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5.最後の幕

 リリーが居なくなってから、全ての物事はあっと言う間にフランの表面を流れていった。

 義両親はまず、フランとミリアンを一緒に社交界に参加させるようになった。フランには豪華なドレスやアクセサリーを着せた。ミリアンには控えめなものを。

 それから、ミリアンはある程度、人が多いところで泣き出すのだ。お義姉さまにいじめられているのだ、と。

 屋敷を出て行った使用人はみんな、フランに虐められて出て行ったという話も出てきた。いなくなったリリーすら、そのように使われているのが、なんだか、酷く物悲しい気がした。

 白い目を向けられたり、嘲笑されたりようになった。

 しかし、全てはフランの深層には届かなかった。

 この頃には、フランは全てがどうでもよくなっていた。

(早く死んでしまわないかしら……)

 自分の寿命を自分で呪う。

 きっと、きちんと断罪されてみせるから。

 そしたら、きっと全部楽になるに違いない。

 現実は辛い。

 神は、フランのことを愛していない。

 ならば、この現実から消えてしまいたい。


 そうして、遂に断罪の時はやって来た。

 一ヵ月はフランにとっては今まで生きてきたどんな一月よりも長かった。

 自分に似合わないフリルがふんだんに使われたドレス、宝石のネックレスを着させられる。浮いた鎖骨のせいで、せっかく美しいドレスも、なんだかチープに見えた。

「悪いけど、今日はお前のエスコートはしないからな」

「はい、わかりました」

 舞踏会の前に家にやって来たロドリコが、フランの顔を見るなり嫌そうな顔を隠しもせずに告げてきた。

「じゃあな」

 踵を返す。

 美しい幻想が、消えていく。

 昔、未来を約束した、素敵な王子様。ずっと、この暮らしから救ってくれると信じていた。恋だの、愛だのと勘違いしていた。

 でも、好きだと思っていた。

「ロドリコ様」

「何? ボクは忙しいんだけど?」

「私は、ロドリコ様のお役に立てますか?」

 フランはこの先の結末を知っている。

 だけど、逃げ出すつもりはない。

 それでも、何かしらロドリコに爪痕を残したかった。

「ああ、とても役に立つよ」

 軽く鼻で笑って、ロドリコは告げる。

 本当に微塵も愛も同情もない。

 フランは静かに俯く。哀しいけど、涙は出てこなかった。

「昔、私とした約束を覚えていらっしゃるでしょうか?」

 愛していた。

 だから、彼の中に思い出を探そうとしている。

 自分という欠片がいないか、と期待してしまう。

「約束? ボクとお前が?」

 ロドリコは何も悪びれた様子がない。きっと彼にとっては取るに足らない言葉だった。愛されていたからこそ、口に出来た言葉だ。

 だけど、フランにとっては、そのありふれた言葉に飢えていた。ロドリコが何気なく言った約束を今に至るまで、ずっと抱きしめて生きてしまうほどに。

「そんな下らないことでボクを呼び止めないでくれ。どうせ、大したことではないんだろう?」

「……そう、ですね。ロドリコ様、お時間をとってしまい、すみませんでした」

 真っ直ぐ、ロドリコの瞳を見つめて、告げる。

 ロドリコが訝し気に片眉を跳ね上げた。

「ありがとうございました」

 愛していた。本当だ。嘘じゃない。

 相手から望んだものが帰ってこなかったとしても、価値があるのであれば、望まれるまま、潔く散って見せよう。

「待て」

 呼び止められる。

 一瞬の淡い期待。

 跳ねた心臓を宥めて、振り向く。

「今日の社交界は必ず参加しろよ」

 ロドリコの言葉に、嗚呼、と心の臓まで冷えていく。

(何を期待したのかしら)

 一瞬、温かくなりかけた心に冷や水を浴びせて、フランは微笑んで見せた。

「ええ、もちろん参加しますわ。それが私の"役目"ですもの」

 貴方の望むがままに悪者になって断罪されましょう。

 分かりやすく、ロドリコは満足そうな表情を浮かべた。

 貴方はこれからが楽しみなのですね。そんなに私のことがお嫌いでしたか?

 そんなに私は悪い子だったでしょうか?

 どれも言葉にならない疑問だ。

 だけども、きっとそうなのだ。フランは存在するだけでいけないのだ。無能だから。

 義父母に言われた言葉が脳内で反芻された。

 最低な言葉たちが、脳でぐるぐると回る。

 いつの間にか、ロドリコは姿を消していた。

 フランも踵を返す。

 途中、窓に反射した顔は幽霊を彷彿とさせるほど青白かった。

(こんな顔色じゃ、社交界の皆さまも驚かれるでしょうね。頬紅を足そうかしら)

 つらつらと余計な思考が回る。もっと考えなきゃいけないことがありそうなものなのに、どうでもいいことばかりが脳内を駆け回っている。

 一瞬、心配そうなリリーの顔がよぎった。

 彼女だったら、きっとこんなリリーのことを心配し、怒るのだろう。

(アレク様のところで、元気にしてるかしら……?)

 そこまで考えて、目を閉じる。


 ──俺には、貴方のほうが助けを必要としているようにみえるが。


 アレクの言葉が思い起こされた。

 優しい人だった。

 もうすぐ終わりの時を迎える。それでも、落ち着いていられるのはきっと、リリーやアレクが向けてくれた優しさがあるからだ。

 その温かさを抱いて、フランは間違えた方へ、真っ直ぐ進みだしてしまう。

 社交界のシャンデリアの光の下で、断罪劇は幕は開ける。


「フラン・カーチア! お前とは婚約破棄する! これは我がピログ家、カーチア家の当主も認めている話だ!!」


 断罪の一声が社交界内に響き渡る。

 賑やかっただった社交界が一気に静まり返った。

 こんな素敵な社交界の場で何を、という空気が広がっていく。

「このような場で、婚約破棄を申し出たのは他でもない! 彼女の罪を白日の下に晒すためだ!」

 ロドリコがフランを指さす。声高らかに叫ぶ。

 その隣でミリアンが笑っている。

 でも、その全てがどこか遠いところで上演されているかのようにフランの目には映っていた。水の膜を隔てているかのように、遠くで揺らめいている。

 当事者ではないような、そんな不思議な感覚だった。

「フランはカーチア家の当主となった叔父様に嫉妬を覚え、抵抗できないミリアンに八つ当たりをしていた! 叔父様が与えた宝石では足りないと浪費を重ね、ボクからフランとミリアンに贈ったプレゼントも全てフランが没収していたんだ!」

 ずっと流れていた噂も手伝い、フランへ白い目線が向けられている気がした。

 でも、やはり心は痛まなかった。

「浪費を重ね、自分に文句をつけた執事やメイドは屋敷から追い出した! そうして、ミリアンを孤立させようと企んでいた!! 酷い話じゃないか!?」

 それは一体、誰の罪なのだろう?

 何処の話をしているのだろう?

 全く身に覚えがないせいか、現実感はさらに薄くなっていく。

「よって、ここにフランとの婚約を破棄し、彼女をカーチア家から追放する!!」

 その宣言に、どよめきのようなものが走った。

 ロドリコもミリアンも充足感に満ち足りた表情を浮かべている。

 人のどよめきが、大きくなる。

「本当のことかね?」

 フランの近くに居た男爵が声をかけてくる。

 突然、現実に引き戻されたフラン、ゆっくり瞬く。

 ロドリコとミリアンの視線が、鋭い。

 分かっているから、そう責め立てないでほしい。

 ちゃんと自分の役目を務めてみせる。

「……異論はございません」

 声は自分が思うよりも響いた。

 一気に会場内にどよめきが走る。

 ロドリコを見たら、当然のように笑っている。

 会場は、一気に騒然となった。思い思いの言葉が会場に反響して、波のようにフランに押し寄せてくる。

 フランはただ、手を握り締めて、耐える。

 そうすれば、いつの間にか通り過ぎて行くと知っていたから。


 パン。


 渇いた音がした。


 パンパン、と続く音で、それが拍手の音だと気が付く。

 全員の視線が一ヵ所に向く。フランもそれに倣って、顔を上げた。

 会場の2階の扉から、まだ幼い王太子とアレク公爵が会場を見下ろしていた。拍手をしているのは、王太子だ。

 再び、会場にざわめきが走った。

 皆一斉に、叩頭する。フランも遅れながら、頭を下げた。

「よい。素人にしては、中々面白い演劇が見れた。首をあげよ」

 幼いながらも、はっきりとした言葉で、王太子が口を開いた。圧倒的、上に立つ者の重みがある。

 フランもまたゆっくり顔を上げた。

 アレクの真っ赤な瞳と目があった気がした。


 何が起きているか分からない中、フランはひたすら立ち尽くすほかにない。

小説家になろうのシステムがメンテナンス中だったので、今の更新になりました。

申し訳ありません。

読んでいただけますと幸いです。

よろしくお願いいたします。

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