22
*
「あっ、待って…んんー…ふぁぁ……ああ…」
息継ぐ時間も与えてくれないくらいに、何度も何度も口づけられていた。
体はベッドに押し倒され、ドレスの中のパニエは脱がされシュンとしたスカートを捲るように足の間に彼が踏み込んでくる。
溶かされた唇は感覚を失っていき、口の端からだらしなく涎が零れていってしまっている。それをぺろりと舐められ、羞恥心で死にそうになりながら口を震わせたら。
「まだダメ、足りないから」
そう甘い声を漏らしてレイチェルの手に自分の手を絡ませて倒れ込んでいくように唇を蹂躙していった。
本当にどうしてこんな事になってしまったんだろう、と数分前の自分を殴ってやりたくなる。素直なことは美徳であると両親は教えてくれたが、この場合は素直な口は禍の元…でしかなかったのだ。
―つまるところ、自分の口が言ってしまったのだ…彼の求める答えとは違う言葉を。
*
長い時間馬車に乗り体を揺らされながら、窓の外を見ると見知った街並みが見えた。
その景色に心を躍らせ、実家にいる両親や使用人たちに思いを馳せた。
実家に到着すると、母が走ってやってきてレイチェルの事を思い切り抱きしめてくれた。
体の事を心配してくれたり向こうでの暮らしぶりなんかもたくさん尋ねられた、手紙で近況報告はしていたがちゃんと見てみないとその暮らしがどういうものなのかは分からないらしい。言われて確かに、とレイチェルも頷いた。
父は今夜は家族水入らずでご飯を食べようと誘ってくれて、楽しそうな笑顔で頷いた。
そして自分の部屋に行く前に使用人たちに挨拶をして以前貰った種を倍量にして返した。
フィンリーはレイチェルの手を取って部屋までついてきてくれている、そんな事しなくても流石に自分の部屋の場所は忘れないわ。と笑って見せれば彼も笑い返してくれていた。
ガチャリ、と久々の自分の部屋の扉を開け中に入る。
大きく息を吸い込むと、
「わたくしの部屋の香りだわ………」
懐かしい気持ちでいっぱいになりながら、自分の部屋のソファに腰かける。そして手荷物をテーブルの上に置くと体をグイっと伸ばした。
「んん~~…馬車は窮屈だったわね、フィンは大丈夫?」
「うん、平気」
「そう?流石ね…おねえちゃんは体は鍛えていたはずなのにもうボロボロだわ…」
ふぅ…とため息をつくようにソファの背もたれに体を預ければフィンリーに声を掛けられた。
「ねぇレイチェル」
「ん…なぁに?」
「実家に戻ってきたら元のおねえちゃんに戻っちゃったとか、言わないよね?」
「はぇ………?」
その言葉に頭が一時停止する。そして息をゆっくり吐きだすように彼のほうを見て首を傾げた。
「でも、わたくしはあなたの姉であることに変わりないのよ…?」
ふーん、と興味なさそうに相槌を打ってフィンリーは立ち上がる。
そしてレイチェルの目の前までやってくると跪いて尋ねた。
「向こうでは返事を急かさなかったから聞けず仕舞いだったよね、でもさ…もういいよね?ここまで一緒に帰ってきてくれたんだから………。ね、レイチェルは俺の事が好き?」
視線を合わせるように上目遣いで尋ねてくるフィンリーにレイチェルは胸がドキリと跳ねた。
「フィン…………」
「まだ答えられない?」
「それは…その……………」
レイチェルは困った瞳を大きく揺らしながらフィンリーの事を見つめた。
彼はゆっくり待つようにレイチェルの言葉を待ってくれる。
「わたくし……は……」
口をパクパクさせたままレイチェルは体がピタリと止まってしまう。
自分の気持ちをどう言えばいいのか分からなかった、これは弟への行き過ぎた愛情なのかもしれない…一年も一緒に居たから絆されてしまったのではないかと…そんな気持ちがまだ拭いきれていなかった。
だとしても、義理の弟と恋する関係なんてものになってしまったら両親に何て言えばいいのか分からなかった。
いま自分の胸をときめかせる感情の答えが分からない。
いま自分の胸を苦しめる痛みの答えが分からない。
彼に伸ばそうとした手を、自分に戻して曖昧に笑った。
「……だめだわ、わたくし達は姉弟なのだもの………」
レイチェルは眉を下げて微笑みフィンリーの方を見れば彼は盛大にため息をついている。
(それはそうよね、ここまで期待させてやっぱり姉弟だからダメなんて………。)
彼は綺麗にセットされた自分の前髪をガシガシと手で掻きむしってから、降りた前髪の隙間からこちらを覗いた。
パープルの瞳がギラリと光ったように思えたのは気のせいだろうか…、なんて頭の中で考えていたら伸びてきたフィンリーの手に顎を掴まれて思い切り上を向かされた。
「んぇ…っ!?!?」
驚いて目を見開けば彼は余裕のない笑みで「ざんねん」と呟いてから、レイチェルの唇を奪った。
ちゅ、と可愛い音が部屋の中に響く。
レイチェルは頭の中が真っ白になりながら目をパチパチさせる、一体自分の身に何が起こったのか理解できなかった。
そんなレイチェルのことなんてお構いなしに彼は奪うように上から何度も唇に触れるだけのキスをした。可愛らしいリップ音を立てて何度も何度も…
レイチェルはその音を聞くたびに自分が今何をされているのか気づいていく。
顔を見る見るうちに真っ赤に染めて、キスされているのだ気づくと彼に反抗しようと口を開いた。
その隙を見逃さずにフィンリーはニコニコ笑いながらレイチェルの口の中に舌を入れる。
レイチェルの言おうとした言葉たちはみんなフィンリーの口の中に消えていく、可愛らしかったリップ音も今はお互いの舌の絡むような水音しか聞こえない。
自分の耳が変になってしまいそうなくらいキスをされて、口の中を侵されてレイチェルは目をとろんとさせながらフィンリーの事を見つめた。
彼は自分の唇を一度舐めてから、レイチェルの腰に手を回してソファの上に2人で座った。
「姉弟で、こんな事しちゃダメなんだっけ?」
「んぁ…」
レイチェルは呂律が上手く回らず、フィンリーの方を見ながらコクリと頷いた。
「でも、しちゃったねぇ?」
「ぁ、うぅ……」
人間使い慣れていない舌を使えばその反動は言語に出てくるのね、なんて頭では考えながら、力の入らない拳を握りしめた。
「フィンリーとしての俺をみてよ、弟じゃなくて」
「……お、弟としてのあなたしか、知らない…もの…」
反抗するような瞳で彼を睨みつければ、なぜか顔をパッと明るくしたフィンリーは笑う。
「ほんと?そう思うならもっと俺の事いっぱい知って欲しいな」
「知ったら………」
「戻れないって?」とどこか冷たく見える瞳でレイチェルの方をジトリと見つめる、その言葉にコクリと頷けば彼はレイチェルの髪の毛に指を梳くように通した。
「それでも、ゆっくりでも俺の事知って…それから今以上に好きになってほしいな」
「知って……好き、に…?」
レイチェルは困ったような表情を浮かべて髪を梳くフィンリーの方に視線をやる、彼は手はそのままで優しい顔を向けてくれた。
「うん、綺麗で優しいおねえちゃんな所も、可愛いくて頑張り屋なレイチェルの事も……全部全部俺は知っていてもう大好きだから…次は俺の事を知って、レイチェルにだけ愛されたい…あぁ、でもこういう気持ちって重い?」
その言葉にレイチェルは首を横に振ってこたえた。
「分からないわ、だって本当に知らない世界のお話みたいなんだもの…今までの自分には起きなかったことですもの」
髪を梳いていた指先を抜いてフィンリーはレイチェルの頬に指を這わせた。そして見つめ合うように瞳を混じらせたら、ねっとりした笑顔で顔を近づけて笑う。
「ふーん、でももう知っちゃたね?俺の気持ちと愛の重み。知っちゃった後は…どうする?元の関係に戻れるの?」
「……もう…戻れないわ」
「なら進もうよ、一緒にさ、初めてのことたくさんしよう?」
彼に触れられた頬は少しずつ熱を帯びて、姉弟だと思い込んでいた関係を少しずつ変化させていきたいという気持ちにさせられていく。
頬からするりと撫でられ、顎を手が掴む。
強引な彼の手つきにレイチェルは思わず頭を一度下げて頷いた。
その反応にフィンリーは嬉しそうに目を細め、そして手をパッと離して距離をあける。
「まずはキスしよう?」
そう言って離れたはずの彼の手のひらがレイチェルの両頬を包み込む、そのまま顔が近づいてくると「あ、これはさっきいっぱいしたんだっけ?」と言ってくすりと笑う。
思わず顔をもっと赤らめて、口を膨らませればフィンリーは可笑しそうに声を出して笑った。
「ごめんごめん、ねぇ…さっきどうされるのが気持ちよかった?教えてくれる?」
「ひぇ……」
そんなの分からない…と言おうと口を開けばニヤニヤとした彼が「分からなかったら、もう一度するから…次は教えて?」とレイチェルの頬を指先でなぞった。
また、ひぇ…っと小さく悲鳴を上げてレイチェルはフィンリーに横抱きに持ち上げられる。
その体に捕まれば彼は楽しそうに運びベッドの上に降ろした。
「俺はレイチェルのことしか見えてないから、昔からずっと一途に愛してるよ」
「ぁ……」
言い終わった途端にフィンリーのキスが雨のように降り注ぐ。
レイチェルは何の抵抗も出来ずにされるがままに受け入れ、瞳を閉じた。
上から押さえるように手を繋がれ、絡ませられて、強く握りしめられる、もう片方の手は腰を撫でるように下に下がっていく気配がした。彼の足は気づけば自分の足の間に押し入っていて履いていたはずのパニエはベッドの下に落ちていた。
触れるだけのキスを繰り返され、少しだけじれったい気持ちになっていくのは自分がどうかしてしまったからなのか、その答えにたどり着けそうになかった。
でも、もう少しだけ踏み込みたい気持ちで、空いている自分の手を彼の首に回せばフィンリーはゆっくり角度を変えながら深いキスに変えていった。
(キス、されているのに嫌じゃない…)
不思議とこうして触れられてもキスされても嫌な気持ちになんてならなくて、胸はドキドキで爆発してしまいそうだったがもっとしてほしくなるくらいだった。
「あぁ…ん、フィン…」
自分の口からありえないくらい甘い声が漏れ出て思わず口をつむんだ。恥ずかしい気持ちでいっぱいで少しでも声を出したくなくて彼と触れる唇を離せば、フィンリーはニヤッと悪戯な笑みを浮かべてレイチェルの唇をぺろりと舐めた。
「声、出して?大丈夫だから、もっと聞きたい」
そう言ってレイチェルの開いたままの口の中に舌を入れて躍らせるように蹂躙していく。
さっきまでと違う濃厚なキスに目の前がクラクラとした、背中から腰にかけてビリビリと痺れていくような感覚を感じて体から力が抜けていく。
目をパチパチさせれば、フィンリーは唇をプハっと離してレイチェルのことを見つめた。
「さっきもこれしたけど…まだ早かった?」
レイチェルは何も言えずに口をパクパクさせる。
そして頬を紅潮させてから、上目遣いでフィンリーに向かって言葉を紡いだ。
「キスされても、触れられても、全然嫌じゃないの…もっとしてほしいって思うの…これは、家族の好きじゃなくて…フィンと同じ好きって事なの?」
「……あまりに…鈍感すぎない…?」
ていうか今更そこなの…?と目を見開いた彼にレイチェルは言葉を続けようとまた口を開いた。
「でも…」
ちゅっとリップ音がレイチェルの口を塞ぐ。
「気づけたなら、もういいよ?」
顔を赤らめたフィンリーが顔をレイチェルから背けながら照れているのか、素っ気なく返事をしてまたゆっくりと押し倒した。
「好きってようやく気付いてくれたんだから、文句はないよ」
絡ませていた手を離して思い切り体を抱きしめられる、温かなぬくもりと彼の香りにお腹のあたりがきゅんと疼いた。
レイチェルの首筋に顔を埋めるフィンリーはそのまま体を倒して横になってレイチェルと向かい合って見つめた。
「おれのこと、すき?」
「たぶん、すき」
「たぶんはダメ」
ん~っとレイチェルは考えてから、自分の心にあった事や感じた事を彼に話した。
「こう、フィンとキスすると離れたくなくなるの…お腹のあたりがきゅん、ってするし…どうしてかしら?これって恋愛的な好きってことよね?」
首を傾げながらそう尋ねればフィンリーは顔を真っ赤にしてレイチェルから顔をそむけた。そして怒ったように「あああーー!!」と声を出すとレイチェルの両頬を指でつまんで引っ張った。
「い、いひゃい…」と声を出せば彼は「夢じゃないよなぁ」と言葉を漏らす。
一体何なの?と横になった彼に顔を向けようとすれば、フィンリーは思いっきりレイチェルの事を抱きしめた。
「俺らって両想いになったんだよね?そうだよね?」
「え?えぇ、そうだと思うけど…」
「夢の中に今いないよね!?俺さっきので寝落ちしてたとかないよね!?」
「わたくしの頬はちゃんと痛かったわ」
弾丸の如く話し出すフィンリーに頷きながら答えると彼はパープルの瞳をウルウルとさせて息を大きく吸った。
「なら…………ちゃんと、恋人になりたいよレイチェル」
彼の言葉に息を飲んだ。
抱きしめた彼の腕が震えている、自分の言葉を待つ彼が怯えている。
ここまで色んな事をされたのに、まだちゃんと自分に選択をさせてくれる気持ちに胸がいっぱいになり、レイチェルはコクリと頷いた。
「…恋人、に……なりたいわ、わたくしも」
その瞬間ぎゅう、と抱きしめられフィンリーに思い切り抱きつぶされた。
「いぎゃっ」と声を上げてレイチェルは絞められた体を手でさすった、流石にすぐに手を離してくれたが危うく骨の一本か二本は粉砕するところだったと額から垂れる汗を拭いた。
「返事が怖くて潰そうとしちゃった……」
「痛かったわよ、本当に」
「ごめんね、僕…悪気はなかったんだけど……」
(僕……?)
先ほどまでずっと一人称が俺だったのに、突然猫を被るような口調と可愛いお顔をしてくる彼にレイチェルは首を傾げた。
「フィン、もしかしてあなた………」
本当はずっとそんな性格だったの?と言葉を口にしようとして飲み込んだ。
彼の髪に指を通してサラリ…と頭を撫でた。
「やっぱりなんでもないわ、気にしない事にしたわ」
レイチェルはそう言ってフィンリーの腕の中にしっかり納まるように抱き着いた。
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