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06

*



 いつもは王妃様のお気に入りのバラ園で行われるお茶会が今日は室内になる植物園で開かれていた。思っていたよりも参加人数が少なく、少しだけ嫌な予感がした。


「王妃様、本日はお誘いいただきありがとうございます」

「レイチェル、来てくれて嬉しいわ!さぁ、わたくしのお隣に来てちょうだい!」


 植物園の入り口で挨拶させてもらったのに、そのまま手を引かれて用意されているテーブル傍までグイグイと進んでいく。


―王妃様とは幼い頃から仲良くさせてもらっていて、実の娘のように思ってもらっているくらいだ。


 小さな丸テーブルの近くの椅子に座らされる、そこには他にも2人の女性が腰かけていた。

「ごきげんよう」とあいさつをすれば優雅に微笑みで返してくれた、どうやら敵意なんかはないようだった。


「あの、王妃様…これは……」

ずしんと椅子に腰かけた王妃様は腕を組んでレイチェルに顔を近づけた。

「さぁレイチェル、今日はわたくしたちとお話をしましょうね?」

「は……はい………」



 嫌な予感はどうやら当たったようだった。

これはきっと、“おしかりの時間”が始まるようだった。



「レイチェル、今の状況が分かっていますか?」

「はい、一応分かっているつもりです」

「安心して欲しいのですが、ジョルジュはあなたと婚約を続けるつもりでいます」


 王妃様から言われた言葉を聞いて思わず目を丸くした。

そして「どうして…」と呟けば、同じテーブルにいた女性に不思議そうな顔をされてしまった。


「あぁ、こちらの紹介をしていなかったわね」


テーブルにいた2人の女性を手をかざして王妃様が紹介してくれる。

「こちらは伯爵夫人のステンリーさん、そしてこちらが公爵夫人のルーガンさんよ、ほら2人ともご挨拶をお願いね」


「王妃様からご紹介頂きました通りステンリーと申しますわ。レイチェルさん、わたくしは辺境の地ではあるけれど一応伯爵位を頂いていますの。そうね…ここではステンリー夫人とでも呼んでくださいませ」


 ぺこりとお辞儀をされレイチェルも慌てて頭を下げた。ちらりとステンリー夫人を見れば亜麻色の長髪とシックなグレーのドレスが上品で、憧れてしまうような大人の女性だと思った。


「こほんっ、レイチェルさん初めまして。わたくしはルーガン、公爵夫人ではあるけど親しみを込めてルー夫人と呼んで欲しいわ!どうぞ仲良くしてくださいね!」


 赤い髪を後ろで結び、にこにこと笑顔の可愛らしいルーガンにレイチェルはまた深く頭を下げる。公爵夫人相手ならもっと畏まらなくてはいけないけれど、ルーガンのほんわかとした雰囲気にただただ圧倒されてしまっていた。


「この2人はわたくしの大切なお友達ですの、ここで見聞きしたことを他言するような方達ではないから安心してね?」

王妃様は念を押すように笑顔でレイチェルに圧をかけてくる。


 分かっていたけど、今日は王子との婚約についての話をしないといけないのか…と心が重く感じる。それでも優雅に微笑み返し、全く気にしていないので、という毅然とした態度で挑ませてもらう事にした。


 こぽぽ…と紅茶を可愛らしい小鳥の絵の描かれたカップに注がれる。一口ごくり、と飲めば「さて」と王妃様は話を切り出してきた。


(せめてケーキを食べてからが良かったわ………うう…)



「今巷では“菜の花の聖女”と言われている女の子がジョルジュと恋仲になった噂されているようです、これについて…レイチェルはどう思っているの?」

「本当に恋仲になられたのであれば…、そしてお相手の方が聖女様であるならば、わたくしは身を引くつもりでおります」


「「えっ」」


 きっぱりそう言えばステンリーとルーガンに吃驚した顔を向けられた。

レイチェルは2人の方を一度見て困ったような顔を向けてから、もう一度王妃様の方を見つめ返した。


「本気で言っているの?ジョルジュはまだ婚約を続けるつもりよ?」

「ジョルジュ様には今までとてもよくして頂きました、それでも…わたくしは体も弱く年も上です。かの方はジョルジュ様と同じ年で、同じ学問を修め、そして…聖女様かもしれない方です……そんな方を相手にわたくしは何も言えません」


 そう言えば王妃様は何も言わずにレイチェルの方を残念そうな顔で見つめた。ステンリーとルーガンもお互いを見てからため息をついてから口を開いた。


「わたくしたちは、あなたの気持ちを知りたいのよ」

「婚約、無くなってしまってもいいの?」


「え…」


「レイチェル、もう一度考えてみてもらえないかしら…?そんな事はないはずだけど…あの子は今は他の子と恋仲になってしまったのかもしれないわ。ジョルジュは昔からずっとレイチェルの事が大好きだったから、わたくし達はまだ婚約についてはどうするか決めかねているの…」


 眉を下げ、腕を組んだまま首をかしげる王妃様にレイチェルは「でも…」と返す。ステンリーに肩を叩かれ、ルーガンが紅茶のおかわりを入れてくれる。


「レイチェルさん、わたくしたちはあなたの好きなようにしていいと思っていますの!」

紅茶を入れ終えたルーガンと目が合うとそう言われ、少しばかりキョトンとしてしまった。紅茶のお礼を言ってから、好きな事とは…と少し頭を巡らせた。


「もし婚約破棄になったら貴族令嬢であるレイチェルさんが次の婚約者を見つけるのは難しいかもしれません、その場合の未来について考えたことはありますか?」

「未来…ですか?」

「そう、未来です」


―レイチェルは記憶を思い出したときに考えた事を頭の中に思い出す。


(婚約破棄されたら、穏やかで静か土地で犬と一緒にゆるやかな生活を送りたい…)


 思いはしてもそんなことをこの場で口にしていいのかを迷った。好きにしていいと言ってもらえたけど、まさか伯爵令嬢である自分が静かに一人で暮らしたいだなんて言い出すとは誰も考えないだろうから、もし言った時に怒られたら…と思うと体が震えてしまった。


「えっと、あの…」とレイチェルは言葉に詰まり、困り顔のまま周りを見つめた。


 紅茶を飲んでいた王妃様がにこりと微笑む、ステンリーやルーガンもレイチェルの方を見ながら言葉をしっかりと待ってくれていた。


(話してみても…いいのかしら…………)



「あの…怒ったりはしないで欲しいのですが…」

そう前置きをしてレイチェルは自分の理想の未来について話を始めた。


 自分が婚約破棄をされると分かってから思い描いていた穏やかな日常を、ゆっくり拙い言葉で頑張って説明したのだ。


レイチェルが話し終えれば、みんなポカンと口を開けていた。


「あ、あの…みなさま…………」

さすがにこんな事言い出して呆れられるかしら、と心配になったレイチェルは自分の手のひらを握りしめるようにして胸の前に置いた。


―暫く静かな空気が流れたかと思えば、突然笑い声が植物園に響いた。


「え、え、なに…?」

その声に困惑してあたふたと周りを見渡せばステンリーに肩をガシガシ叩かれる。


「あなたって最高ね…!まさか王妃になりたくないなんて!!!」

「それだけじゃないわぁ、将来は静かな土地で犬と一緒に暮らしたいんですって!」

「まさか婚約そのものが視野に入っていないなんて~でも素敵な生き方だと思うわよ」


 ステンリーもルーガンも笑いながらレイチェルの事を励ますように褒めてくれる、貴族令嬢としての生き方らしくはないがこれも選択肢としてアリなのだと教えてくれたようだった。


王妃様の方をちらりと見れば、まだケラケラと笑いが止まらないようだった。


「そう、レイチェルがねぇ、そうなのね…!」と笑いながら目頭を指で拭う、その仕草に笑い泣きしてしまうくらい可笑しな話をしてしまったのかと不安になってしまったが、王妃様は満足そうに胸元を手で押さえて息を整えていたので流れた涙を見なかったことにした。


 背筋を伸ばして手を膝の上に置き、もう一度自分の意思をはっきりと答えた。


「笑われてしまいましたが…わたくしは王妃としての未来が欲しいのではなく、ただ自由に生きたいのです。静かな土地で犬と一緒に暮らすのが夢なのです!」

それが婚約破棄をされる予定のわたくしの将来の夢なのです。と付け加えればみんな納得してくれたように頷いた。


「レイチェルの気持ちは充分すぎるほど伝わりましたよ、あとはジョルジュ次第ではありますが…王であるわたくしの夫は、相手が真の聖女様なのであればそちらとの婚姻を結ぶようにと話していました」


「わたくしも王様であればそう言われると思っていました、それに王子には国の為に聖女様と一緒になって頂きたいです…情よりも益を優先してもらいたいのです…」


「わかりましたよ、あなたの気持ちを尊重します。王にもそう伝えましょう」

深く王妃様に頭を下げてレイチェルはお礼を言う。

「わたくしの気持ちを慮って頂き…ありがとうございます」



顔を上げるとステンリーがお皿にケーキを取り分けてくれている所だった。


「あ、わたくしがやりますステンリー夫人!」

「いいのよ、レイチェルさん。今日のあなたはお客様」


 笑いながらそう言ってラズベリーのタルトののったお皿を目の前に置く。サクサクなタルト生地の上に宝石のように煌めくラズベリーとジュレがたっぷりとのっている。


「ステンリー夫人の所で取れたラズベリーで作っているのよね?わたくしこれ大好きなのぉ~!」


 先にフォークでタルトを切り分け口の中に運んでいたルーガンが頬を押さえながら顔を綻ばせながらパクパクと食べている。レイチェルも同じように一口大に切ったタルトを口に含む。

 口内いっぱいに広がる甘酸っぱいラズベリーの果実とまろやかなカスタードクリーム、そして酸味の利いたジュレソース、その全てがマッチしていて思わず頬が落ちてしまったんではないかと心配になるくらいだった。


レイチェルは自分の頬を両手で押さえてからパンパンと叩いた。

その姿を見てルーガンは声を上げて笑った。

「うふふ~レイチェルさんてば!美味しすぎて頬が落ちてしまったの?大丈夫よちゃんと付いてる!」


 笑い止まらない中レイチェルの頬に指を伸ばしてさするようにゆっくり触れられた。

「ね?頬、あったでしょう?」と上目遣いで微笑むルーガンに思わず口をぱかりと開けて見惚れてしまう。


「は…はい…ルー夫人…頬、付いてました…」

ぽ~っと頬を少しだけ赤く染める。

ポカっとルーガンはステンリーに頭を小突かれ「口説かない」と怒られていた。


「だって可愛かったんだものぉ!」

「だってじゃないわ、旦那に怒られるわよ?」

「もう……!」

そんなやりとりをポヤポヤした顔で見ていたらステンリーに謝られる。

「レイチェルさんごめんなさいね、この子いつも可愛い子を口説こうとしちゃう悪い癖があるの…学生時代から変わらないから気にしないでね?」

はい!と頷きルーガンの方を見れば、ぺろっと舌を出して手を合わせて謝っていた。


―わちゃわちゃとそのままケーキを頂きながらなんてことないお茶会を楽しんでいた。


 途中王妃様に来客が来て席を外された事もあったが、その間も二人がレイチェルの相手をずっとしてくれていた。

 母と同じくらいのご婦人たちとのお茶会がこんなに楽しいものだとは…と感動を覚えながらもお開きの時間になるまで笑わせてもらってばかりだった。


「レイチェルさん、このタルト良かったらお母様にもお土産で渡してね?」

「母も喜びます!ステンリー夫人ありがとうございます」

「また一緒にお茶会しましょうね~!」

「はい、こちらこそ是非!ルー夫人ともっとお話したいです!」


 ニコニコ2人を見送り、植物園には王妃様とレイチェルの2人きりになってしまった。

 そろそろ帰らなくては日が沈むまでに家にたどり着けそうにないなとレイチェルも王妃様に挨拶をしようとすれば、少しだけ寂しそうな表情を見せる彼女に声を掛けるのをためらってしまった。


(きっと久しぶりに会ってお茶会を開かれたのよね……身内の集まりのようだったし…)


 なんとなく2人の背を見送るように見つめる王妃様をその後ろから眺めながら、レイチェルは声を掛けるタイミングを見計らっていた。―でも先に声を掛けてのは王妃様のほうだった。


 くるりとこちらを向いて、翻るスカートを抑えてレイチェルの近くにやってくる。ふわりと穏やかな笑みを見せて話をふられた。


「王妃教育ってつまらないわよね」


 一瞬王妃様が何を言っているのか分からなかった。

レイチェルは「え?あの?」と戸惑うように声を出すと、王妃様は自分の口元に手を当て笑う。


「ふふ、内緒よ?」

「はい、誰にも言いません!」


 目を細めるようにしてこちらを見つめた王妃様が隠した口元から手を離してレイチェルの手を取った。そしてゆっくりと自分の話をしてくれた。


「わたくしも幼い頃から婚約が内定していてね、毎日王妃教育に励んだわ…14才で学校に行かないと行けなかったからそれまでに詰め込めるだけ詰めないといけなかったの…でも、わたくしは夫の事が大好きだったからつまらなくとも頑張れたわ。彼に喜んでもらえる、褒めてもらえることが自分のモチベーションだったの……」


ぱちりとウィンクして見せる王妃様はとても可愛らしくて王様の事が大好きな普通の女の子のようだった。


「わたくしには続けられるだけのモチベーションがあったわ…レイチェル、あなたは何を糧にここまで頑張ってこれたの…?」


その問いかけにレイチェルは言葉を詰まらせた。


(この世界が前世大好きだった小説の世界だったから…なんて言えない………)


 苦し紛れに「この国を愛しているから、頑張れました」と答えると、王妃様は目を丸くした。レイチェルも流石にこれは無いなと肩を下げて乾いたように笑う。


「この国のために、今まで本当にありがとう…」


 王妃様はレイチェルの言葉を笑ったりせず、ちゃんと受け止めて謝辞を述べてくれた。

その言葉になんだか今までの頑張りが報われたような気持ちになってしまう。


―別に王妃教育はそう大変なわけではなく、自分の中で及第点を見つけてこなすだけのゲームのようなものだったが、それでも長年続けてきたことだったので感謝をされると気分がよく思えた。


「こちらこそ、優秀な家庭教師を何人もわたくしのために付けて頂いてありがとうございます…きっと次の婚約者様にも同じ方々を付けて下さいませ王妃様」


 レイチェルは頭を下げたままそうお願いした。王妃様はそのようにします。とため息を漏らすように軽く笑った。

ふふふ、と笑みを見せたレイチェルに王妃様は近づいて耳打ちする。


「レイチェル、一つだけ忠告です。

ジョルジュは婚約破棄の事をまだ知りません、ですが今月中には聖女の結果が出るでしょう…あの子が卒業するまでまだ時間はありますが、念のためあなたは自分の未来のためにここから逃げなさい。帰ったらすぐに支度を」


スッと離れた王妃様を驚いた顔で見れば、彼女は先ほどと変わらぬ笑顔のままだった。


「そうだわ、この手紙をあなたの母に渡して欲しいの!文通のお返事遅くなってしまってごめんなさいと伝えて。あぁ、あと…でもあなたからの返事は早めに。とお願いね?」

「は…はい、王妃様」

「また一緒にお茶会しましょうね!2人も呼ぶわ、次集まる日を楽しみにしていますよ」


 そう言って手を振って植物園を出された。手には王妃様に渡された手紙、使用人に馬車の近くまで送ってもらう。

 そのまま乗り込み扉を閉めてもらうと揺れる馬車の中でレイチェルは急いで手紙を見た。


 手渡された手紙は二通。そのうち上に重ねて合ったのは母宛、その下はレイチェル宛の手紙だった。


 慌てて手紙の封を切る、そこにはこれからの予定が書きこまれてあり……“健闘を祈ります、あなたの未来に幸あれ”と最後に綴られていた。


「一体…どういうことなの…?」


 渡された手紙を自分の手のひらでクシャリと握りしめたまま、揺れる馬車で一人途方に暮れていた。



*


読んでいただきましてありがとうございます。

次回更新は5/9になります。

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