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「ううっ、ナンシー、シドニー、2人とも幸せになってねぇ!!」
ぽろぽろ涙を流しながらハンカチで目を押さえるレイチェルは小さな教会で一人号泣していた。
今日はトエウィースルの次期領主であるシドニーとその婚約者ナンシーの結婚式の日だった。
天気は晴れ模様で雲一つない素敵な日、領内にある小さな教会でお腹の大きくなったナンシーは真っ白なウェディングドレスを身に纏い幸せそうに微笑んで真っ赤な絨毯の上を歩いていた。
ヴァージンロードを父と一緒に歩くのが夢なのだと話してくれた彼女はもう人生で叶えたい事の大半を自分の努力で成し遂げていっているように思える。
ーレイチェルの用意したフラワーシャワーは領民に大人気で幸せが空から降ってくるみたい!と他にも注文を受けたくらいだった。
ここで商売するつもりもなかったので全て無償で引き受けた。フィンリーはお金を貰うべきだと怒っていたが、レイチェルはここで素晴らしい経験と暮らしを堪能させてもらっているのだからお金を取るなんて考えられなかったのだ。ー
妄想に耽っていたら突然声を掛けられ、目の前に何かが現れた。
「レイチェル様!これ!」
どうやらナンシーが何かを投げたようで、慌てて手を伸ばして受け取るとそれは先程まで彼女が大事そうに抱きしめていたティアラだった。
「えっ?これ……」
顔を上げてナンシーの方を見れば彼女はもう他の場所に行ってしまったあとだった。
ティアラを手に持ったままレイチェルは首を傾げる。
(ちょっと持ってて!みたいな感じかしら…?え、普通ティアラを投げる…?)
どうしてかしら?なぜかしら?と言葉にしながらワタワタ一人で考え込んでいたら、いつかハグをした女の子たちに声を掛けられた。
「あー!次のお姫様はお姉さんなのぉ?」
「本当だ!ティアラ貰ってる!」
次々に女の子たちはそんな言葉を口にしてレイチェルの手にあるティアラを指さした。
レイチェルはキョトンと首を傾げたまま「どういうこと?」と尋ねると彼女たちは嬉しそうに微笑んだ。
「花嫁のティアラは式が終わったら次の花嫁に渡してあげるんだよ!」
この領地ではそれが伝統らしく、ティアラを渡された人が次のお姫様基、花嫁候補となるらしい。
女の子たちはニコニコ笑ったまま「幸せになってね!」と手を振って傍から離れていく、どうやらこれから子供向けにお菓子を配るようでそれに走って向かったみたいだった。
「ティアラをもらった人が次の花嫁に……」
小さな声で先程言われた事を口にしたら横からニョキニョキとフィンリーが現れた。
「なに?レイチェルも花嫁になりたいの?」
ニヤニヤした顔で見てくる彼に、顔を赤らめて「違うわ!そういうつもりじゃないの!」と否定したらグイっと抱き寄せられて彼に額にキスを落とされた。
「いつでも花嫁にしてあげる、ん~、レイチェルのためにティアラを用意しておこうか?」
「……!!!もう、ばか!違うから!」
彼の腕の中でバタバタ暴れると、手に持っていたティアラをヒョイと奪われた。
「これ貰ったってことは、そういうことじゃないの?」
フィンリーは妖艶に瞳を揺らす、可愛く笑っていた顔が一気に大人っぽく見えてその仕草にレイチェルはクラクラきた。
「それは…その……」
困ったように顔を俯かせて指を遊ばせると、ポスっとフィンリーの手が頭に乗った。
「ごめんね、揶揄いすぎた。レイチェルの気持ち待つって決めてるのに…」
しょんぼり肩を落としてそう話す彼に、思わず顔を上げて「違うの!」と声を上げれば。
彼はニヤニヤしたまま「どう違うのかな~」とこちらを見下ろしていた。
(なっ……だまされた……!!!)
彼はティアラをレイチェルの頭の上にのせて、不貞腐れるように膨らませた頬に一度キスをする。そしてプハっ?!と口を開けたレイチェルを見て笑みをこぼしながら頬を撫でた。
「ここにいる間に聞きたいなぁ、レイチェルの気持ち……だからもっといっぱい考えて?僕だけで胸がいっぱいになるくらいずっと、毎日考えてよ」
近づいてくる彼の顔に肩をぴくりと跳ね上げ、体を硬くする。
そんなレイチェルを見てフィンリーはおでこをお互いに重ね合わせるようにして、熱っぽい瞳を瞬かせて見つめた。
「キス、しないよ、これは気持ち聞いてからって決めてるから」
でも我慢できるところまでしか保証はしないからね…と念を押すように呟きレイチェルから離れていった。
体を離してシドニーの所に挨拶に行くと言って行ってしまった彼を横目にレイチェルは自分の頭上に乗ったティアラを両手で取ると、ほんのり頬を染めてから胸元にぎゅっと埋めて抱きしめた。
(かっこよすぎる気がする……)
レイチェルには困っていることが二つある。
一つ目は、日に日に弟であるフィンリーが手を出すギリギリを攻めてレイチェルの心臓を爆発させようとすること。
二つ目は、いつの間にか可愛いとしか思えなかったはずの弟を今ではカッコイイとしか思えなくなってきたことだった。
妖艶に微笑むようになった彼に、もう見つめられるだけでどうにも心臓が壊れてしまいそうなくらいバクバクと鳴るのだ。
今も鳴り止まない胸の鼓動にレイチェルは顔を真っ赤に染めて耐えていた。
(好きか、なんてそんなの分からない…だってそんな事考える暇ないくらい毎日フィンにときめかされているんだもの……)
自分の気持ちに向き合う、なんてそんなのどうしたらいいの?そんな事を頭の中で考えながら二人の結婚式を頑張って満喫した。
*
シドニーとナンシーの結婚式も終わり、レイチェル達の日常が戻ってこようとしていた時、ロベイラ夫人からとんでもない手紙を渡された。
「えっ、結婚式の招待状!?!?!?!?」
それは王妃様からの手紙だったようで、中にはレイチェル宛に結婚式の招待状が一枚入っていた。
「いよいよ王子と聖女の結婚式をするみたいなの、それでどういうわけかあなた宛てに招待状が届いたの……考え方を変えたらもう王都に安心して戻ってきていいって事だと思うんだけど……」
判断が付かないわよね、と苦笑いするロベイラにレイチェルも首を傾げて「どうしましょう…」と心配そうに声に出した。
それでも彼女は好きなだけこの領地にいていいと話してくれて、レイチェルも出来るだけここにいたいという気持ちを伝えた。
手紙はそのまま家に持って帰って、ダイニングのソファで内容を読み返していた。
王妃様は久しぶりに会いたいという旨の内容をつらつらと書き連ねていて、昔集まった面子でのお茶会を開く準備をしていると楽しそうに綴っていた。
「お茶…あぁ、植物園でのお茶会ね…」
レイチェルも懐かしいあのメンバーでまたおしゃべりがしたいと思っていたので、いいなぁ…と心を弾ませて手紙にさらりと目を通した。
「王子と聖女の結婚式の日程が決まりました、またあなたと王都で会える日を楽しみにしています…か」
結婚式の招待状の紙を手で掴むと頭を悩ませた。
何となくだが王子に会うのは気まずいし行く気のはなれなかった。
王妃様には悪いが今回は参加を断らせてもらって何か贈り物だけでもしようと手紙をテーブルの上に置いて、返事用の便箋を自室に取りに行った。
バタバタと階段を下りて行くと、ダイニングのソファにはフィンリーが座っていた。そして彼の手には王妃様からの手紙が握られている。
慌てて彼の前にいきレイチェルはその手紙を彼から取り返すと、勝手に見たことについて怒る。彼はすました顔でレイチェルを自分の足の間に座らせると、ゆっくり抱きしめてきた。
「そんなことしても!手紙を読んだことは怒っているからね!」
「うん、勝手に読んでごめんなさい」
「もう………」
しおらしく謝る彼になんだか拍子抜けして、どうしたの?と尋ねればフィンリーはレイチェルを抱きしめたまま言った。
「もうすぐ夏が来るね」と。
レイチェルはその言葉に息を飲んで、こくりと頷いて「そうね…」と返事した。
*
照りつける太陽とぬるく顔に当たる風。
庭にでれば今年もひまわりが綺麗に咲き誇っている、その中で一番背の高いものを一本手折り、茎にリボンを結んだ。
「あっつ~い……」と声に出してから額を流れる汗を一人で拭った。
これからシドニーとナンシーが家にやってくる。
このひまわりを二人の子供にプレゼントする予定のレイチェルは急いで自分の泥の付いた服を叩くと部屋に戻って着替えをした。
少し暑いけど綺麗な服を身に纏えば、玄関の扉を叩く音がした。慌てて階段を駆け下りて扉を開けると、そこには…
「か、かわいいぃ~~~!!!」
小さな赤ちゃんを抱くシドニーと嬉しそうに微笑むナンシーが揃って立っていた。
2人を玄関でもてなすと、先ほどリボンを結んだ大きなひまわりをナンシーに手渡した。
「眩いくらいに素敵な子に育ちますように、わたくしから願いを込めてこの子に…」
そう言ってニカリと笑えばナンシーはお礼を言ってから顔をこわばらせて泣いてしまった。
「本当行ってしまうんですか、レイチェル様」
縋りつくように、涙を瞳に溜める彼女をレイチェルは抱き寄せて背中を撫でた。
「えぇ、こればかりはね…、それにここには療養に来ていたのよ、わたくし……」
ナンシーを撫でながらシドニーに向かっても笑えば、彼も悲しそうな瞳を揺らしてレイチェルの事を見つめていた。
「レイチェルさんのいないこの家は寂しそうに見えますね…」
「もう、そんな事言わないで?ちゃんといつか戻ってくるつもりなのよわたくし!」
「でも、でも…寂しいですレイチェル様…」
スンスンと鳴いてくれるナンシーを見て、こんなにも自分たちは仲良しになれたのかと嬉しくなる。
「ナンシー、顔を見せて?ほら笑って?あなたはわたくしの唯一無二の友人、お友達になってくれて本当にありがとう」
レイチェルは2人に精一杯の感謝を伝えると、家の前に立って懐かしき淑女の礼をした。
―そう、これから王都の実家に戻るのだ。
フィンリーと一緒に、2人でこの小さな家を出て実家に戻ることにしたのだ。
いつか望んだ静かな土地での暮らしはここで一度終わりを迎えてしまう。
それでも、この土地で仲良くなった人達には感謝が止まらない、いつかまた戻って来た時に快く迎え入れて欲しいと願わずにはいられなかった。
「わたくしがおばあちゃんになったら必ずこの地に住み続けたいわ、そうでなくとも毎年必ず遊びにくるつもりだし!手紙もいっぱい書くからお返事が欲しい……あら、わたくしって結構わがままかしら?」
くすりと笑ってナンシーに尋ねれば、彼女は「全然わがままじゃないですレイチェル様」と笑顔を見せてくれた。
「レイチェル!」
馬車の方からフィンリーの呼ぶ声がする。
彼に視線を向けてから頷くと、レイチェルは足を一歩踏み出した。
「では二人とも…お元気で」
レイチェルはここまで見送りに来てくれた2人に手を振りフィンリーの待つ馬車に乗り込んだ。
馬車の扉がバタンと閉じて………
ゆっくり進み始めた車輪はあっという間に早くなる。窓の外を見れば大きく手を振る2人の姿と大きなひまわりがよく見えた。
「また帰ってくるわ、わたくしの素敵なお家」
レイチェルは小さな声でそう呟くと、隣に座るフィンリーの肩に頭を乗せて体重を預けた。
彼はそのまま頭を優しく撫でてから耳元にキスを落とす。
「ぼくのこと、選んでくれてありがとう」
耳打ちされた言葉は胸の中を侵食して、小さな痛みを和らげていく。
―レイチェルは選んだ、一年一緒に過ごした弟との未来を…その為の一歩を。
2人で暮らし続けて、少しずつ気持ちが絆されていって、この人となら同じ未来を歩んでもいいかもしれないとそう強く思ったのだ。
王子と聖女の結婚式も執り行われることになったので隠れて住む必要もなくなり、レイチェルはフィンリーのお願いを受け入れて実家に戻ることにした。
「選んだんだもの、もう後には引けないわ…」
両親になんて言われるかしら…と不安に思いながら瞳を閉じる。
(でも、一緒に戻ることを決めただけで、告白の返事はまだ出来ていないのよね…)
自分の気持ちというやつにまだうじうじ悩んでいることに嫌気が差しながら、それでもフィンリーと離れるのはなんか嫌、と答えを先延ばしにし続けている。
(実家に戻ってから、ちゃんと答えを出しましょう……)
馬車に揺られながら見た夢は靄の中に消えていく、でも握られた手のひらの温かさにレイチェルはホッと一息つくことが出来た。
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読んでいただきましてありがとうございます。
次回更新は5/26になります。




