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*



「お父様もお母様聞いて欲しい事があるの……!」



 夕食時ダイニングテーブルを家族で囲み、目の前には彩り豊かな食事達が並んでいる。

 食事を始める前に言わねば、と決心したレイチェルは膝の上に置いた拳を握りしめて2人の事を見つめた。



 その可愛らしく特徴的なタレ目をキリっと引き上げる姿を見てフィンリーはくすりと笑みをこぼした。



 スーハ―スーハ―と大きく深呼吸をするレイチェルに両親は「どうしたの?」「体調が悪いのか?」とオロオロと両手を彷徨わせながら心配する。



(今言わないでいつ言うのレイチェル……!もう弟とは唇を合わせてしまったような関係……もし両親がフィンに婚約者でも用意していたら…申し訳が立たないじゃない!!!)



 心の中で止まらない冷や汗をかきながらレイチェルは顔を青白くしてぎこちない顔をする、そしてもっと強く拳を握りしめると一度だけ咳払いして両親に頭を下げた。



「わたくし、フィンのことが好きみたいなのお父様、お母様………!ごめんなさい、この子にはきっと今からもっと素敵な婚約者のお話があるでしょうに、姉であるわたくしが…こんな……」



 泣きそうになる気持ちを押さえながら下げた頭を少しだけあげて2人の様子を窺えば、両親はニコニコと笑顔のままレイチェルの方を見つめているようだった。

 その様子に唖然として頭の上にハテナマークをいっぱい浮かべたレイチェルはフィンリーの方を振り向く、すると彼は鼻で笑ってから「だ、そうですよ」と両親に向かってにこやかに答えていた。



「そうなのねぇ、あぁ良かったわぁ!フィンリーの言う通りだったわね」

「本当に我が子に相応しいよフィンリー」



 頷きながらフィンリーを褒めている様子にレイチェルはもっと頭を悩ませた。今の状況がよく分からないのだ、どうしてこんな事になっているんだ?と頭がパンクしそうなくらい回転させる。


 プスプスと煙でも出そうなくらい悩み始めたレイチェルを見てフィンリーは笑顔で教えてくれた。


「簡単だよレイチェル、俺は両親と約束を一つだけしてたんだよ」


「約束?」と尋ねると彼は口角をくいっと上げて答える。


「学園を卒業した後にレイチェルをお嫁さんに貰いたいって両親にお願いしたら、2人に一年時間をあげるから口説き落とせたらプロポーズする権利をあげるよ、って…ね?」


パープルの瞳をウィンクしてみせた彼は隣に座るレイチェルの手を取った。


 膝の上で拳を握っていた手のひらは彼によってゆっくりと解かれていく、そして優しく手を撫でるとその手の甲に一つキスを落とした。



「レイチェル、俺と結婚してください!」



 その言葉に胸は高鳴って、頭の中は真っ白になる。口をパクパクしたまま思ったように言葉が紡げずどもってしまった。


「ゆっくりでいいよ、返事聞かせてくれる……?」


 コクリ、と頷いてレイチェルはフィンリーに顔を向ける。

そして彼に触れられている手のひらに力を入れてぎゅうっと握りしめた。



「わた…わたくしで、いいの?本当に?」

「レイチェルとの未来しか考えたことないよ、俺の全部で絶対に幸せなこれからを約束する……本気、だよ?」

「………………」



 胸がいっぱいになって気持ちが昂った。握った手のひらを引っ張って彼に向かって抱き着く、そのまま耳元で「うれしい!」と声を出せばフィンリーの耳はみるみると真っ赤に染まっていった。



「わたくしをフィンのお嫁さんにして下さい、幸せな未来を一緒に歩みたいから…」



 ぎゅうっと抱きしめた体をフィンリーにも優しく抱きしめ返された。


 幸せな心地で抱き合っていると、両親の笑い声がすぐ近くから聞こえる。



「2人が幸せそうで嬉しいわぁ、ねぇあなた?」

「そうだな、本当に良かったよ」


 両親の楽しそうな声色にレイチェルは思わず体をフィンリーからガバリと離して一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。


「ひゃっ!?お父様もお母様も…………」


 そうだわ、ここはダイニングなんだもの…と小さく声に出せばフィンリーも困ったように眉を下げて笑っている。



「お父様、お母様、約束通りレイチェルと結婚させてもらいます。ようやく気持ちを今日もらえたので」

頬をぽりぽり掻くフィンリーを見つめ両親も嬉しそうに微笑んだ。



 それなら、と母が立ち上がり使用人に声を掛ける、呼ばれた使用人はパァっと顔を明るくして廊下に出るとそのまま小さな箱を持って戻って来た。


 それを受け取ると母はフィンリーに箱を手渡す、重厚感のあるベルベッドの生地で作られたその箱をフィンリーは一度指でなぞってからゆっくりと両親に頭を下げた。



 フィンリーはレイチェルの名前を呼ぶと、椅子に座ったままのレイチェルの前に跪いた。


「ひぇ…!?なに!?!」と声を上げれば、苦笑いしたフィンリーが「雰囲気台無しだよ」とぼそりと呟いた。



 彼は跪いたままレイチェルの前に先ほど両親にもらった箱を差し向け、その箱をパカリと開けた。

 中にはキラリと光る綺麗な指輪が一つだけちょこんと置いてある、どこか見覚えのある指輪にレイチェルは少しだけ首を傾げると。



「レイチェル、これは約束。この指輪に誓って俺の一生を捧げます」



 そう言って彼はレイチェルの薬指に指輪をはめる。

指輪をはめてもらった手のひらを上にかざして指間を開いた。



キラリ、と輝く綺麗な石は光の加減で二つの色を帯びていた。



(あ、これ………)



「ドルレット家の家宝………アレキサンドライトの指輪…」



―昔まだレイチェルが小さい時に母に見せてもらった事のある指輪だ。


 確か祖父が賜った指輪でドルレット家の家宝として大切に扱われているもの、祖父はこれをプロポーズの際に祖母に渡したのだと聞いた、そして母も父にこれをもらったのだと…。

 そして…今度は自分が、っと考えてレイチェルは沸騰してしまうくらい顔を真っ赤にした。


「あ、がっ、なっっ………」


 真っ赤にした顔で周りを見れば、両親は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。フィンリーは困った表情を向けながらレイチェルの事を見つめている。



(お母様が家宝をフィンに…そしてそれが今わたくしの指に……!?)



 ようやく渡されたものの重さを知る、感じ取った指輪の価値に顔が真っ青になってしまいそうだった。



「わ、わたくし…えっと、これ…その……」

目を泳がせながらフィンリーに視線を向ければ彼は優しく微笑んでから立ち上がりレイチェルの髪を梳くように撫でた。


「落ち着いて、大丈夫…」

「あっ……フィン…………」


 指輪に愛を誓ってくれた彼の気持ちを考えず取り乱してしまったことに気付いて顔を下げる、どうしよう…と肩を震わせればフィンリーは優しい手つきのままレイチェルの髪を梳いてくれる。




 ぱちん、と手を鳴らす音が聞こえたと思えば父が笑って「食事にしよう」と声を掛けてくれた。


 せっかくのプロポーズを台無しにしてしまったレイチェルはしょんぼりと肩を落としてしまった。



(覚悟が足りなかった?うんん、わたくし指輪の重みに怖くなってしまったんだわ…)



 祖母の代からプロポーズの時に使われるこの指輪に、レイチェルは何故か怯えてしまった。本当に受け取ってしまっても良かったのかと手についた指輪を見つめてため息を漏らす、自分はちゃんとフィンの傍にいたいと思っているのに。



 家族団欒で食事をして、デザートまでぺろりと完食すると両親は今夜はゆっくり休んで、とレイチェルに声を掛けてダイニングから出ていった。

 続いてフィンリーもまたね、と言って出ていく。その背を見送ってレイチェルもゆっくりと立ち上がった。





薬指に光る指輪を見つめて、またため息を漏らす。



「嬉しい、はずなのに………」



そう声に出してレイチェルは自室へと帰って行った。






*





 お風呂を終えて、一人バルコニーに出る。



 夜風に火照った肌を冷やしてもらう、柵に体を預けてレイチェルは一人夜空を眺めた。


 今夜は曇っていて星一つ見えない空模様だった、いや王都の空はいつもこんなだったかもしれない、なんて考えてまたため息を零した。



「満天の星空が綺麗なところだったな、トエウィースル領は………」



 帰ってきたばかりの実家で思い出すのはあの素敵な田舎暮らしのことばかり…。

 ホームシックになるくらい居心地の良い土地だった、大切に思う家だった。



「さっき、わたくしが素直に喜べなかったのは……」



 あの暮らしに戻れないと思ったから…?彼と一緒になれば伯爵位を継ぐためにもフィンリーはこの王都にいなければいけない、そうなれば妻になる自分もここにいなくてはいけないのだ。


結局、と頭の中で言葉を紡ぐ。



「わたくしは自由な暮らしを愛していたのね」



 開放感に満ちた、貴族から離れたあの暮らしを…心から楽しんで生きていた。

 だからもう帰りたいと思っている、愛しいと思う弟の、否恋人のプロポーズを重いかもしれないと思ってしまうくらい…。



はぁ、とため息をつくと後ろから物音が聞こえた。


「だれっ…?」

かさり、と音がした先には困った顔を見せるフィンリーの姿があった。


「ごめん、勝手に入って……」

申し訳なさそうに謝る彼を見てレイチェルは首を振った。

「いいのよ、気にしないで…」

「さっきの話…」と言おうとして言葉を詰まらせたフィンリーはバルコニーの柵に体を預けるレイチェルを部屋の中に連れ戻した。



「どうしたの?フィン………」

「レイチェル、もう一度…やり直したいんだ…さっきの」


レイチェルの体を抱き寄せて懇願する彼にゆっくり首を縦に振った。


「分かったわ、わたくしも少しだけ考えたいと思っていたの…」

だから日程を、と言おうとしたら彼に遮られる。



「今からやり直す!だから聞いて?」



「え、いま?」と目を見開けばフィンリーはレイチェルをソファに座らせて、薬指にはまっていた指輪をするりと奪った。




 一、二度咳払いすると、彼はレイチェルの前に立ちソファの背もたれを手で掴んで近づいた、そのまま顔は近くで上から見下ろせば目をきょろきょろさせたレイチェルと視線がぶつかる。



「結婚しようレイチェル、明日には籍を入れる。婚約期間がなくてごめんね、でもよく考えたんだこれしかないって…」


早口に攻め立てられる言葉に瞳を右往左往させて困惑した。

「え?」「どうして…?」「なんで?」と言葉を漏らせば彼はその唇を奪ってから「聞いて?」とレイチェルの事を窘める。



「30年、ここで一緒に暮らそう幸せな生活を約束するよ」

「30年…?」

「そう、レイチェルと結婚して新婚生活を送って毎日を過ごしていつか子供も欲しい、その子が大きくなったら……」



「なったら?」と聞き返すと彼はふわりと微笑んでレイチェルの頬を両手で包み込んだ。



「家督をさっさと譲って田舎に移り住もう、もちろん2人きりで……あの田舎の小さな家でレイチェルの求めるスローライフを堪能しよう?」



 彼のその提案にレイチェルの心はドキリと揺れた。そしてうるりと光る瞳で彼を見つめて添えられた手のひらにゆっくりと手をあて笑顔を返した。


「素敵、心がワクワクしたわ…でも、わたくしの気持ちばっかり考えてもらって…本当に…」

いいのかしら…と口にしようとした言葉はフィンリーの唇にキスされてかき消される。


ちゅっ、と優しい音がして彼は熱を帯びた瞳を揺らす。


「いいの、だって俺はどうしたってレイチェルと一緒にいたいから。レイチェルの求める未来を一緒に見たい、ずっと離れたくないんだ……」

だから、と声を荒げた彼の唇を次はレイチェルが奪った。


たどたどしく、唇を押さえるように合わせ彼のように可愛らしい音は鳴らない、いじらしいキスをする。


「フィンみたいにちゅって音しないわね…?こう…勢いが足りないのかしら……?」

あらら?と首を傾げてフィンリーをうっとり見つめると彼はレイチェルの頬を掴んでいた手をパッと離して固まっていた、顔は次第に赤みを帯びていく。


「な………」と小さく声を吐くとレイチェルはニヤリと唇に指を置いて笑う。



「わたくしから奪っちゃったわ、気持ちは一緒よフィン。ずっと傍にいたいと思っているの、だからあなたのその結婚のお話是非お受けしたい。このお屋敷で…わたくし達の実家であるこの場所で夫婦を始めましょう?そして、いつかの未来に田舎でゆっくり過ごしたい…それが30年後でも40年後でも…わたくしはいつまでだって待っていられるわ」



だって、フィンと一緒に過ごせるのなら時間が経つのはあっという間ですから!と胸を張って言った。



 さっきまでの不安はもうない、心に何かがのしかかるような重みはもう感じないのだ。

 この人と一緒に歩む未来は楽しくなる、幸せになれる、そう強く思ってレイチェルはフィンリーの頬を両手で掴んで顔を近づけた。



ちゅーっと、長く唇を押し付けてから手を離して彼ににこりと笑って見せる。



「わたくしに理想の夫婦像を教えてね?」

そういうの考えてみたことがないから分からないの、と付け加えて。


「…任せてよ、俺はずっとやってみたいこととか考えてたから……!」


 でも…と小さく声を漏らしてから、困ったような笑顔をして「理想の夫婦像は俺たちの両親なんだよね」と頬を掻いて答えた。


 その言葉にレイチェルも頷いて「違いないわ」とふわりと穏やかな表情を見せた。




「俺の事好きになって、受け入れてくれてありがとう……一生大切にするよ俺の…お嫁さん……」



 照れたように笑ってから、両手を広げた彼の胸の中に飛び込む、ぎゅうと抱きしめられて手を回されて温かな体温にゆっくり体が溶かされていくようだった。




「明日から、夫婦になるみたいです」なんてと心の中で言葉にして笑いながら彼の腕の中に抱かれる。


 幸せいっぱいな気持ちのまま抱きしめられた体をぐるりと一周回されてソファの上に座らされた。そしてフィンリーは手を取って、指をなぞるように触れた。


 左手の薬指を撫でると、視線がレイチェルを捕える。こくりと頷いてみせれば彼は幸せそうな表情を浮かべてドルレット家の家宝たる指輪をするりとレイチェルの薬指にはめた。



「二度目になっちゃうけど、今回はレイチェルの笑顔が見れて良かった」

「いまはすごく幸せよ」

「本当に良かった…」


 安堵したように顔をした向け、ソファに体を崩して倒れ込むフィンリーにレイチェルは謝りながら彼の髪の毛を優しく手で梳いてあげる。



「レイチェルに似合うドレスを用意するね、真っ白の綺麗なウェディングドレス…。白百合のように可憐なレイチェルには大輪の百合の花を飾りたいな……でももっと可愛いお花の方がいいかな…?」


ひとりでブツブツ話し出すフィンリーを横目にレイチェルは彼の髪の毛を優しく撫で続けた。



ふふっ、と笑みをこぼして今の自分の幸せをゆっくり噛みしめている気持ちだった。



(明日からフィンのお嫁さんになるのね……)



夜通し話す彼の声を子守歌にレイチェルは一人夢の中に誘われていった。




*


読んでいただきましてありがとうございます。

次回更新は5/29になります。



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