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19

*



 フィンリーと触れ合う訓練を始めて早三ヶ月、絶賛冬ごもり中のレイチェルは今日も寒くて弟で暖を取っていた。



「うう…寒い…凍えて死んじゃう………」



 ぎゅぎゅ~と体を押し付ければ、フィンリーは肩に掛けていた毛布をばさりとレイチェルにもかけてあげて2人で一緒に包まった。


 最初の頃は毎日のように抱きしめられて耳元で囁かれるという行為にドキドキが止まらなかったが、ひと月を過ぎたくらいから割と平気になってしまったのだ。


 慣れとは恐ろしいもので最近は冬が寒すぎるからと毎晩一緒に眠っているくらいだった。


 同じベッドで寝起きして、一緒にご飯を作ってぬくぬくと暖を取りながら本を読んだり編み物をする毎日。冬の間は花壇の手入れも出来ないのでレイチェルにはやることがなかった。


 シドニーがこちらに戻って来てからは王都の新聞もなかなか手に入らず王子と聖女のその後も分からず仕舞いで……まぁ、とにかく暇で、原作小説の世界で与えられた役割を果たすことも出来ずにいる。


 まだ結婚したとかいう話は聞かないのでレイチェルはもう暫く田舎暮らしを堪能するつもりでいた。



 思えばこうして弟と一緒に暮らし始めて半年が過ぎて行った。その間にいろんな事がありすぎて忘れてしまいそうになるが…冬が終わればシドニーとナンシーは結婚式を挙げるらしい。

 それにレイチェルはずっとナンシーの事を年下だと思っていたが、実は二つ年上だったそうで聞いた時は叫び声をあげたものだ。驚きすぎて。





*




 ぬくぬく毛布を羽織ってフィンリーの腕の中で温かい紅茶を飲む。ペラペラと本のページを捲る彼の手を見ながら、姉弟らしい関係には戻れたかな、と一人で笑った。



 その夜に彼に一緒に本を読んでから寝ようと誘われ、お気に入りの一冊を持ってフィンリーの部屋に向かう。

 もうずっと毎日のようにハグしたりなんだりを繰り返してきたレイチェルだったので、そろそろこの訓練は終わってもいいのではないかと提案するためにも落ち着いた心持ちで部屋の扉をノックした。



 中からどうぞ~と声を掛けられてレイチェルはゆっくり扉をあけて入った。そしていつものようにベッドの壁側に体を置いてそのまま横になる。




ーもこもこのニットセーターを着たレイチェルはナイトウェアについてはちゃんと言いつけ通りにしていた。


 ワンピースの丈もくるぶしまである長いものだし、靴下もちゃんと履いてる。胸元もゆるくないし、何よりもこもこのニットを着ているのだ!


 己の防具の完璧さにレイチェルもクラクラするほどだったが、これにもニつ欠点があり、ニットは大きめのものなので少し脱げやすいのだ。寝るだけなら問題ないが。

 そして長いワンピースも後ろの腰回りがばっくり開いているのだ。これはデザインなので仕方ないが…どちらにせよニットのおかげで全部隠れている!だからオールオッケーなのだ!



 今日も同じナイトウェアを着てフィンリーの隣で本を読む。

春になったら育てたいと思っていた植物を本で見ながらその過程を頭の中に詰め込んでいく。隣をちらりと見れば彼も何かの勉強をしているようだった。


 レイチェルの視線がうるさかったのかフィンリーは本から顔を上げて、どうしたの?と笑って尋ねてくる。

 今しか言う機会はないかもしれないと、レイチェルはベッドの上に座りなおして彼に向かい合う。



そして口を開いて、



「もうわたくしは男の人相手に十分免疫が付いたとおもうの!だからこんな訓練はやめにしましょう?」



そうハッキリと伝えた。



 フィンリーは一度目を大きく見開くとレイチェルの髪先に触れて、そっかと笑った。


「なら、今夜で終わりにしようか…?」


「えぇフィンのおかげよ、ありがとう」

「いいよ、おねえちゃんがここまでは慣れてくれたんだから」

ここまで?と首を傾げれば、ニコニコ笑ったままの彼に肩を掴まれてそのまま押し倒された。


「大丈夫だよ、もうドキドキしないんでしょう?」

「し、しないわ…」

「それなら僕が何しても大丈夫ってことだ」


 そう言ってレイチェルの持っていた本をベッドの端に追いやって、彼は肩から手を離すとぐるりと体の向きを変えてレイチェルの背中を抱きしめる。

 腕をお腹に回してがっちり捕まえると「今日はこうやって寝よう?」とお願いされてレイチェルは頷いた。



 いつもと違う眠り方に心臓はせわしなく鳴る、これも訓練の内か…!と思いながらレイチェルは自分の気持ちを静めて眠りに一生懸命向かう。




 ようやく気持ちが落ち着いてきたころで、お腹にあったはずの彼の手がそわりと動いた気がした。

 眠気が襲ってきてあまり動く気になれなかったレイチェルはそんな事気にせずに目を瞑りゆっくり呼吸を繰り返していた。



 どこかに動いていった手はレイチェルの腰辺りを撫でるとそのままセーターの中に入っていく。ひやり、と冷たい手のひらがレイチェルの腰を撫で、その感覚にゾクゾクと体が震えた。



「なに!?!」と慌てて目を開けて後ろを振り向くとフィンリーは目を瞑ったままで、でも彼の手はレイチェルの服の腰の開いたところからゆっくり侵食していきレイチェルのお腹の前でがっちりと握られていた。



 何がどうなっているんだ…!?と目を丸くして彼の腕をゆすって離そうとしたけど、びくともしないそれどころか冷たい手が肌に触れて少し寒いくらいだった。



(どうしてこんな事に…?この子が洋服の腰の部分が開いていることなんて知っているはずないのに…)



 不思議に思いながら、まぁ寒くて温もりを求めた結果がこれなのね。と首を振って考えていた事を一旦忘れて眠る事にする。


そしてレイチェルはフィンリーの頭を撫でてからもう一度横になった。



 お腹の前でがっちりつかまれている手は段々と暖かくなっていって、まぁこれでもいいか…と思えるくらいのポカポカ具合だった。

 彼もわざとではないんだし、怒ってピリピリしても仕方ないわよね?と心の中で思いなおして彼の手を放置する。




 次第にレイチェルも眠気に襲われて行って、気づけばそのまま目を瞑って寝入ってしまった。





*




「っはぁあ?……いや、おねえちゃんってバカなの…?」



レイチェルの胸元が上下し始め、寝息を確認してからフィンリーは思い切りツッコんだ。




 レイチェルのナイトウェアを初めて見た時は何とも思わなかったが、むしろちゃんと着こんで偉い!なんて心の中で褒めていたはずなのに、いざその服で一緒に眠ったらセーターはダボダボで普通に捲れるし、捲れたらその先にはばっくり開いた腰が丸見えだしで、本当に頭を抱えたものだ。



―試しに触れてみたけど、服は本当に開いていてその先にあったのはちゃんとレイチェルの柔肌だったのだ。



 これ見よがしに寝ている彼女の肌に指を這わせて腰のラインをなぞったりしていたが、まるで起きなかった。寝つきが良いにもほどがあるくらいだ。



 そんなこんなで楽しく悪戯しながら毎晩を過ごしていたが、今日はレイチェルにもう触れ合う訓練をやめようと言われた。


 普通にここまで触れられる関係になったのに無理だけど…?と思いながらその提案にはきちんと頷いておいた。彼女に嫌われることが一番怖かったから…。


 この触れ合う距離に慣れてしまったらきっと元の距離感になんて戻れないし、もう前の距離がどのくらいだったのか分からないくらいだ。




 あの約束をした日、レイチェルは弟相手にドキドキしてしまうのは自分に男性相手の免疫がないせいだ。と悔やんでいた。

それなら免疫がつくようにいっぱい触れ合ってハグしようとこの関係になったわけだが、順応性の高い彼女がドギマギした顔を見せたのは最初だけで、最近はもうすっかり慣れていたよな…と自分でもよく分かっている。


 でも、毎日弟とは言え男相手に抱きしめれて囁かれたら、少しくらい感情が動いたり変化したりしませんかね…?と悔しく思う。


 こっちは毎日触れられて幸せだったのに、と思わず言葉を漏らしてしまうくらいだ。





 正直あのキャミワンピのナイトウェアの忠告をした日の夜、関係は一度変化したはずだった。



ー隙だらけの姉が無邪気な弟を男の人として意識したんだから。



 その後風邪ひいたり、なんやかんやなあなあ日常を過ごして弟に戻って、極めつけに男の人に慣れさせるという名目で触れ合い、お互いの姉弟関係の修復に半年かけたようなものだった。



「やっぱり間違えたよなぁ……」



ぽつりと呟いてからレイチェルの滑らかな肌に手を滑らせる。今ならどんなに触っても怒られないのだ。



 お腹のあたりを指先で円を描くようになぞったり、ススス…とおへそから下に指を這わせていったり、割といつも好き勝手させてもらっているけど起きないので仕方ない。


 これからどうするかな、と考え自分に残された時間があと半年程度だという事に気づいた。両親との約束の時間が刻一刻と過ぎていく。


 ははっと笑ってレイチェルのうなじにまた唇をつけた。ちゅう…と吸いついてから跡を残す、こんな事を始めた日の事をふと思い出して笑う。




最初は自分のものだという独占欲から、でも今では…。


「思いが届くようにって願掛けみたいにやってたけど…」

キモいな自分と乾いた笑いが口から溢れた。




 遅くなってしまったが、ようやく最初のスタート地点に立つことが出来た。



“弟脱却”を掲げてフィンリーは今日もレイチェルに迫るための策を考える。



 いつか大好きな姉と恋人同士になって、その先の結婚という目標を、自分の思い浮かべる最良の未来のために今は頑張るしかないのだ。



「あーあ、明日から気軽に触れられないのか………」


 仕方ないから今のうちにいっぱい触っておこう、とスリスリとレイチェルの肩に頬ずりして、腕に力を込めて抱きしめて、その晩はゆっくり眠った。




―明日になったら、また可愛い弟のフィンリーを演じなおし…なのだから。





*




 数日過ぎて、辺り一面に積もっていた雪が少しずつ溶けていった。



 キッチンのテーブルの上に並ぶ食事を見て、今日はえらく豪勢だなと笑って食器を運ぶお手伝いをする。ニコニコした笑顔で姉に引っ付きまわる可愛い弟、これが昔からやってきた自分の姿だ。



「おねえちゃん!お手伝いすることある?」


瞳をキラキラさせながらそう尋ねてみれば「大丈夫よ座っていて!」とお願いされてしまったので渋々ダイニングの椅子を引いて座り料理が運ばれるのを待つ。



 冬ごもり期間なのであまり食材を多く使った料理なんかはしていなかったのに、不思議だな…と考えその疑問をぶつけてみることにした。



 一緒に食卓に着くと姉に笑いながら「どうしてこんなに豪華なご飯なの?」と尋ねる、レイチェルは瞳を見開いてから微笑んで「春になったら分かるわ」と答えてくれる。


 春…?と首を傾げながら自分の頭をフル回転させた。しかし何も思いつかない、まぁ春になれば分かるのであれば気にすることもないか。とレイチェルとの楽しい食事を堪能した。



だが、その翌日もその翌々日も毎日豪勢な料理が振舞われた。



 流石にこう毎日豪勢な料理ばかり出てくると食事事情が心配になったりする。


 フィンリーはまたレイチェルに「どうして?」「なんで?」と尋ねまくり、困った顔をした彼女は秘密よ?と前置きをして理由を教えてくれた。




「もうすぐ冬が終わって春が来るから、その時に発表するみたいなんだけど…ナンシーに子供が出来たみたいなの。


それでステンリー家は毎日のように大喜びで晩餐会しているみたいでね…その食材が多すぎるからとこうしておすそ分けをもらっているの」


これ秘密だからね?絶対領民に言ってはダメよ?と念を押すレイチェルにフィンリーは笑って頷いた。



 そういえばシドニー先輩が春になったら結婚式を挙げるから参加して欲しいと言っていたな、と何となくその時話していた事を思い出す。


 レイチェルが冬前にやけに楽しそうにウェディングフラワーやブーケをどんなものにするかと打ち合わせしていたことも思い出し、あぁ…あったあったそんな話…と心の中でもう一度頷いた。


 その二人がこの冬ごもり期間に子供が出来たからこうして毎日豪勢な食事にありつけたわけか…と理解してから、にっこりとした笑みを浮かべレイチェルに向き合った。



「そっか!それは素敵な事だね、秘密にしておくことを約束するよ。ご飯も毎日美味しいしね!」

「ありがとう、フィン!」



 そして彼女が冬籠り期間に毎日コツコツ編み物をしていた事にも気づいてソファの上の毛糸を指さした。


「もしかして…あれも?」

そう耳打ちして尋ねると、ふわりと微笑むレイチェルが「正解!」と答えてくれた。



(毛糸で何かを作っていると思っていたけど……まさか子供用のものを編んでいるとは思わなかったな…)



 もしかしたら自分に何か編んでくれているのかもしれない…!なんて驕った考え方をしてごめんね、生まれてくる子…!と思いながらまたレイチェルに向き合って笑う。



 触れ合わなくなってから、ふとした時に伸ばしてしまった手を引っ込める事が増えた。こういう時いつもぎゅって手を伸ばして抱きしめたな…なんて考えて乾いたような笑い声が口から零れてしまう。



(あーあ、もっと触りたいな…でも毎日一緒に寝てくれるだけいいのか……)



 でもそれも冬ごもりの間だけ、春が来れば一緒には寝てくれなくなる。


 冬の自分は弟で湯たんぽ、そして春の自分は弟で草刈り機なのだ。冬だけの役得だな、と悔しくなる気持ちに喝を入れて己の拳を握りしめた。



「春になったら、楽しみな事がいっぱいねフィン」

「うんおねえちゃん!暖かくなったら一緒にまたお散歩にも行きたいね」

「そうね!山菜摘みにも行きましょうね、ピクニックも楽しそう!」



 こうしてレイチェルは自分と一緒の生活を楽しんでくれている。


一年だけという期間が決まっていたけど、彼女の生活の基盤に自分がきちんと組み込まれている、その事にムスッとしていた胸がほわりと温かくなっていくのだ。



(まだ、まだ今はこれでいいんだ…)




*




 ずっと弟として見られているやつが男になる瞬間って、世間一般ではどんな努力をしてその時を魅せているのだろう、といつも不思議に思う。



 一度シドニー先輩に「姉を娶るにはどうすればいいと思いますか?」と尋ねたことがある、彼は思い切り爆笑してから「マジな話?」と神妙な顔をして真面目に悩んでくれた。


 普通にいいひとなんだと思う、そんな彼に言われた事は「もう告白すれば?」だったのでまるで役に立たなかった。


ー告白してフラれたらそれこそ弟にも戻れない。ー


 そんな賭けができるような状況じゃないんだ、まだレイチェルの中で自分は“大切な弟”なんだから。


 こう、自分から見てもレイチェルの心がこちらに落ちてきているっている確信があれば踏み出せると思うんだけど……と頭の中でその状態を思い浮かべ、まだ無理そうだなと笑って消し去った。



 まだ弟から脱却出来ていないんだ、毎日触れ合えば関係が変わるなんて夢を見ていた。


 それじゃダメなんだ、春になったらもっといっぱいレイチェルとの時間を作って、恋人同士みたいなデートに誘ったりちゃんと意識してもらえる行動を取るんだ!と決め、口の中に並んだ色とりどりの御馳走をポンポンと放り込んでいった。




 そんな自分の姿をレイチェルは心配そうに見ていたけど、途中で咽て水をがぶ飲みしていたら普通にそんな視線を浴びていた事も頭から飛んで行ってしまっていた。





―冬が終わり、春がやってくる。


雪が解け、水が流れ、温風がぬくぬく緑を呼んで寝ぼけ眼でやってくる。





*




 花々の種や苗を植え、水をやりながらほのかな風を顔に浴びる。


「ふふふ、もう気持ちのいい季節ねぇ」


そう呟いて、思わず笑ってしまいそうなくらい穏やかな春の訪れに気持ちを煌めかせていると。





「やぁ、久しいねレイチェル。元気にしていたかい?」





 春、心待ちにしていたその季節にやってきたのは、冬の寒さを残すような笑みを見せるジョルジュ王子だった。




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