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1.始まり

 フランは凍り付いた。

 婚約者のロドリコと義妹のミリアン、そして義家族の会話が聞こえてきたからである。

「大丈夫、ボクが全て何とかしてあげるからね。ミリアン、君が怖がることは何ひとつないさ」

 甘く優しい声音で囁くのはロドリコのもの。

「ほんとう? 私、お義姉様が怒るんじゃないかしらって……怖くて怖くて」

 わざとらしい潤んだ声で訴えるのが、義妹のミリアンだ。

「今度の舞踏会で、婚約破棄を宣言し彼女を断罪する。そしたら、彼女はもう気軽に君に近づけないさ。そうでしょう?」

「ああ、その通りだとも」

 今度は義父の言葉。

「アイツには、修道院がお似合いさ」

「修道院じゃ生ぬるいんじゃないかしら? 国外追放の方がよくなくて?」

 提案したのは義母だ。

 どこまでも冷たい響きに、背筋が凍った。

 もう、聞かない方がいい。心では理解しているのに、体はうまく言うことを聞かなかった。

「バカ! そこまで大騒動にしてしまっては陛下の耳に入るだろう! 流石に外聞が悪い」

 義父の言葉に、義母は納得していないようだ。おそらく、ミリアンも内心では足りないと思っているに違いない。

 強張った体を叱咤して、フランは懸命に足を動かした。

 みんなが集まるリビングのドアを通り過ぎ、自分の部屋を目指す。心臓が早鐘のように打っていて、視界がくらくらと揺れた。


 どうして。


 何度も尋ねてきた質問を自分に再度、投げかける。

 いつも、答えは出ない。


 フランの両親は他界している。馬車の事故だった。

 跡取りの居なくなった伯爵家はそこで終わるはず。しかし、フランの両親がフランに残してくれたロドリコとの婚約があった。彼を婿養子に迎え入れるのであれば、伯爵家は存続できる。

 ロドリコは伯爵家の三男。本来、爵位を引き継ぐことはできない。しかし、フランの婿養子になるのであれば、話は別だ。

 ロドリコの家は喜んで婿養子になると言ってくれたのだ。

 では、ロドリコが来るまで、領地をどうするか。

 それが問題になった。

 そんな時、手を差し伸べてくれたのだが、フランの義両親だった。フランの父親の弟で、フランが成人するまでは変わりに領地を治めてくれる、と申し出てくれたのだ。

 幼かったフランは、とにかく助かった、と思った。

 だけど、おそらくそれが間違いだったのだ。

 フランは、まるでメイドのように扱われた。義妹のミリアンにもバカにされる、そんな日々を送ることになったのだ。


 それでもフランがここまでやって来れたのは、ロドリコとの婚約があったからだ。

 成人すれば、ロドリコと結婚できる。

 そうすれば、この地獄から救われる。そう、信じていた。

 だけど、違った。望みは潰えた。

 家は取り戻せないし、自由は来ない。

 いや、待っているのはもっと酷い未来かもしれない。

 この家において、フランの価値はなくなった。捨てられるだろう。

 いつ? いつまで、自分には価値があるのか? いつまでの猶予があるだろうか?

 分からない。

 不安に押し潰されそうだった。


 ──今度の舞踏会で、婚約破棄を宣言し彼女を断罪する。


 ロドリコの言葉を思い出す。

 次の舞踏会はいつだ?

 フランは必死に頭を働かせた。

 自室に戻り、震える手で手帳をめくる。

 フランとロドリコが一緒に参加する舞踏会は一か月後と記されていた。

 残された猶予を凝視していると、頬に熱いものが伝った。

「え?」

 頬に手を伸ばすと、指先が濡れた。

 その段階になってフランは自分が泣いていることに気が付いた。

 だって、信じていたのだ。

 努力は、我慢は、きっと報われる。

 ロドリコの不器用な優しさに何度も救われていたのだ。

 好きだった。

 だから、どんな仕打ちにも耐えてこれたのだ。

 しかし、ここはおとぎ話ではない。

 白馬の王子は来ないし、自分はきっと処分される。

 ロドリコは断罪と言っていた。

 フランは正しく自分の立ち位置を理解していた。

 きっと自分はシンデレラで言うところの義姉のような、そんな罰が待っているに違いないのだ。

 回避する術はない。

 このまま、消えてしまいたい。

 目を閉じたら、永遠に朝が来なければいい。


「お嬢様?」


 控えめな声が聞こえて、フランはハッと顔を上げた。

 振り返ると、フランの世話を焼いてくれているメイド、リリーが立っていた。不安気な顔で、フランの部屋を覗いている。

「ノックしても返事が無かったもので……」

 失礼かとは思ったのですが、と遠慮がちにリリーは続けて言葉にした。

 義両親は、フラン付きのメイドや執事を、全てミリアンの世話に回した。そして、不慣れな新人のメイド、リリーをフランに与えてきたのだ。

 リリーは新人ながらも、フランのために懸命に動いてくれた。フランが病にならなかったのは、彼女が心を砕いてくれたからに他ならない。

 自分は一か月後に断罪される。

 そうすれば、リリーはどうなるのだろう?

 とばっちりを受けるかもしれない。

「お嬢様?」

 もう一度、リリーが不安そうに名前を呼んでくる。

 せめて、彼女だけでも守らなければ。

 フランはそっと涙をぬぐった。

 自分の運命は変えられなくても、彼女の幸せのために何かできるはずだ。

「リリー、ありがとう。少し考え事をしていたの。許してね」

「何があったのでしょう? あたしにも手伝えることはありますか?」

 リリーの優しさに涙腺が緩みそうになる。

「そうね……、ごめんなさい。今すぐには思いつかないわ。ありがとう」

「お嬢様……あたし、お茶を淹れてきましょうか?」

「いいえ、大丈夫よ。それに今日の分の紅茶は飲んでしまったもの」

「でも……」

 フランの返答にリリーはどこか不満げだ。

 だが、仕方のないことだ。フランが飲んでいい紅茶は一日一杯だけ。食事も一日一回。

 部屋は北側で、薄暗い。

 机の上には、やらねばならない書類がうず高く積まれている。

 とても伯爵令嬢の暮らしではない。リリーは、フランのメイドとして、この状況に納得していないのだ。

「見つかれば、リリーが怒られてしまうわ。それが嫌なのよ」

「分かりました……。でも、お嬢様! 何かあったら、絶対呼んでくださいね!」

 リリーの明るい言葉と笑顔に、頷くだけで精いっぱいだった。何かを言葉にしたら、泣いてしまいそうで、怖かったのだ。

 長い三つ編みを揺らしながら、リリーが部屋を出て行く。

 見送って、フランは執務机の椅子に腰を下ろした。ぎしぃ、と軋む音が部屋に虚しく響く。

 フランは顔を覆った。

 リリーに何かしら、報いたい。

 だけど、この家にはフランの思い通りになるものなんて何一つありはしない。多めの給金を渡して、屋敷を出るように促すことすら、出来ないのだ。

 なんて無力な。

 唇を噛みしめる。

 かさかさの唇はすぐに切れて、鉄の味が口に広がった。

 自分の人生はどこからが間違いだったのだろう? 手を差し伸べてくれた大人が良い人だとは限らないなんて、誰が予想できただろう。

 言っても仕方のない、どうして、と何で、が蓄積されていく。

 これからのヴィジョンが何も思い浮かばない。

 落ち着いて、考えようとフランは立ち上がった。

 すると、机の上の書類が音を立てて、崩れ落ちた。

 嫌なことは連続するらしい。

 訳もなく泣きそうになって、フランは手早く書類をかき集めた。

 集めた書類を、机の上で丁寧に揃えていると、紙の間から、一つの封筒が、滑り落ちた。


『カヴァノフの夜会 ご招待券』


 カヴァノフ公爵からの夜会の招待状だった。

 一度だけ、カヴァノフ当主と商談をしたことがある。潰れかけた伯爵家を建て直すために、母親が持っていたブルーサファイアを売ったのだ。

 カヴァノフ公爵。名前をアレクという。

 現国王の血を分けた兄弟で、その優秀さゆえに公爵の爵位を賜り、公爵領を切り盛りしている。

 優しくて、穏やかな方だ。


 そんな素敵な、公爵様であれば、リリーの働き口を紹介してくれやしないだろうか。

 フランはごくり、と唾を飲み込んだのだった。


試行錯誤しながら、これから少しずつ更新していけたらと思ってます。

よろしくお願いします!

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