物を望んではいけない。そんなものを望んでいたら、わたくしは、足を掬われて地の底へ落ちてしまうわ。無かった事にされた男爵令嬢のようにね」
「それでも私はっ」
「貴方に王国を統べる覚悟がないというのなら、我が公爵家は兵を挙げます。他の家だって同じ考えよ。貴方だって地に落ちたくはないでしょう?だったら、覚悟を決めなさい。愛し愛される関係だなんて言ってはいられない。血だらけで前を向いてわたくしと共に」
フォレス王太子は、背を向けて。
「私には無理だっ。無理だが私は王太子だ。この王国の国王になる男だ。お前らなんて、お前らの息がかかった女なんて私はいらない。私の前に姿を見せるな。良いなっ」
そう言い放って、王立学園から王宮へフォレス王太子は戻った。
王宮へ戻ったら、父である国王にものすごく叱られて。
「お前は何を寝ぼけた事を言っているんだ?アルフェルト公爵家を怒らせてどうする?いや、エフェル公爵家のユリティシアにも失礼な事を言ったそうだな。貴族から背を向けられたら我が王家はやってはいけない。お前は北の塔へ幽閉する事にする」
「父上っーーー。私は唯一の母上の息子です。父上が愛している母上のっ」
「ああ、私が愛する王妃の唯一の息子、だがな。お前に任せていたら王国が滅びてしまうわ。私は確かに王妃を愛しているが、お前程、愚かではない」
フォレス元王太子は北の塔へ入れられた。
いずれ病死という事になって、この世から抹殺されるのだろう。
フォレスは、静かに塔の中で過ごした。
どうして、こんな事になったのだろう。ただ、ただ、愛し愛される女性と、共に過ごしたかった。
マリア?いや、マリアじゃなくても、誰でもいい。
ふと、幼い頃のメレニアの姿が浮かんだ。
私は幼い頃のメレニアを探していたんだ。ずっとずっと、幼い頃のメレニアを……
そんなとある日、メレニアが面会にやって来た。
「わたくしの顔なんて見たくもないでしょう。でも、昔はよくテラスでお茶を飲みましたわ。どうです?一緒に、お茶でも飲みませんか?」
「ああ、飲もうか」
テーブルを挟んで、共に紅茶を飲む。
高窓から昼の光が塔の中の部屋に差し込んで。
メレニアが紅茶を飲んで、カップをテーブルに静かに置いてから、話し出した。
「わたくしだって、貴方様の事を愛しておりますのよ。ただ、余裕が無かった。王国の為に、我が派閥の為に王妃になる。その事で一杯一杯で。貴方様の良い所を教えて差し上げましょうか?とても優しい所ですわ。昔は、わたくしの為に、王宮の庭で咲く花で、綺麗な花束を作ってくれた。わたくしの為に、わたくしの好きそうなお菓子を見繕って、プレゼントして下さった。幼いながらも、共に未来を語り合った。わたくしは貴方様とこの王国を治めていきたかった。でも……」
「ああ、私は裏切った。マリアとの未来を望んでしまった」
「ええ、貴方の事を許せませんわ」
急にメレニアの姿がぼやける。メレニアが悲しそうに、涙を流して。
「さようなら。貴方……愛しておりましたわ。おやすみなさい」
紅茶を飲んだら眠くなった。
そして、何もかも解らなくなった。
最後に覚えているのは、美しく、悲し気に涙を流すメレニアの姿。
どうして、自分はメレニアの本当の心に、気づかなかったのだろう。
ごめん。メレニア。そして、さようなら……
「デレス王太子殿下が国王になられるんで、式典がある。明日は特別休暇だ」
「有難うございます」
荷運びの仕事の休憩中に上司からそう言われた。
アルドには過去の記憶がない。
ただ、王都での荷運びの仕事は、最初は慣れなくて辛かったけれども、今はすっかり慣れて、手際もよくなった。
明日は特別休暇と言っても、その分、稼ぎが減るよなぁ。
まぁパレードがあるっていうし、暇つぶしに見に行くか。
アレドは、パレードを見に行くことにした。
沢山の人達が押し寄せる中、デレス国王陛下と、メレニア王妃が、群衆に手を優雅に振っている。
アレドはそんな二人を見て、ふと、涙がこぼれた。
なんだか、とても懐かしい。そんな気がして。
自分はあの二人を知っている。特にメレニア王妃を知っている。
記憶を失っているアレドだけれども、何故か、メレニアの顔を見て、目が離せなくなった。
ただ、今、思う。
懐かしさと共に感じる愛しさ……
ああ、君は王妃になったんだね。この王国の為に今も血だらけで走り続けているんだね。
きっと王国は良くなる。もっともっと。だってメレニアが王妃になったのだから……
何故か心の中で思えた。
今はもう、自分には関係のない世界。きっと自分が弱かったから、自分が無知だったから、自分が自分が自分が。
ただただ、通り過ぎる国王夫妻の馬車を遠くから眺めるしかないアレドであった。
「さようなら。フォレス様……」
そう、風に乗ってメレニアの言葉が聞こえた。そんな気がした。