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―王妃の手紙―
親愛なるわたくしの悪友へ
お手紙を書くのは久しぶりね、元気にしているかしら?
今愚息の学園で回っている噂について、本当にごめんなさい。
あなたの愛娘を預からせていただいているのにこんな事になってしまって本当にどうお詫びをすればいいのか…。
レイチェルは王妃教育をしっかりやり遂げられる女の子です。
出来ればこのまま婚約者としてジョルジュの傍にいて欲しいと考えていましたが、今日お茶会でお話を聞いて気が変わりました。
ジョルジュとレイチェルの婚約は破棄させてもらう方向で動きます。これはレイチェルの希望でもあるの、事後報告のような形になってしまってごめんなさいね。
そして今聖女様と噂されている子とジョルジュが婚約することになるわ、レイチェルも二人の結婚を望んでくれているみたい。
お茶会でレイチェルの将来の夢聞きました。
王妃になりたいのではなくて、静かな土地で犬と一緒に暮らしたいんですって、聞いた時は思わず笑ってしまったわ。
王妃教育はきっと…とてつもなくつまらなかったと思います、それなのにずっと続けてくれて感謝の言葉しかないわ。流石あなたの娘ね。
わたくしが小さなころ、あなたと悪さばかりしていた時の事を今でも思い出すわ。
行ってはいけない所で追いかけっこをして、炊事場からパンを取ってきたり、内緒で夜にお菓子を食べたり、そうね川に飛び込んであそんだりもしたわね……。
きっとレイチェルはそういう自由な時間が子供の頃に欲しかったのかもしれないわね、体の弱いあの子には無理ばかりさせて申し訳ない事をしたと思っているの。
ジョルジュはわたくしそっくりな人間です。
だからレイチェルのためにお願い、今すぐ王都を出て身を隠して。
ロベイラの所に話をつけてます、今夜にでも荷物をまとめてすぐに向かって欲しいの。
わたくしの息子は婚約破棄を望んでいない、でも聖女様と結婚することは決まってしまっている。だからあの子を側室にと考えているようです。今の息子との接触は危険よ。
自由になりたいと望むレイチェルのために、王家に嫁がなくてもいいように、今は身を隠してしばらくしたら王都に戻っておいでと伝えて。
結婚が決まっても落ち着くまでは戻らせてはだめよ。ジョルジュにはわたくしからレイチェルは身を引いたと、体調が落ち着かないから療養させていると話をします。
きっと上手く行くわ。
ロベイラとディアナは味方よ、何かあれば2人から話がいくわ。
最後に、本当に婚約がこんな形になってしまってごめんなさい。
大好きな友であるあなたの子供の希望を必ず叶えるわ、出来ればレイチェルには誰かと結婚して幸せになってもらいたいのだけども…無理はいけないわよね。
あなたと…また会って話がしたいわ、お返事待っています。
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さらさら、と羽ペンを紙に走らせ手紙を手早く二通書いた。
ふう、と息を着ついてから窓の外を覗く。
一台の馬車を見つめ、中に乗っていく息子に目を凝らした。
「ジョルジュの動きが思っていたよりも早いわね…さて、どうしましょうか」
自分の息子ながら手回しの早さに驚いてしまう。
きっと婚約の話を聞きつけたか、もしくは聖女様の件だろうと推測してまた深くため息をついた。
レイチェルは自分の将来をしっかり描けている、その未来には彼女の隣に誰もいなくてただ一人でゆっくりした生活を送りたいと願っているのだ。
子供の頃からの親友の娘を預かって、こんな風に聖女が現れたからと言って一方的に婚約を破棄するなんて最低な行いだと理解している。
国の繁栄のための選択だと夫も分かってはいるがどうにもやりきれない顔を度々見せるのだ。
これでもし、その平民の娘が聖女ではなかったらどうしたものかと今から頭が痛くなってしまう。
それでもこんな騒ぎと噂が大っぴらに巻き散らかされた王都にきっとレイチェルも内心嫌気がさしてしまっているだろう。
「ほんとうに、どうして今聖女なんて………」
初恋は実らないなんて言うが、息子の初恋はあと半年余りという所で散ってしまったようなものだ。
レイチェルの気持ちがジョルジュにあればまた未来は違ったかもしれない、それでもレイチェルの望んだ未来は“王子と聖女の婚姻”と“自分の静かな暮らし”だ。
「やるせないわよね、それでも……」
守ってあげないと体の弱いあの子が先に潰れてしまう。
これから婚約破棄したあとの息子の行動を頭の中でイメージしながら、自分の頭を抱えてしまう。
17才で学園を卒業したらレイチェルを迎えに行って一年王城で一緒に暮らすのだと、18才になったら結婚するのだと楽しそうに話していた入学前の息子の顔を思い浮かべながら…書き終えた手紙に封をした。
我が国の結婚可能年齢は18才から、そこまでに聖女を正妃に据えてレイチェルの居場所がバレないように守り切る。
熱が冷めるかなんて分からないが、息子が初恋を諦められるように言葉を尽くさなければ…と考え、また盛大にため息が口から零れた。
「はぁ………、初恋の相手への執着の怖さを思い知ったわ………」
部屋の扉を開け、みんなの待つ植物園まで急いで向かって行った。
これからやるべき大仕事の前の楽しい息抜きだ、またみんなで集まれるお茶会の日を夢見て。
「さて!頑張るわよぉ!」
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読んでいただきましてありがとうございます。
次回更新は5/11になります。