07
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王妃様のお茶会から戻ってきたレイチェルはすぐに手紙を母に渡して中身を確認してもらう、そして中身を読んだ母に手を引かれて自分の部屋へと入って行った。
「レイチェル、ひとつ聞かせてもらえる?」
「なにお母様…?」
ソファに座らされてから手を掴まれ、ズイっと顔を近づけられた。
そして緊迫した空間の中で言われた言葉は…
「一人で田舎暮らしするのが夢だったの…?」という一言だった。
母の盛大なため息を横目にレイチェルはソファでメイドに持ってきてもらった果実水をごくごく飲んでいた。
ため息はさておき、母はお土産のラズベリーのタルトを口の中に頬張っていて、もごもご口を動かしながら話す母に食べ終わってからでいいから!と注意して飲み込むのを待っていた。
「えぇ…っと…レイチェル、まずあなた体調は大丈夫?気分は沈んでいない?」
心配そうな顔を向けられ、自分の事は大丈夫だと答えれば母は安心したように息を吐いた。
「王妃様の手紙には何て書いてあるの?」
「あぁ、そうね…ジョルジュ様は正妃には聖女様を、側妃にレイチェルを。と考えているみたい、王妃様はあなたに王家に嫁ぐつもりがあるのならこれを承諾しようと思って今日お茶会を開かれたみたいなの…でも」
「わたくしが…自由に生きたいと言ったから………?」
「えぇ、レイチェルを逃がす方法を書いて教えてくれているの」
「逃がす…?」
母は頬に手をあて困ったように首を傾げた。そして言ってもいいものなのか考えるような素振りをみせため息をついた。
「ジョルジュ様は未だにあなたとの結婚を望んでいるわ、学園での噂はどうあれ…このままだとあなたは彼が卒業するまで王城に監禁でもされてしまいかねないと王妃様は心配されているの」
(監禁…!?!?!?!?)
突然の言葉に頭の中が真っ白になっていく。
今、自分は何の話を聞いているのだろう、と怖くなる。
この世界はこんいたの世界で学園では王子とヒロインの恋が進行している、それなのに王子は婚約者のレイチェルとの結婚も望んでいて、側妃にされる…!?!?
「じょ…冗談じゃないわ!!!」
ガバリとソファから立ち上がりレイチェルは拳を握りしめた。
そして母の方を見つめて自分はどうすればいいのかを尋ねた、流石に伯爵令嬢の身分を持つ自分だけではどうにもならない事態になってしまっているからだ。
この家を巻き込んでしまうくらいなら王子の側妃になるほうがいいのか…?と考えそれだと大好きなこんいたの話の通りには進まない!とまた頭を抱えた。
(このくらいの時期のレイチェルは確か噂に心を病んで寝込んでいるくらいのはず…レイチェルがもっと体調を崩してボロボロになるのは聖女様が分かってから…つまり、今月中に聖女の判定が出るから…?)
「今月中にはこの家を出たほうがいいという事…?」
母は首を横に振る。
レイチェルは訝しげな表情を浮かべながら母の隣に座りなおした。
「レイチェル、今夜荷造りをしましょう。明日にはこの家を出ます」
「え…………」
あまりに急な事でレイチェルは目の前がくらりと歪んだ、そして母の方へ倒れ込むとそのまま強く抱きしめられた。
「あなたがジョルジュ様との婚約を破棄したい事は分かりました、そして自由に暮らしたい事も。そのために今はこの王都から出ましょう?見つかれば嫁がされることになります」
「嫁ぐのは、いや…」
「大丈夫、王妃様が全て手配してくれています」
「でも、お父様とお母様は…?大丈夫なんですか?」
このまま自分が逃げてこの伯爵家はどうなってしまうのか、と心配すれば、そんな不安な気持ち母は笑い飛ばしてくれた。
「あなたを逃がす事は王妃様命令なのです、すなわち王様も関与しています。だから何の心配もいりませんよレイチェル」
「そう…なのですか?」
「えぇ王妃様はずっとレイチェルを自分の娘のように思ってくれていましたから」
王妃様の言葉なら信じられるでしょう?と笑う母にレイチェルもぎこちない笑みを返した。
―心の中では大パニックだったのだ。
原作と違ってしまった未来に困惑しているし、王子がそこまで自分の事を思ってくれていた事も知らなかった。否知ってはいたがヒロインと出会って恋に落ちれば破棄される婚約だと思い込んでいたのだ。
彼の愛情が深いことなんて時間をかけて絆されかけていた自分が一番よく知っている。
だからこそヒロインたる聖女様と王子様が幸せな未来を掴み取って安寧の訪れた国で緩やかなスローライフとやらを楽しみたかったのに……
自分の頭を手で覆いながら「どうしてこんな事に!」と叫んだ。
隣で驚いた顔をした母に見られていたがそんな事お構いなしだった。
「お母様、落ち着いたらまたこの家に戻ってきても…いいですか?」
「もちろんよ、レイチェルの好きにしなさい」
「ありがとうございます」
そして母に言われるまま旅立ちの準備を始めた。
レイチェルがこれから向かう場所は南にあるトエウィースル領の外れの町。
温暖な気候で体の弱いレイチェルの療養にもぴったりの場所だ。
そこで家を用意してもらっているらしい、使用人は誰も連れていく事が出来ないので何でも一人でやらないといけない。
一応その土地の領主さまが食べ物などの手配はしてくれるらしいので飢え死ぬことはない、はず…と言われた。
とりあえず王子の卒業までは身を隠すつもりで、トランクの中に洋服を何枚も詰め込んだ。身の回りで必要なものをメイドに用意してもらい、何かあった時にお金に換えられるように宝石箱に高価なアクセサリーを入れる。
「枕!枕が変わるとわたくし眠れないのよね!!」
なんて声をあげながら何とか一晩で一年はなんとか凌げそうな荷造りが完了した。
途中帰ってきた父に事情を説明したらポロポロ泣かれてしまい「婚約は今すぐ破棄させねば!」と言ったかと思うと涙を拭って王城に殴り込みに行ってしまいそうだったので慌てて止めた。
―母曰く父は王家との婚約は反対だったそうだ、家にいてもらって婿をもらって欲しいと願っていたからこんな事になるなら婚約証にサインなんてしなかったのに。と怒りは冷めやらぬようだった。―
メイドたちには下町で流行っている遊び道具や本を、庭師からは花や野菜の種を、今まで傍にいてくれた使用人みんなに涙ながらに挨拶をして「またきっと戻ってくるわ!」と言うとレイチェルは一人で馬車に向かった。
父と母に抱きしめてもらい、夜のうちに書いておいた手紙を2人に渡す。
「暫くの間離れてしまうけど、お父様もお母様も大好きよ。それにわたくしに自由な人生を下さってありがとうございます!いってきます!」
そう言って元気よく馬車に乗り込んだ。
昨日は颯爽と王城に行き王妃様とお茶会をしたばかりだと言うのに…今日は一人きりでゆっくり馬車旅のようにコトコト進んでいる。
「フィンにも会ってから行きたかったな…きっと怒るわよね、でもあの子が卒業するころには家に戻っているだろうし…まぁ問題はないわよね」
両親に渡した手紙にはフィンリーに自分の居場所は教えないで欲しいと書いた。
何があるか分からないが、学園でもし自分の事が噂になってぽろっと彼が居場所を言ってしまったら…いや賢い弟に限ってそれは無いと思うが、それでもどこにいるのか知っている人間は両親と王妃様だけでいいと思っている。
(まぁ…両親の手紙とは別に出そうと思って忘れていたフィン宛の手紙があったのでそれを一緒に渡しておいたし…大丈夫よね!)
あの子には自分の事で心配を掛けたくない、せっかく楽しい学園生活を送っていておまけにお友達も出来たのだと報告してくれたのだ。姉の婚約騒ぎのせいで楽しい日常を壊してしまう事が怖かった。
「何も言わずに出ていくおねえちゃんを許してねフィン」
そう馬車の中で口ずさんで、窓についているカーテンをシャッとしめた。
目的地までここから5時間程度はかかるという、今日は荷物も多いしきっともっと時間がかかってしまうだろうとレイチェルは考え少し仮眠を取ることにした。
昨晩は荷造りと父を宥めることに時間を掛けていたのでずいぶん寝不足だった。
ふぁ…と大きな欠伸を漏らして座席にすとんと横になる。
眠気はすぐにやってきて、目の前が真っ暗になるのと同時に夢へと落ちていくようだった。
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「ん………ふぁ……」
ガタゴトと揺れる馬車の中で目を覚ませば大分時間が過ぎているようだった。
カーテンを開けて外の景色を覗いてみれば、そこには真っ直ぐと続く道と木々しか見当たらなかった。
「もう王都は抜けたのね…ちゃんと見ておけば良かったかしら…?」
顎に手を乗せ窓の外を眺めていたらお昼を持たされている事に気づいてすぐに昼食を取ることにした。
包んでいた布を開けばそこには色とりどりの具材が挟んであるサンドイッチが入っている、トマトに卵にきゅうりに…それを見た瞬間レイチェルのお腹はぐぅ…と大きな音を出して鳴る。
「ふふふ…結構寝てたのかもしれないわね……美味しくいただきましょう!」
サンドイッチを手に取り小さな口を思い切りあけて、むしゃむしゃ口の中に頬張る。シャリシャリ鳴るきゅうりやレタスの音に少し楽しく思いながら昼食を楽しく済ませていく。
思っていたよりお腹が空いていたのか、用意してもらったサンドイッチを全部食べつくしてしまい夜は何を食べようか困ってしまった。
(近くで何かご飯を買える場所とかはあるのかしら……今世では料理をした事ないんだけど……大丈夫かしら?)
うんうん唸っていたレイチェルは、突然体が思い切り跳ねたので思考がそちらへと向かう、そして止まった馬車を心配していたら御者に「到着しましたよ」と声を掛けられドアを開けられる。
「あ、ありがとう」
「いえいえお嬢様どうぞお気をつけて下さいませ」
馬車から降りて外を見まわす。
辺り一面に広がる畑………………畑しか見当たらないその土地でこれからレイチェルは暮らすことになるのだ。
拳を胸の前で思い切り握りしめ「よおし!」と声を出す。
送って来てくれた御者にお礼を言ってから荷物を仮屋に運び込んでもらう。そこで御者のおじいさんとはサヨナラをして、レイチェルは近くにある領主さまの家へと一人で向かう事にした。
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