車の中に、いた
怖いなー、怖いなー……
えー、この話は……そうですね、仮にKさんとしておきましょうか、Kさんから聞いたものです。
Kさんね、その日お子さんと買い物に出かけたんですよ。
ほら、学校の創立記念日とか県民の日だとか、そんなのあるじゃないですか、とにかく平日だけど学校が休みだったんですって。
買い物がてらお昼もおいしいもの食べようかって、仲良く車に乗ってねーーよく晴れた秋の、もうびっくりするくらい暖かい日で。
「娘ちゃん何食べたい?デザートもほしい?」
なんてKさん、お子さんとーーそのお子さん、女のお子さんなんですね、楽しくお話しながら、だいたいの買い物を終えて、大通りの赤信号でね、車停まったんですよ。
そしたらね、どこからか聞こえるんですよ……パリパリパリパリって、紙が震えるような不思議な音がするんですよね。
それから、カサッ、ペリッて、マジックテープみたいなものになにか尖ったものが引っかかったのを、ひっこぬくって、いうんですか、引き剥がすときに出るようななんともいえない音が。
あれっ、なんだろうって。不思議に思っていると、また聞こえるんですよ。パリパリ、パリパリ……って。
Kさん、あぁ嫌だなあ、ハエでも入ったかしら、なんてふっと音のした方を見たら、そこにね、いたんですよ。
灰色がかった茶色の、ちょっと角張った形のね、それでこう……細っこいくせに妙に存在感のある脚がにゅって飛び出していて……。
カメムシがね、いたんですよ。
うわあ、やだやだやだって、もうKさん、やだやだ、一体どこから入ってきたの!って。
お子さんも、やだカメムシこっちこないで!って半分泣きそうな感じでね。
なにしろ今は車の運転中、どうすることもできないじゃないですか。
せめてもの抵抗に窓を大きく開けたりしてみたけど、かえってカメムシ後ろの方に行っちゃって、パリパリ、カサッって音しか聞こえない。音はもうずっと聞こえてる。
やだやだ、もしなにかの拍子にカメムシがあの嫌ぁな匂いを出しちゃったら、なんてひやひやしながら、どうにかこうにかドライブスルーでハンバーガーのね、ポテトとドリンクのついたセットってやつを買ってね、どうかこっちに飛んできませんようにーーって、お子さんとふたり、祈るようにして家まで帰り着いたんですって。
で、とりあえず荷物とかハンバーガーなんかを玄関に運び入れてね、どうやらトランクの方にカメムシは行ったらしいってんでKさん、恐る恐る車の後ろにまわってトランクを覗き込む。
あれっ、いないぞって、そこに載せてあったブランケットを軽く振るったりなんかして、そしたら、ぽとって小さなものが落ちる感触……っていうんですか、音ともいえないような音がしたのと同時に、一緒にトランクを覗き込んでいたお子さんが、あっいたよ!って。
ああこれで一安心だと、ブランケットから落ちてきたカメムシをね、ちょうど今日の買い物で買ってきた布粘着テープでペタッとやって外に追い出したんですよ。
すると、お子さん……言うんですよね。
「あれ、カメムシ二匹いたの?」
ーーって。
お子さんが、トランクの、さっきカメムシを捕まえたのとは逆の方を指してほら、あそこにもいるよって。
えぇ!やだやだやだやだ!ってKさん、カメムシ一匹だけじゃなかったのっ!?ってそのカメムシも布テープでペタッとしてね、やれやれ酷い目にあったってね、ふぅって息をつきながら、何気なく、そう、ほんとにね何気なくふっ……と上を見たんですよ。
すると、トランクの淵だの、金具だのにへばりつくようにして、いるわいるわカメムシが一匹、二匹、三匹ーー
うわぁ、カメムシ!ってもうね、Kさん無我夢中で、七、八匹は捕りましたか、あっ、奥に入り込んだ!いや、なんとか捕まった!わあ、ぽろって落ちた!どこいった!って大騒ぎで。
お子さんも、お母さんカメムシあっちに飛んだよ!そこに一匹いるよ!って。
でね、Kさん、私に言うんですよ。
まさか自分の車にこんなにカメムシが入り込んでるなんて思いませんでした。もしこのまま、カメムシに気づかないままで車に乗り続けていたら、一体どうなっていたのでしょうね……?
そんな風にね、Kさん、話してくれたんですよ。
・カメムシには布の粘着テープがおすすめ。クラフト紙タイプだと粘着力が弱いことがあるからダメだって、近所のばっちゃが言ってた。
・ペタッとカメムシをテープに貼り付け、テープを二つ折りにしてカメムシを包み込むように隙間なくテープどうしを貼り合わせることで、匂いもれなくカメムシを処理できる。ただし力を入れすぎたりすると匂いを出されることもあるので注意。
・そもそもK氏は、布テープを切らしてしまったので家の中にカメムシが出たときのために補充するために買い物に出ていた。←これマジで。
・これからは、定期的に車に(特にトランク周り)カメムシぎ入り込んでいないかチェックしようと思う(切実)。