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*



「っふぉ…………すごいわ………」



思わず感嘆の声を漏らしレイチェルは一人、屋敷の庭のテラス席で“王都新聞”を握りしめていた。



 運ばれてきた紅茶を蒸らし、こぽこぽとティーカップに注いでもらう。

 使用人の優雅な手つきを見ながら実家に戻ってきたのだな…と実感を覚えた。


 ごくり、と入れてもらったお茶を喉に流し込むとレイチェルは先程見ていた新聞にまた視線を戻した。



そこには…



「まだ籍を入れて一週間も経っていないのに、こんな大きな見出しに取り上げられるなんて……」




―レイチェルとフィンリーの結婚についての記事だった。





*




 2人が結婚を決めた日の翌日、すぐに両親に話をしてその日の内に教会で儀式を行い籍を入れた。

 教会で誓いの書にお互いの名前と夫婦の誓いを立て書き入れ、家に帰る頃にはれっきとした夫婦という関係になったのだ。



(まぁ、名前も苗字も何も変わらないわけだけど…)



 あの子との関係だけがごろっと変わってしまったことに少しのさみしさと、胸の高鳴りを感じた。



 結婚式はもう少し落ち着いてからがいいのではないか?という両親の話にフィンリーは首を横に振り来月にでも行いたいとお願いした。レイチェルもその言葉に頷いて両親にお願いをさせてもらった。



 大きな教会でしなくとも、大切なひとだけを呼んで祝福してもらいたいと願うレイチェルの気持ちを汲んでか両親は何も言わずに結婚式の準備や招待状の手配を進めてくれる。

 その事に感謝しながらも……レイチェルは今日も一人新聞を読み耽っているのだ。



「新聞ってすごいのね……わたくしは死んだことにされていたのにもう復活したことに………」

まぁ面白いからいいか、と笑みをこぼして紅茶に口をつける。




―こんいたの世界が終わりを迎えようとしている。



 悪役令息であるはずのフィンリーは聖女を虐めることなく、むしろ恋を応援して成就させた立役者。

 オランジェーズ王国の第一王子であるジョルジュは婚約者との婚約を破棄して聖女であるヒロインと結ばれ、この国を豊かに…明るい未来を選んでくれた次期国王。

 菜の花の聖女であるエイリスは憧れからの片思いの気持ちを王子に抱き続け、ついに結ばれる運命にたどり着いた。そう無事結婚式を挙げるのだ。



「明日が……王子と聖女の結婚式、なのよねぇ………」



 自分も招待状を頂いていたが、丁重にお断りをして祝いの品だけ贈らせてもらった。

 エイリスからはまた是非会いたいという手紙が届いたが、レイチェルとしては王子に自分の居場所をばらされたことを少し根に持っているので気持ちが落ち着いた頃にでも…と返事はまだ返していない。



 そう、結婚式……ヒロインである聖女エイリスと王子様であるジョルジュの結婚式だ!



 ついにレイチェルが知っている小説の世界が終わりを迎えようとしている、ここまで本当に長かった…とため息を漏らしてテーブルに肘をついた。



「こんいたの二人の運命の恋とこの国の豊かな未来を壊さずにいれて本っ当に……良かったわ………」

田上Pもきっとお喜びになっているに違いないわ!と自分の拳を握りしめてにっこりと満面の笑みを浮かべた。


 フィンリーも断罪されずにすんで、国外追放なんてことにもならなかった。

 彼の思い描く幸せな未来に自分を入れてもらえるということが素直に嬉しく思える、それに昔からずっと好きだったんだ、という言葉に心臓をドキリと揺らした。



「ぜんぜん、知らなかったわ……」



 フィンリーの気持ちに微塵も気付かなかったのだ。


 ずっと好きって、いつから?なんて言葉が口から出そうになって思わず飲み込む。フィンリーが自分の事を好きでいてくれる、そんな気持ちにむず痒くなる。



 レイチェルはあまり意識してこなかったが、自分から人を好きになるという事は初めてなのだ。



 幼少期からすべての事に興味を持てず、胸を熱くするようなことがないか探しているような子供だった。

 気づけば王子様のお気に入りになり、婚約を結び、王妃教育を受け、雷に打たれ、そして………前世を思い出して、弟が我が家にやってきた。



 大好きな小説通りに動くことを決めてからは自分の将来についても、少しずつ考えるようになっていた。もちろん弟の断罪を回避するために動くと言うのが第一優先だったわけだが、それであったとしてもレイチェルの世界はいつもフィンリーの為に回っていたと言っても過言ではなかった。



(フィンとのたくさんの思い出がこの家に詰まっているわ…)



周りをきょろきょろと見渡して、風で揺れるカーテンや木々に目を凝らした。



 そういえば、昔洗濯物のシーツが飛んで来たこともあったわね…

まだ小さい体のフィンリーがシーツに包まれている姿は可愛かったな、と頬を緩ませれば大きな風がレイチェルのラズベリー色の長髪を思い切り揺らした。


「きゃっ」と声を上げれば、どこから現れたのかふわりとレイチェルの髪の毛を指で梳くフィンリーが傍にいた。


「レイチェル大丈夫?」

「え…いつの間に………?」

驚いた顔のまま彼を見上げれば、フィンリーはにこりと微笑んでレイチェルの髪から指先をサラリと離して、ちゅっとキスをした。


「なっ………」

いきなりの事に目を丸くしてから俯いたレイチェルは自分の頬を両手で覆った。


なにするの…と小さい声で抗議すればフィンリーは楽しそうに声を弾ませて答えた。


「可愛い顔で俺のほうを見てたから……つい?」

でも、もう俺のお嫁さんなんだもんね~!と嬉しそうに笑う彼をみてレイチェルは小さくため息を漏らすとふわりと微笑んで見せた。



「突然はびっくりするわ、一言声を掛けて欲しいの…」

「え?今からキスしていい?って聞いた方がいいってこと?」

「……そ…そうでもないかもしれないわ…」

「きす、していい?」

「さっきしたじゃない。不意打ちみたいに」


 彼の胸元を手で押して体を背けると、フィンリーの腕がレイチェルの体に巻き付く。

 そのまま押し倒すように椅子の背に力を掛けたフィンリーはレイチェルの肩を浮かんだままニヤニヤと笑う。



「あんな可愛いのじゃなくて、いつも夜にするみたいなやつ…ここでしたいって事」

だめ?と見下ろしてお願いしてくる彼にレイチェルは顔を真っ赤にしてフィンリーの口元に手を当て押し出した。


「だ、だめ!!こんな外…外であんな…!」


「じゃ、今はやめとく!でも代わりに今夜はレイチェルからしてね?約束~!」

「えぇ!?あ、あんな…えぇ……」


 恋愛初心者所かキスすら彼としかしたことないレイチェルには深いキスを自分からなんてレベルが高すぎる。普通に考えてもレベル不足だ。


「善処するわ……」

「してくれないやつだ」

「れ、練習の、後に………実施ということで………」

「俺と練習して、俺で実施…?」


そうなるわね…?と首を傾げれば彼はブハっと吹き出して笑う、手を叩きながらレイチェルから離れて隣の椅子に腰かけた。


「そっか~、それならいいか~」

「がんばる、わ?」



「初夜までには上手く出来るようになるといいね?」



「しょ……………ぴゃっ」

その言葉に真っ赤に顔を染め上げ、ギギギとフィンリーの方へ顔を向ける。ニコニコした笑顔のままフィンリーは足を組んで綺麗にセットされていた前髪を崩すようにわしゃわしゃと手で梳いた。



 はらり、と落ちてきた前髪の隙間からレイチェルを見つめ、そのパープルの瞳に閉じ込められたように自分の姿が映し出される。

 ねっとりした視線を一身に受けながらレイチェルは口をつぐんで顔をそむけた。



「……………」


思うように言葉が出てこないレイチェルは口をパクパクさせたまま地面の草を見つめ続ける。沈黙の末、先に声を出したのはフィンリーだった。



「はぁ、本当は不在って言いたいんだけど………」

とちいさな声で言ってからレイチェルにこっちを向いて?とお願いした。


顔を上げたレイチェルにフィンリーは不機嫌そうに瞳を揺らして一言呟く。


「お客様、来てるよ。レイチェルに…」

「お客様…?」

「そ、まぁタイミング的に今日しか無理だったのかもねぇ」

「だれ?」


「行けば分かるよ」と言ってレイチェルを椅子から立ち上がらせ、腰を抱くようにして応接間までエスコートしてくれる。




その手に引かれ扉を開けてもらえば、そこには……



「エイリス、さま…………?」



真っ白なレースのドレスに包まれたエイリスの姿があった。



(え、どうしてここに……?)



 困惑した表情のままフィンリーに視線を向ければ彼は微笑んだまま、部屋の扉に手をかけてそのままお辞儀して出ていってしまう。


「えっ!?フィン!?」

その行動に驚いているとエイリスはレイチェルの前まで歩いてやってきた。



「レイチェル様!お会いしたいと思っておりました、お久しぶりです!」

元気な声で耳元ではしゃぐエイリスにレイチェルは目を丸くしながら、へらりと笑う。


 いけないいけない、と頬に手を当て笑った顔をスッと令嬢の微笑みにすり替え微笑みなおした。


「エイリスさま、どうしてこちらに?」

「明日私はジョルジュ様と結婚式を挙げるので…その前に一度だけでもレイチェル様にお会いしたいと思いまして………」

「そうでしたか…お忙しい中来ていただいてありがとうございます」

ぺこりとお辞儀をすればエイリスは手をブンブン振ったまま、レイチェルの体をソファに座らせ自分も隣に座る。



「あ、の!新聞見ました!レイチェルが、その、結婚されるという……」

「あぁ式はまだですが誓いはもう終わりましたよ」

「えぇっ」

吃驚した顔のままエイリスは固まってしまいレイチェルは、はて?と首を傾げる。


彼女の発する次の言葉を待つことなく先に「そういえば…」と口にした。



「エイリスさま、ジョルジュ王子にわたくしの居場所をバラしましたね?」

約束しましたのに…!と怒れば彼女はポカンとした表情でレイチェルの方を見た。


そしてブンブンと首を横に振ってから声を上げる。

「言っておりません!私はレイチェルさまの居場所は誰にも言っておりません!!!」

とそう涙目で伝えてきたのだ。



 その言葉を素直に信じ切れなかったが、あまりにも必死で縋ってくるエイリスに流石に申し訳なくなってレイチェルは「わかりましたから…」と頷いて答える。

 正直王子相手に自分の居場所を伝えることができるのはエイリスだけと思っていたけど、当てが外れてしまったかしら…?と眉を下げて困ったようなポーズを取れば、彼女は自分の胸の前に拳を掲げて強く握りしめる。


「状況は分かりませんが、王子になぜレイチェルさまの居場所がバレてしまったのかが知りたいということですね…???」

「えぇ、わたくしの身内や他の方が言うなんてことはあり得ないから…てっきりエイリスさまが話してしまったのかと………」

疑ってしまってごめんなさいね…と謝ると彼女は気にしていません!とニカリと笑ってくれた。



(エイリスさまが教えていないなら…どうして居場所が今になってバレてしまったのかしら………、やっぱり不思議だわ……)



 既に実感に戻って来ているとはいえ、何とも言えない違和感のような、既視感に似た何かを胸の内に燻ぶらせている気分だった。


「レイチェルさま…?」と可愛い顔をしたエイリスに名前を呼ばれ小一時間程二人きりのお茶会をして、彼女の結婚をお祝いさせてもらってその日はお別れした。


お互いに時間が出来たらまた会いましょう、とそう約束して。



帰り際、レイチェルはエイリスから一通の手紙を受け取った。


「こちらは、必ずお渡しするように…と言われております、お返事お待ちしております、とも」

手紙を渡し終えたエイリスはレイチェルに手を振って、王家用の紋の彫られた馬車で王城へ戻って行った。



その馬車が見えなくなるまで一人、手紙を握りしめながら見送る。


「エイリスさまとは……」

良いお友達になりたいかもしれない、と心の中で言葉を続けてレイチェルはくるりときびつを返して屋敷の中に戻っていった。




 彼女から渡された手紙の内容は、王妃さまからのお茶会のお誘いについて…だった。



*


読んでいただきましてありがとうございます。

次回更新は5/30になります。



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